第2話

「おー、着いた着いた。結構歩いたなぁ」


この世界に来る直前のことを思い出しながら歩いていた俺は、気がつくと壁のすぐそばまで来ていた。

壁は4〜5メートルくらいの高さがあって、壁に向かって伸びた道の先には門がある。

門の向こうには街並みが見えるから、これは城壁じゃなくて市壁なんだろうな。

門を出入りする人の姿は一切無く、門の所には鎧を着た人が二人、槍を持って立っている。

もうその格好が、明確にここをファンタジーな異世界だと証明している。

まさか日光江戸村の洋式バージョンがあるわけじゃあるまい。


……これって、黙って通過していいのかね?

それとも、なんか通行税的な物を払った方がいいのか?

服以外の所持品一切無いから、当然日本のお金すら無いんですけど。

やっべ、なんも考えずに近付いちゃったけど、不審者として捕まったりしないよね?

……しゃーない、ここで変な素振りを見せて槍で刺されたら堪らないし、素直に助けを求めてみるか。

街を守る職業を選ばれている方が、助けを求める人を無碍には扱わないと信じてる。


「すみませーん」


俺は歩きながら手を振って、門にいる二人に声を掛けた。

まだまだ結構な距離はあるけど、その方が向こうも相談する時間が取れていいだろう。


「すみませーん、すみませーん」


俺は繰り返し声を掛けながら、歩く速度を変えずに門に近付いていく。

鎧を着込んだ二人が、揃って俺の方に体を向けた。

二人は杖のように持っていた槍を、ほんの少しだけ握りを変えた。

流石に槍の穂先を向けては来ないけど、何かあったらすぐ使えるように意識を切り替えたのが、格闘技経験皆無の俺ですらわかった。


「あのー、すみません。ちょっとお聞きしたいんですけど」


俺は開いた両手を肩の高さまで上げてひらひらと振りながら、二人…多分、衛兵さん達から数歩離れた位置で立ち止まった。

俺が槍が怖いってのもあるけど、衛兵さんも俺が不用意に近付いたら警戒するだろうしな。

そういや、言葉って通じるのかな、とか思った直後、衛兵さんの片方が一歩踏み出して俺に声を掛けてきた。


「どうかしましたか?」


結構低い男性の声だ。

兜の正面に開いたT字の隙間から覗く顔は、そこそこの年齢のおっさんのように見えた。

しかし雰囲気からして、話を聞いてくれそうな感じはある。

少なくとも、問答無用で殺されたり、捕まって牢屋にぶち込まれるってことは無さそうだ。


「すみません、ここがどこかわからなくてですね…ここは何という街なんですか?」


俺の言葉に、衛兵さん達があからさまに不審そうな顔をして、お互いにアイコンタクトをする。


「ここはファトスの街です。西方辺境にある都市の一つです」


へー、ここは西方の辺境なんですね。

っつっても、何処を基準にした西方で辺境なのかわからんけど。

極東の島国である日本だって、太平洋を基準にすれば西にあるからな!


「私はファトス市警団のゾフと申します。失礼ですが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


俺が困ったような曖昧な笑顔を浮かべていると、衛兵のおっさんは丁寧な物腰で俺の名前を聞いてきた。


「あー、俺……私の名前は、陸奥吾郎と申します……あっ、ゴロウ・ムツの方がいいのかな? ムツが名字で、ゴロウが名前です」


衛兵のおっさんの名前が『ゾフ』って言うらしいから、完全ジャパニーズな俺の名前は明らかにおかしいかなと思ったけど、変に偽名を使ってもボロが出そうだったから俺は正直に答えた。

そして俺の答えを聞いた衛兵さん達は、さらに困惑を深めたようで、めっちゃアイコンタクトを取り合ってる。


「ムツ様…ですね。本日はどのような御用向きでの外出でしょうか?」


ゾフと名乗った衛兵おっさんが、さらに質問を投げ掛けてくる。

気のせいか、最初よりもめちゃくちゃ丁寧な態度になっている気がする。

衛兵おっさんの後ろで、もう一人の衛兵さんが門の向こうに下がって何か声をあげているようだ。


「いや、私もよくわからなくてですね。気がついたらすぐそこの森の中に居たんですよ」


女神様とか転生とか転移とか異世界から来ましたとかは、とりあえず黙っておこう。

そういうのが一般的じゃない世界だったら、即頭のおかしい人間認定をされちゃうだろうし。

頭のおかしい人間を優しく保護してくれる世界ならいいけど、見つけ次第即・殺処分するのが常識だったらヤバイしね。


「気が付いたら森に……? 何度も質問をしてしまい申し訳ございませんが、御生れはどちらになられるのでしょうか?」


俺に敵意が無いとわかったのか、今は衛兵おっさんはかなり俺に近付いて来ている。

近付いてわかったけど、この衛兵おっさんはかなりデカイ。

身長は190cm以上はありそうだし、身体も鍛えているのか、素肌が出ている腕や脚はムキムキだ。

そこに金属製の鎧を着込んでいるせいで、威圧感が半端ない。


俺はその重量感に圧倒されて、半歩だけ後退ってしまった。

そんな俺の様子に気付いたのか、最初からそうするつもりだったのか、衛兵おっさんはその場に片膝をついてしゃがみ込んだ。


「驚かせてしまい申し訳ありません」


さらに、衛兵おっさんがそんなことを言うから、俺は余計に慌ててしまった。


「い、いえ、そんなことはないです! あ、あの、どうか立ってください!」


「お待たせ致しました! 中のご用意が出来ましたので、こちらへどうぞ!」


俺が慌てているところに、もう片方の衛兵さんが駆け足で戻ってくる。

中の用意ってナニ?

なんか大層な事態になってない?


「立ち話をさせてしまい申し訳ございません。どうぞこちらでお話をお伺いします」


片膝をついていた衛兵おっさんが立ち上がって、俺を優しくエスコートしてくれる。

その声は柔らかく、兜の隙間から覗く顔には、優しい笑顔が浮かんでいた。


「は、はい……」


凶器を持って完全武装したガタイの良い男に案内されて、俺は大人しく門の奥にある建物に案内されるのだった。

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