羽が生えるまで

綿麻きぬ

天使

 羽が生えたら私は飛べるのだろうか?


 いつの頃かそんなことを思い始めた。羽さへ生えたら見えている全ての世界が違って見えると信じて。


 そんな羽だが生えるまでにはいくつかの段階を越えなければいけない。


 その段階は人によって変わる。ある人は1段階で、とある人は3段階とか、はたまたある人ら5段階とか。


 普通の人ならこの階段に足を掛けない。だが、私は足を掛けた。


 そして私は今、階段の一段目にいる。


 辛く、悲しく、何をやってもうまくいかない悲嘆の一段目。


 ただの絶望の日々。普通の人から見たら絶対に見れない、暗く、黒い日常。


 家に帰っては現状に嘆き、涙を流し、寝る。そして、朝に起きる。


 目が覚めて背中を見るが羽は一向に生える気配はない。


 そんな繰り返しの毎日が送られていくうちに心の上に一個ずつ、一個ずつ重りが乗せられていった。


 だけど、まだ心は潰れない。しぶとく抵抗している。


 潰れたいけど、潰されないように本能が抵抗している。潰れたら羽が生えるというのに。


 そう思いながら今日も重い足を引きずりながら家に着いた。


 家に帰ったら疲れていたため、お風呂にも入らずに布団に体を委ねた。


 運が悪かったのか、良かったのか、昨日仕事で使ったカッターが見える所に置いてあった。


 一瞬の気の迷いが私の手をカッターに伸ばした。


 そして、カッターの刃は滑らかに私の肌を切った。


 腕には真っ赤な線ができた。一直線。綺麗とさへ思えてしまう。


 もう一回、もう一回、それを繰り返すうちに腕は真っ赤になった。


 その腕に目から溢れた透明な滴が落ち、自分が何をしたか、私は気づく。そこから大泣きして、寝た。


 その行為をしたことによって私は上れた。


 朝起きたら体が軽くなっていたので、そっと後ろを振り向いて見ると小さな小さな羽が生えていた。


 あぁ、羽が、羽が、生えた。


 私は嬉しさを噛み締めている。これで一歩進んだ。そんな喜びだ。


 そこからの毎日は楽しかった。怒られようと、ミスしようと、私には羽が生えているのだから。


 しかし、そんな毎日にも少しずつだが変わっていった。


 頭痛、胃痛、めまい、体調が悪くなっていったのだ。


 心は軽い、体も軽い、そんなおかしな軽さに私は気付き始めてきた。


 でも羽が生えているのだから大丈夫と祈り、日々を過ごしていく。


 ある時、そっと背中を見てみると羽の大きさは変わっていなかった。


 私は驚いた、羽が成長していないのだから。これから大きくなると思い込み、今日も外にでる。


 だけど、しばらくしてから体が少し重くなった


 恐る恐る後ろを振り替えると羽が一枚落ちていた。


 私は恐怖した。


 今まで私の心と体を支えていた羽が一枚落ちていたのだ。


 急いで背中を触る。すると、また羽が一枚落ちた。そして、体は重くなる。


 羽が落ちる前に私は飛ばなければいけない。


 焦燥感にかられ近くのビルに入って階段をかけ上る。


 その間も羽は落ち、体は重くなっていく。


 でも私は飛ばなければならない。それが使命なのだから。


 屋上に着き、息を整え、縁に立つ。背中に残った二枚の羽。


 一枚を引き抜き、手に持った。体は一層重くなる。そしてもう一枚は背中に生やしたままで。


 私は深呼吸して、地面を蹴った。


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羽が生えるまで 綿麻きぬ @wataasa_kinu

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