怪談「行ってはイケナイ」

梨木みん之助

(1話完結)


志々雄は、好奇心旺盛な子供である。

今日も幼なじみの蘭々と庭で元気に遊んでいた。


「志々雄、ちょっとおいで・・。」志々雄は母に呼ばれた。


「たまに、ここに遊びに来ていた スーちゃん家ってどこ?」

「うん。ミナミの村って言ってたけど ・・ 何か?」

「あぁ・・。」 母はしばらく言葉を失った。


「どうかしたの?」

「いい!ミナミの村には絶対に 行っちゃダメよ!」

志々雄の目をジッと見ながら、強い口調で 母が言った。

「何かあったの?」

「うーん ・・・。」 母は言葉を ためらったが、

やはり、言っておかなくては、という結論に達した。


「ミナミの村から 何もかもが消えてしまったらしいの。」

「えーっっ!! そんな事って あるのーっ?」

志々雄は、咽を詰まらせた。

「わからないわ。でも、調査隊までもが行方不明だって・・。」


その会話を聞きつけた蘭々が、あわてて近寄って来た。

「志々雄ちゃん! 絶対に行ったらダメだからね!」

母も蘭々も志々雄の性格をよく知っている。


「うん。わかってるよぉ! 行かないったら!」

と、志々雄は答えておいた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


数時間後、志々雄は ミナミの村との境にいた。

志々雄を動かしているは、ただの無謀な好奇心と、

「たぶん大丈夫だ。」という根拠のない自信だけだった。


志々雄は 体の半分を恐る恐るミナミの村に入れてみた。

「・・何ともない ・・。」

村は 静寂そのものだった。

半分に千切れた植物が そこ彼処に見えるが、

それ以外には何の異常も見当たらない。


「よし、入ってみよう・・。」

志々雄は、村に入り数メートル程 進んでみた。

いつもと変わらない景色の中に、

確かに、生き物の気配だけが無い。


「なんだか、気味が悪いな ・・。」


これ以上は 何も見つからないと判断した志々雄は、

引き返す事にした。


「志々雄ちゃん・・。」 声が聞こえる。 蘭々だ!

「入っちゃいけないって言ったのは、おまえじゃないか!

どうして、ついて来たんだ!?」


「だって、あたし ・・、

志々雄ちゃんがいないとダメだから。」


あぁ ! なんということだ !

つまらない好奇心に、大事な蘭々を巻き込んでしまった!


「よしっ、帰ろう!」

村境を目指す 志々雄は、祈るような気持ちになっていた。


出口がすぐそこに見えてきた。

しかし、志々雄が ほっと胸を撫で下ろした時が

悲劇の始まりだった。


・ ・ ・ 出られない ・ ・ ・ 。


村全体を白く鈍い光が 包んでいる。

・・ なんという事だ ・・ 。

背筋が凍るような思い。

「だいじょうぶ。 オレが付いているから。」

志々雄の根拠のない慰めに、蘭々の震えが少し治まった。

・・ 何とかしなくては ・・ 。


あらためて 村全体を見わたすと

白い光が、眩しい程に強くなっている。

それにつれて、村の温度が急激に上がってきた。

息が苦しくてたまらない ・・ 。


志々雄と蘭々は気を失った。


-------------------


気が付いた時、二人の周りには、

無数の 繭玉の様な物があった。

むせ返るようなニオイ。

黒い油のような雨が降っている。


・・ オレ達は、生きているのだろうか ・・ ?


辺りを見渡す志々雄の目が、一点で止まった。


スーだ!

・・・ ピクリとも動いていない ・・・。


スーの姿を見て、自分達は まだ生かされている

事が 理解ができた。


ただ、同時に、生きて戻れない

という事も 理解せざるを得なかった。


呆然としながら、力ない目で 空を見上げると、

そこには、更に とんでもないものの姿があった・・。


巨人だ!・・

もう、メチャメチャだ 。

マンガじゃあるまいし ・・。


巨人は2本の棒を振り回しながら

スーやミナミの村の仲間たちの遺体を

ぐちゃぐちゃにしている。

その顔には、気味の悪い笑みが浮かんでいた。


「ララ、見ちゃだめだ!」

シシオは 欄々と一緒に 繭玉の下に潜った。


しかし、その努力も 空しく、

二人は多くの仲間たちと一緒に、

繭玉状の物ごと 巨人の口の中に放り込まれた。


多くの仲間が上下する臼で ぐちゃぐちゃにされてゆく。

そして、鼻を突くような臭いの胃液の池に落ちてゆく・・・。


まさに、地獄だ・・。

母の言い付けを聞かなかったのは 確かに悪かった。

しかし、ここまで酷いことになるなんて・・・。


「シシオちゃん ・・。」

すでにララは体の半分を失っていた ・・・。


「ごめんなっ。ララ。俺がうかつ だったばっかりに ・・。」

「いいの、ララは、生まれ変わってもシシオちゃんと一緒だから。

でもね、今度は二人とも、食べられる方じゃなくて・・」

そう言いながら ララの息は絶えた。

シシオは、ただ呆然と、涙であふれた目をギラギラさせながら

自分が溶けてゆくのを待つしかなかった。


遠くから、巨人の叫び声が聞こえた ・・・。


「あぁーっ! やっぱり 生シラスは 美味いなぁーっ。」




* あと書き


食事の前には「いただきます。」

食事の後には「ごちそうさまでした。」

を、忘れないようにしましょう。



*** エンドロール ***


シ シオ

ラ ラ  ・・・ カタクチイワシの子供たち

ス ー


半分にちぎれた植物 ・・・ ワカメ、コンブ 他

白く光る物 ・・・ シラス網

繭玉の様な ・・・ ごはん

黒い雨のような ・・・ 醤油

2本の棒 ・・・ お箸

巨人 = 今までに、シラスを食べた事のある あ・な・た

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怪談「行ってはイケナイ」 梨木みん之助 @minnosuke

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