ずるくてむりやり

小石原淳

第1話 ずるくてむりやり

「犯人はあなたですね? 穴黒永遠あなぐろとわさん」

「穴黒が犯人? どうしてそうなるんだ」

「第二の殺人のダイイングメッセージを直訳しただけのことですよ、刑事さん。『ブラックホールフォーエーバー!』」

「なるほど、単純すぎるくらい単純だ。と言うことは、こっちも直訳でいいのか。第三の殺人における『スターダストエモーション!』てのも」

「いえ、そちらは偽装です。犯人の穴黒さんが、ダイイングメッセージのストレートさをごまかすために、似た雰囲気の、でも意味のないフレーズをわざと書いたのです。よね、穴黒さん?」

「……その通りです」

 あっさり認める穴黒を目の当たりにして、傍観者の僕は心の中で「秒殺かよ!」と突っ込んでいた。証拠がまだ出てないのだから粘れよっ。

「逮捕してもいいんだが、何も証拠がないし、ダイイングメッセージの解釈以外に、犯人特定の理屈も聞いてない。地元警察の顔も立てる必要がある。いまいち不安だ」

 そうそう、刑事の言う通り。……休暇旅行中、事件に遭遇した割に主導的に捜査してるよな、この人。

「では、動機を話すとしましょう。最初の被害者、桐崎十三子きりさきとみこさんは、誰からも好かれ愛される性格で、会う人会う人から『どうしてそんなに優しいの?』と戸惑われることも多々あったという、殺人被害者には最もなりにくそうな方でした。そんな女性を、穴黒さんはどうして殺したのか」

「うむ。確かに桐崎さん殺害の動機は大きな謎だ」

「分かってみれば簡単だった。彼女のある言葉を、穴黒さんは聞き間違えたのです」

「ある言葉って何だ。『こんなの初めてかも』か? あの台詞は結構衝撃を受けたぞ。中年女性がちくわを食べるなり、乙女声で『こんなの初めてかも』と言うもんだから」

「違います。『そういえば似てるわね』です。これを『総入れ歯、煮てるわね』と聞き違えたのです」

「な、何だいそれは? 総入れ歯?」

「二十年前に発生した殺人の被害者、山根やまねはなさんの歯のことです。山根さんを殺したのも、穴黒さん。もしくはその死に責任がある立場なんだと思いますよ」

「……よく見抜いたわね」

 また秒殺かよ!

「山根はなさんは、当時の穴黒さんの共犯者だった伊川谷いかわだにきくさんの一時的な身代わりとして、殺されたのです。ただ殺害したあとに、まずいことに気付いた。伊川谷さんはほとんどの歯を残していたのに対し、山根さんは総入れ歯だった。そのまま黒焦げ死体を伊川谷さんに見せ掛けても、じきにばれる。そこで穴黒さんは山根さんの入れ歯を外すと、水を張った鍋をコンロに掛けて温め、コトコト煮込んだのです。やがて入れ歯の土台から歯がぽろぽろと外れていく。それらを回収して黒焦げ死体の口中に入れたのです。なるべく、本物の歯に見えるように丁寧にね」

「入れ歯の歯って、本物じゃないんだからそんなことをしても無意味だろうに」

「ところが山根さんは、約150~200年前の入れ歯に拘ったみたいでしてね。他人から本物の歯を密かに集めて、入れ歯にして使っていた」

「気持ち悪いな。臭いそうだし」

「大昔に使われていた当時も、そんなに評判のいい物ではなかったみたいですね。それはさておき、不運をカバーできるだけの僥倖に助けられ、二十年前の事件は迷宮入りした。もちろん穴黒さんは伊川谷さんも始末して、うまく逃れたようですねえ。ところが二十年が経過して安心しきっていたところへ、桐崎さんの台詞です。聞き間違えなければなんてことなかったのに、この女は過去の秘密を知っている、と穴黒さんは思い込んだ」

「何という悲劇だ」

 刑事の感極まったような言葉に、穴黒永遠はその場で膝をつき、おいおい泣き始めた。

 完全に無関係で傍観者を決め込んでいた僕でも、「なんだこれ」と思わずにいられなかった。


「なんか帰りたくないな」

 推理ショーが終わったあと、会場となった部屋でもたもたしていたら、探偵のそんな呟きが聞こえた。刑事の耳にも届いたらしく、反応している。

「何を言ってるんですか。事件は解決した。あなたのおかげだ」

「いや、それが名探偵としての悲しい能力が、今もまだ作動しているみたいです。連続殺人が片付いたばかりだというのに、新たな事件がここで起きるような、そんな予感がするのです」

「ははは。いくら何でもそれはないでしょう」

 刑事が笑い飛ばしたところへ、その部下が部屋に転がるように入って来た。

「ど、どうした?」

「大変です。また死体が出ました! 上辺美太郎うわべみたろうという男が死んでいます!」

「何?」

 刑事と探偵が顔を見合わせる。

「殺しなのか? もしや、またダイイングメッセージが残されてるんじゃないだろうな」

「あの、それが……こう読める血文字がありました。『なんだかんだで、饅頭うまい』と」

「何ぃ? 前にも増して意味不明だ。そもそも死にかけで『饅頭』と漢字で書くか? 名探偵、分かりますかね?」

「うーむ。饅頭こわいなら落語やお茶が連想されるんだが……ああ、そうか!」

 探偵は閃いたらしく、左の手のひらを右の拳でぽんと打った。

「分かったかもしれません。このダイイングメッセージの意味は――」

「意味は?」

 勿体ぶる探偵に、刑事が合いの手を入れる。


 * * * *


「ん?」

 PCで小説投稿サイトにあるアマチュア作品の一つを、くだらないと思いながらもついつい読んでいた私は、最後のページに進もうと矢印をクリックした。だが、動かない。

 かちゃかちゃと何度やってもだめ。でも他のサイトは問題なく表示される。ていうことは――。

 と、ちょうどそのタイミングで、小説投稿サイトのマスコットキャラが画面に現れ、合成っぽい声で言った。


『緊急メンテナンスなのです』


 終

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ずるくてむりやり 小石原淳 @koIshiara-Jun

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