スウィーティーローズ②
ギュウギュウに詰まった社畜電車が息を吐いたように、サラリーマンたちを押し出していく。
その中には俺もいるのだが。
品川駅からは京急に乗る。足がようやく覚えてきた。
別れてからもう一月は立っただろうか。雛子のことを久々に思い出してしまい、なんだかよく眠れなかった。改札を通り過ぎながら欠伸をかますと、後ろから強く肩を叩かれた。
「手も当てず欠伸してんじゃねーよ生意気な」
「……はざっす」
同じ部署の先輩である篠宮だった。
入社研修を終えたてのとき、俺のメンターを任されていた。さわやかで明るく仕事ができる目元の切れたイケメン。大学までパッとしないグループだった俺はいまいちこういうタイプの人間は苦手だが、独り立ちしてからも同じ部署では社歴が最も近い後輩だからか可愛がられている自覚がある。
「昨日のプレゼンどうだった」
聞かれたくないこともさわやかな笑顔で聞いてくるあたりが苦手だ。
「まあ…まあまあでした」
「自信はないけど周りよりはできてるから大丈夫!って思ってたらその周りの方が高評価でもやもやしてるってとこか」
「う…」
濁したことをはっきり言ってくるところも、苦手だ。
「そんな顔してるよ。わかりやすいくせに、お前、あんまり考えまとめて言うの上手くないもんな」
「…まあ、そういう性格なんで…」
「新人だからって向上心ない奴は致命的だぞ。どうしたらいいかくらい考えとけよ」
遠慮のないダメ出しにイラッとした。
確かに自分の意見を伝える言葉選びは下手だったが、他の奴らの社会人として自覚がなさそうなふざけたプレゼンよりはずっとマシだった。
そこに結果は出てるのに、あまりにもかけ離れた理想ばかり語る。
仕事をする上ではそちらの方が致命的だろう。その点、自分は新人ながらしっかり分析もできているし現実的な提案もしているのだから、こんなふうに言われるとは心外だ。
「…俺はまだマシな方だと思いますよ」
「自覚ないパターンもこれまた危ないんだよなあ。お前、彼女とかに言われたことない?ちゃんと愛情表現して!みたいなこと」
「…無いっす」
「無いの!?我慢強い彼女だねえ」
一瞬、言葉に詰まった。
「いや、彼女いないんで…」
「え、そうだっけ?お前がうちの部署に入ってきたとき、彼女と旅行行くかもって有休とってた気がしたんだけど」
「…別れたんですよ」
篠宮は大仰なリアクションをとって見せた。
「なんで!?」
…俺が知りたい。
そう思った瞬間にハッとした。
喉から出る前に飲み込んだ言葉は、ここ最近のもやもやの正体だと気づいてしまったからだ。
ハリネズミたちの恋 末広八 @suehiro-hachi
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