第3話
俺が案内された部屋は、柔らかいソファーの設置されたそれなりに居心地の良い空間だった。
てっきり、刑事ドラマで見るような椅子と机しかない殺風景な部屋で尋問を受けるのかと思っていたが、想像以上に丁寧な対応をしてもらえている。
ただ、これがなんらかの誤解からくるものだったら、その誤解が解消された瞬間に巻き起こる事態がどうなるのか怖すぎる。
俺はただ、獣人娘とイチャコラしたいだけなんだ……
しかも何故か俺は、ソファの上座に座らされている。
衛兵おっさんであるゾフさんは壁際に寄って直立不動の姿勢で立っている。
あんまりに丁寧で親切な対応をしてもらったので、心の中でゾフさんを『衛兵おっさん』と呼ぶのが申し訳なくなってしまった。
そうやって俺が居心地の悪い思いをしていると、部屋の扉からノックの音が響いた。
ノックに反応して、ゾフさんは俺に一礼すると、大きな身体に見合わない機敏な動作で扉を開けた。
「失礼いたします。私はファトス市警団で査問官を務めさせて頂いているティリスと申します。本日はよろしくお願いいたします」
見るからに神官といった感じの、白い法衣のようなモノを着た金髪美人さんが、部屋に入るなりそうやって流暢に挨拶すると、ゆっくりと俺に向かって頭を下げた。
ゆったりとした法衣の下からでもハッキリと自己主張する大きな胸と、ベルトで締められることで強調された細い腰と肉感的な下半身が非常に冒涜的だ。
めっちゃエロいなこの人……こんな人が公務員でかつ神に仕えるとか、それだけでなにかの犯罪に該当しそうだ。
何かはわからないけど。
それより何より、ティリスと名乗った女性の頭には、ちょこんと三角形の獣耳が存在を主張していた。
ふおおおおおおおお!
獣人娘とのファーストエンカウントがこんな美女とは、これは期待感が高まるぜ!
あの耳は何の獣の耳なんだろうか……綺麗な金髪と同じ金色の毛皮と、ピンと立った三角形の感じから、キツネっぽい雰囲気だけど……
「あの……?」
獣耳を凝視してウットリしていた俺に、ティリスさんが困ったように声を掛けてきた。
それで俺は夢想の世界から戻り、慌てて視線をティリスさんに向ける。
「あぁっ、す、すみませんっ! 俺…わ、私はゴロウ・ムツと申します!」
俺は素早く立ち上がると、思いっ切り腰を折って頭を下げた。
ついつい姓と名をイングリッシュな感じの並びで答えちゃったけど、こっちの世界ってそういう感じでいいのかな?
みんなの名乗りが名前だけだから、そもそも名字が無いのが一般的なのか?
「はい、改めまして、本日はよろしくお願いいたします」
テンパる俺に対して、ティリスさんは特に馬鹿にする様子もなく相変わらず丁寧に接してくれる。
俺が下げていた頭をゆっくりと上げると、自然とティリスさんの綺麗な紅色の瞳と目が合った。
うお……吸い込まれるようなめっちゃ綺麗な色だ……
あ、っていうかこれって、俺の神様チートの発動条件満たしてるんじゃね?
こんな美人さんとイチャイチャするのはいいけど、こんな他にも人がいるような場所では困っちゃうなぁ、ハハハ。
いやいや、ここは余裕をもって窘めてこそ、男としての度量が示せるってもんだよね!
「………それでは、帝国治安法第197条に則り、真実のオーブを用いた査問を行います。異議及び拒否する権限を有する方は今この場で申し出てください」
確かに俺と目が合ったはずなのに、ティリスさんはスッと背筋を伸ばすと力強い声でそう宣言した。
バリバリのキャリアウーマンといった雰囲気を醸し出す彼女からは、神様チートで俺に惚れてメロメロになっちゃってる様子は欠片も見受けられない。
え……?
どういうこと……?
シャランッ!
「ヒッ……!?」
突然響いた金属の擦れる音に、俺は身を竦ませて小さく悲鳴を上げてしまった。
慌てて左右を見ると、部屋にいた衛兵さん達がみんな抜剣して、剣を顔の前に掲げている。
その表情はどこまでも真剣で、俺に対して思うところがあっての行為ではない感じだった。
「……それでは、査問を開始いたします。ムツ様もどうぞ、楽にお座りください」
「え、あ、はい……」
ティリスさんに促されて俺がソファに座ると、衛兵さん達はみんなほぼ同時に剣を鞘に収めた。
キンッという甲高い音が響くと同時に、ティリスさんが上品な仕草で俺の向かいのソファに座り、手に持っていた大きな水晶玉をテーブルの上にゆっくりと置いた。
「それでは、私からの質問に正直にお答えください。偽証を繰り返すと、その場で逮捕拘留せねばならない場合もございますので、ご注意願います」
「は、はい……」
神様チートは効かないし、なんか尋問が始まるみたいだし、なんなんだよいったい……
・・・・・
それからティリスさんの尋問……査問は、小一時間ほど続いた。
俺の名前から生まれた国名、親兄弟の有無やその名前まで聞かれたよ……
何故か家の大きさや家具の配置、種類まで聞かれて、異世界モノの定番として異世界から転移してきた事実だけは隠そうと奮闘したけど、何度かテーブルの上の水晶玉が紫色に突然変化して、ティリスさんや周りの衛兵さん達の表情が険しくなるから、結局テレビやら冷蔵庫やらIH完備のキッチンについて説明しちゃったよ……
まあでも、二十代半ばの無職童貞が一人っ子ニートしながら、両親に養われていた事実を語ることの方が、俺的には結構キツかったけどね……
「………わかりました。それでは、これにて査問を終了いたします。結論が出るまで、ムツ様は今しばらくこちらでお待ちください」
俺に質問をしながら、白紙に物凄い勢いでペンを走らせていたティリスさんが、最後にその紙の末尾にサインっぽいものを走り書きすると、最初から変わらぬ事務的な声でそう宣言した。
「あ、はい……」
色々正直に説明して消耗した俺は、項垂れながらそう返事をした。
……でも、なんとか女神様についてとか神様チートについては隠し通せたわ。
たんにそういう話をするような質問が来なかっただけではあるけど。
転移した状況については、気が付いたら白い場所にいて、次に気が付いたら森の中にいたって説明しただけで、何故かそれ以上のツッコミはなかった。
「では、失礼いたします」
そう言ってティリスさんは丁寧に頭を下げると、静かな足取りで部屋を出て行った。
その際にまた俺と目が合ったけど、ティリスさんは特に反応を示さなかった。
神様チートは存在しないのだろうか……
それとも、ティリスさんのご年齢は既に40歳を越えて……?
くそぅ、あんな美人なら確かにアラフォーだろうとアラフィフだろうとどんと来いなのに!
異世界の常識を現代日本の常識で推し量るんじゃなかったぜ!
俺はゆっくりとソファの背もたれに体重を預けると、大きく息を吐いた。
俺、どうなるんだろう。
ゾフさんはティリスさんと一緒に出て行ってしまい、今同じ部屋にいるのは、さっきティリスさんと一緒に入ってきた別の衛兵さんだ。
なんだかゾフさん以上に立ち方に気合が入っていて、僅かな身動ぎもせずにビシッと直立不動の姿勢を維持している。
槍は持ってないけど、腰には剣をぶら下げてるし、鎧や兜はどう見ても本物の金属製だ。
正直、怖い。
威圧感半端無い。
ちらりとその衛兵さんに視線を向けたが、兜の隙間から見える視線は、俺の方を見ずに真っ直ぐ前に向けられていた。
ゾフさんより若そうだけど、俺よりは年上な感じがする。
ってか目つきがめっちゃ鋭い。
やっぱり怖い。
俺は視線を下げてテーブルの表面を見つめながら、どうか酷い目に遭いませんようにと祈りながら時間を過ごした。
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