第4話

どれくらい時間が経ったか、俺がトイレに行きたくなったらどうすればいいのか悩み始めた頃に、再び部屋のドアがノックされた。

俺がドアの方に視線を向けると、その脇に待機していた衛兵さんが、さっきのゾフさんと同じように俺に一礼し、素早い動作でドアを開けた。


「失礼いたします。大変お待たせいたしました」


そう言いながらティリスさんが部屋に入ってくると、その後ろにはゾフさんの他、明らかに階級が高そうな装飾のついた鎧を着込んだおっさんが入ってきた。

お偉いさんっぽい雰囲気を漂わせたおっさんは、衛兵さんのようなスリットの入った兜じゃなくて、ハーフヘルメットみたいな顔の部分が隠れてない兜を被っていた。

口髭が丁寧に整えられており、顔に刻まれた深い皺と相まってなかなかのナイスガイだ。


「まず、ご紹介をさせていただきます。こちらは、ファトス市警団の西部支部長を務めるガリア隊長です」


「お初にお目にかかります、ムツ様。ガリアと申します」


ティリスさんの言葉に合わせて、ガリアと呼ばれたお偉いさんは兜を外すと、俺に丁寧に頭を下げてきた。


「えっ、あっ! こ、こちらこそよろしくお願いします! ゴロウ・ムツと申します!」


俺は慌ててソファから立ち上がると、大急ぎで頭を下げた。

さっきも同じようなことをしたのに、全然教訓を活かせて無いな俺。

でも、ティリスさんみたいな美女と、渋いイケメンの鎧着込んだおっさんが現れたら、現実感なんか吹っ飛んで見惚れるのも仕方ないと思うんだよね。


「それでは、査問結果の宣誓を行いますので、どうぞお掛けください」


テンパった俺に対し、ティリスさんが優しく声を掛けてくれる。

もうね、声音がめっちゃ優しいの。

最初部屋に入ってきたとは明らかに段違い。

しかも、そっと俺の腕に手を添えてくれたりして、コンビニ店員のオバチャンくらいしか異性との接触が無い俺は、ドキンと胸が高鳴ってしまった。


俺がソファに座ると、向かいの席にはティリスさんとガリアというお偉いさんが腰掛ける。

二人とも背筋がピシッと伸びてて、柔らかいソファの上でも綺麗な姿勢を保っている。


「……それでは、査問結果の宣誓を行います。被査問者ゴロウ・ムツについては、その身清廉潔白なるを認め、査問官ティリスを後見人として、都市ファトスへの入場を認めるものとします」


おお、清廉潔白……ってことは無罪判決って事でいいんだよね?

ニートからは最も縁遠い言葉だから、理解するのに若干時間が掛かってしまった。

うおおおおおおおお! めっちゃ嬉しい!

そして何か聞き慣れない言葉があった気がするけど、後見人ってなんだ?


「…異議及び拒否する権限を有する方は、今この場で申し出てください」


ティリスさんが静かな声でそう続けると、再び衛兵さん達が剣を抜き放ち、敬礼のような動きをした。

いや、実際敬礼なんだろうな、これは。

二度目だからそんなにびびらなかったけど、やっぱり剣が抜き放たれる音はなんとなく怖さがある。

マジマジ見たわけじゃないけど、あれって絶対真剣だろうし。


俺の向かいに座っていたお偉いさんは、剣を抜くのではなく、握り拳を作った右手を左胸に当てている。

これも敬礼かな?


「それでは、これにて査問を終了といたします」


ティリスさんがそうまとめると、衛兵さん達もお偉いさんも一斉に敬礼をやめた。


「それではムツ様、こちらの書類にサインをしていただいてよろしいでしょうか?」


お偉いさんが、すっと俺の前にA4サイズくらいの紙を差し出した。

そこには見たこともないミミズののたくった文字が書かれており、なんだか立派な押印がされていた。


全く読めん。

なんなんだこれ、何かの契約書なのか…


「えーっと…すみません、これは?」


知ったかぶりしながらサインをしようかとも思ったけど、何かの契約書でサインしたら俺が不利になる可能性もあるかもしれない。

なので俺は、恥も外聞も捨てて正直に聞くことにした。


「これは失礼を致しました。こちらは本日の査問官の宣誓内容と、査問官ティリスが後見人となる旨の宣誓書でございます」


俺より倍くらい歳が上っぽい偉い感じの人が、凄い丁寧に答えてくれている。

めちゃくちゃ腰の低い人なんだろうか。

絶対何か誤解が発生している気がするんだが。


「もしこの内容でよろしければ、こちらのところにサインをお願いいたします」


お偉いさんの指先が、書類の下部にある空欄を指し示す。

宣誓の内容って、俺が清廉潔白だって話だよな?

それに同意するのはむしろ喜んでって感じだけど、もう一つ疑問点がある。


「あの…後見人とは…?」


これ大事。

ここを曖昧なままにサインは出来んのよ。

教えてガリアさん!


「ああ、これは失礼を。説明が足りませんでしたな。ムツ様は身分証に類する物を持っていらっしゃらないご様子でしたので、そのムツ様の身柄を保証し担保する者という程度の意味でございます」


「へぇ…」


市役所で住民票の申請をするようなものなのかな?

転出転入届け的な定型文として、担当職員の名前で後見人をつける的な?


「もちろん、後見人となった以上は、ティリスの方でムツ様の都市内における活動を全面的に支援させて頂きます。住居や生活費についても、ある程度支給させて頂きます」


「えっ!?」


思わず大声が出てしまって、部屋中の視線が俺に集まる。

いやいや、俺が驚くのも当然でしょ。

なんか俺の異世界生活を全面支援してくれるみたいに聞こえたんだけど?

しかもティリスさんみたいな美人獣娘さんが。

そんな都合の良いこと信じられないでしょ?


「…もちろん、ティリスが後見人となることがご不快であられると仰るのであれば、こちらとしてもムツ様のご意向は最大限尊重させて頂きたく……」


「いえいえいえ! 不快だなんてそんな!」


お偉いさんの言葉に、俺はさっき以上に大声をあげて話を遮ってしまった。

いやでもこれは仕方ないでしょ。

せっかくティリスさんが俺の面倒をみてくれるって話になってるのに、それが誤解から変更になっちゃうなんて全力で阻止せねばならん。

そこはハッキリ、誠心誠意誤解の無いように主張させて頂く所存です。


「不快だなんてとんでもない! むしろ、ティリスさんみたいな美人に後見人になって頂けるなんて、こちらこそお願いしたいくらいですよ!」


おっと、思わず熱が入り過ぎてちょっと気持ち悪い感じの主張になってしまった。

横目でティリスさんの様子を見ると、その顔は相も変わらず涼しげで、その瞳はそっと伏せられていた。

頭頂部の可愛らしい狐耳が、ピクンピクンと動いていらっしゃいますけど、それはどういった動作なんでしょうかね。


「それは安心致しました。それでは、こちらにサインをして頂いてもよろしいでしょうか」


お偉いさんはその強面にほんの少しだけ笑みを浮かべると、再度書類下部の空欄を手の平で示した。

そんな素晴らしい契約書だったら、いくらでもサイン書きますよ。

あっ…そういや俺、この世界の文字書けないや。

漢字やらローマ字やらで書いたら、大事な書類に落書きするなって怒られるかな?


「度々すみません…その、私はこちらの文字が書けなくてですね…」


「ああ、それは問題ありません。お国の文字で御署名頂ければそれで大丈夫ですよ」


「あ、そうですか?」


おっし、んじゃあさらさらっとサインをさせていただきますか。

俺は差し出されたペンを手にすると、書類の空白にデカデカと自分の名前を書いた。


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頭空っぽな俺が神様から獣人娘をメロメロにするチートを貰って異世界に行った話 最上 @sougetsudou

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