結婚しない!? 正気ですか、あなた!?

ちびまるフォイ

ひとりで生きていくなんてことは許さない

人間ドックの結果が帰ってきた。

そこには「再検査」の文字と「まじやばい」のコメントが添えてあった。


「おいおいおい……嘘だろ……」


これでも健康にはひと一倍気を使っていたつもりだったし、

ストレスなども意識したことはない。お酒もタバコもやらない。


それでも再検査というのはきっとよほどのことなのだろう。


病院に行くと医者がカルテを紙飛行機にし飛ばして渡した。


「あなたの身体はそうとうやばいですよ、がんで言うとフェーズファイナルです」


「ふぁ、ファイナル……! 何が悪かったんですか?」


「結婚値が……あまりに低すぎるんです」


「血糖値?」

「結婚値です」


「えっと……それは?」


「普通の人間には結婚したい!という値、つまり結婚値があるんですね。

 しかし、あなたはそれが著しく低い。始めてみましたよこんな数値」


「そんなに!?」

「まあ私カルテ見たのあなたが初めてなんですが」


「……でも、そんなに問題があるんですか?」


「ありまくりです。これから詳しい診察と小説の文字数稼ぎを行うので別室へどうぞ」


別室に通されると質問用のフリップが用意されていた。


「今からこのフリップに質問が書かれているので、

 すべて5秒以内にパッと思いつく答えをすぐに言っていってくださいね

 あなたの考えや病巣などを調べるため考えずに答えてください」


「わかりました」



(1)「おかえり」と言ってくれる人がいてほしいと思う?


 「いや別に。なんでそんな風に思うの?」



(2)ひとりでいるときにふと寂しくなる時がある


 「……寂しい? それがまずわからない」



(3)幸せそうな家族連れを見るとあんなふうになりたいと思う


 「意識したことがない。電柱と同じ感覚で見ている」




「……重症ですね」


「重症なんですか?」


「あなた、本当に家に誰かがいてくれて

 たわいもないことで笑い合ったり日々を共有したり

 ほっとするようなひとときを過ごしたいと思わないんですか!」


「……人と一緒にいる安らぎよりも、

 人によってもたらされる気疲れが多いんですが」


「こいつやべぇな」


医者はそう言うと部屋の奥からバカでかい機械を持ち出してきた。

それを俺の頭にすっぽり被せてなにやら準備をはじめる。


「先生、いったいこれはなんですか?」


「あなたはきっと結婚生活に悪い方の先入観を持っているのです。

 気疲れする、とかそういう感じで。でも実際は違います。

 なので深層心理を読み取り理想の妻を作り出しシミュレーションします」


「そんな装置なんですか」


「ではいきます」


スイッチを入れると画面が切り替わり、暖かな家庭の風景が映し出された。



「おかえりなさい。今日も大変だったわね」


「パパ、おかえりーー!」


「おお、ずいぶんと大きくなったなぁ、ほらお土産だ」


「わーーい、パパありがとう」

「あなたまた余計なもの買って」


「ははは。いいじゃないか。それに明日は遊園地だろ。

 ここで機嫌をとって、明日をもっと最高の1日にしたいじゃないか」


「もう、わかりました。お風呂入れてるので入ってね」


「ありがとう。助かるよ」


「パパ、見て! 今日パパの似顔絵描いたのーー」



【 ぱぱへ いつも ありがとう  】



 ・

 ・

 ・


シミュレーションが終わるとアイドルのポスターが貼られている病院の天井へと画面が戻った。


「いかがでしたか?」


「なんか、独身男性が憧れそうなテンプレ家庭風景が見えました」


「どうしてそういうコメントになるんですか。

 こういう生活も悪くないなと思いませんでしたか?」


「いや別に。先生はたとえば全く知らないバンドのCDを渡されて、

 それを聞いたあとで「どうして好きになれないの?」と聞かれたことはありますか?」


「それでも必死に聞いて好きになる努力はします」

「それはCD渡した人を好きだからでしょう」


医者は腕と足をくんで「うーーん」と踏ん張りながら考えた。


「私が思うに、あなたは心の奥底で結婚を拒否しているきらいがあります。

 それを手術で取り除いてみましょう」


「そんなことできるんですか」


「ヴィコルド手術というのがありましてね。

 著しく結婚値が低い人に対して施すことで腹筋がわれて

 結婚を意識する人間になることができます」


「腹筋は魅力的ですね」

「でしょう。早速始めましょう」


手術台に身体を移すと、医者はスマホに方法を表示してそれを見ながら施術をはじめた。

手術中のランプが消えると、すっかり生まれ変わった気分になった。


「いかがですか?」


「ありがとうございます、先生。なんだか自分じゃないみたいです。

 今まではどうしてあんなに人を遠ざけていたのかわかりません」


「おお、手術は成功だ!」

「本当ですか!」


「さっそくテストをしてみましょう!」


医者はふたたび奥の部屋に案内すると同じようにフリップを見せた。



(1)「おかえり」と言ってくれる人がいてほしいと思う?


 「思います。ひとりで暗い部屋に電気をつけるとき、

  言いようのない寂しさと人恋しさが襲ってきて辛くなります。

  一度そう考えてしまうとずっとその気持を引きずってしまい、

  なにを食べても、なにをしていても憂鬱な気分で落ち込みます」



(2)ひとりでいるときにふと寂しくなる時がある


 「ありまくります。テレビを見ていてもそれを語れる相手がいない。

  そばにいて一緒に笑ってくれる人がそばにいてくれたらなと思ってやみません。

  ひとりで外に出ても、それはただの移動にしか感じられず味気ないです。

  それどころか、ひとりでいることに辛くなってしまいます」



(3)幸せそうな家族連れを見るとあんなふうになりたいと思う


 「深く思います。怒ったり笑ったりしながら、

  誰かと同じ時間を過ごして思い出という財産をためていく。

  やがて自分が死ぬときににも成長した家族がそばにいてくれる。

  そんな幸せな人生を送れるのならお金の価値なんてどれほど安いか。

  家族と一緒に過ごし笑いあえる日々に憧れて、今の自分とのギャップに苦しいです」



「最後に聞きます。結婚はしたいですか?」


「はい!! めちゃくちゃしたいです!!!」


「そうですか……」


医者は答えやカルテを見ながらうんうんと頷いた。


「先生、結婚値治りましたよね。正常値ですよね。

 今はもう結婚したくてたまりません!」


「……」


「先生? ま、まさかまだ結婚値が足りなかったんですか!?」


医者は顔を横にふるとカルテを見せてくれた。




「結婚値は正常ですが、あなたは自立値が低すぎます。

 人依存症の危険性があるので、また手術が必要そうですね」

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