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口山大輝

観覧車 ~16番のゴンドラ~

 観覧車に乗ろうと思い、ゴンドラが降りてくるのを待つ。動いていないと錯覚する程に回るスピードが遅い。しかし、確実に濃いピンク色に塗装されたゴンドラは、こちらに近づいてくる。


「やっと来たか」


 ようやく開閉の役割を果たすドアノブに手が届く位置までゴンドラが降りてきた。


「しかし、噂通り。奇妙奇天烈な観覧車だな……」


 この観覧車はゴンドラが1つしかない。乗ってから降りるまでの1周で大体5分程だろうか。そのくらいの規模であるにも関わらず、ゴンドラはドアの横に『16』と白で印字されているもののみ。

 一応、観覧車と一目で理解する事ができる大車輪の部分もあるにはある。が、肝心の客が乗るゴンドラが付いていない。

 つまり16番のゴンドラだけが大車輪の部分と連結し、観覧車の役割を果たしている。


「ん? 先客がいたのか」


 深夜2時。こんな時間にこの観覧車に乗るとは……かなりの物好きだな。まあ、私が言えた立場ではないが。


「……むっ! おいおい、それはないだろう」


 もうドアが開いてもいい頃なのだが、乗客は一向にゴンドラから出てくる気配が無い。中は暗くてよく見えないが、人がいる事は認識できた。


「まさか寝てるんじゃないだろうな……」


 高い所から景色を見渡し見下ろす。それが観覧車の醍醐味である訳だが、それとは一味違うのが、この16番のゴンドラしかない観覧車なのだ。


 まあ、ザックリと説明するなら都市伝説だ。G県のとある町にある古びた観覧車。町と表現したが実際のところは誰も住んでいない。

 今から400年程前にG県で戦が行われた。その戦自体は結果的に見れば半日で終わるという、なんともあっけない幕切れであった。

 しかし、安易にその場所を掘ってしまうと今でも戦死した者の骨が出てきてしまう。そのため、高度経済成長を迎えた1980年代もG県のその場所だけは発展を遂げる事はなかった。

 しかし、地元の住民が「子供達に遊び場を」と作ったのが、この観覧車である。公園なんて時代遅れのものは、この町にはいらない。そんな考えが後押しした結果らしい……

 それが失敗だったようだ。上から街を眺めるというのは戦国時代、権力者だけが許された事であったため、死者の気に触れたのだろう。所謂(いわゆる)、怪奇現象がその町で起きるようになった。

 耐えかねた人達は観覧車を取り壊す作業を急いだ。が、それは間違いだった。作業に関わった全ての人間が解体中に死を迎えたのだ。

 町の人達は観覧車の取り壊しから引っ越しの作業へと変更。住民全員が町から出て行った結果、16番のゴンドラだけが付いた奇妙な観覧車の出来上がりという訳だ。

 気味悪がった人達が除霊代わりにと、残った16番のゴンドラのドア側以外の窓一面に黒のガムテープを貼った。だから観覧車に乗っても景色を楽しむ事はできない。

 元々は町だったので、民家の形をした建造物も多少は見受けられるが、年月もそれなりに経っている。原型は留めていない。雑草が踝(くるぶし)まで生い茂って、歩く度にファサファサと音が鳴る。

 ネットでも有名な呪いの観覧車。その類の話が大好きな私は、これは一度乗るしかないだろうと思い、ここに来た。のだが……


「…………非常識な奴だな。 おい!」


 乗客は降りてきそうになかった。怒りに任せてゴンドラのドアを開ける。


「……はっ!」


 ドアを開けると観覧車に乗っていた男と目が合った。見た感じだと20代前半、大学生だろうか? 頬は痩せこけており、ツーっと涙らしき形跡があった。着ている服は何日も洗濯してないのか僅かに黄ばんでいる。

 男は、まるで救助隊を待っていたかのような反応を私に見せた後、一目散にゴンドラから出て走り去っていった……


 まあ、あんな奴の事はどうでもいい。さて、呪いの観覧車に乗らせてもらおうじゃないか。



**

 今にして思えば、男に話を聞くべきだった。なぜ私は乗ってしまったのだろう……



 ゴンドラが上昇の軌道に乗り始めたギリギリのところで、なんとか私は乗る事ができた。

 椅子に腰を掛け、鑑定でもするようにゴンドラ内を見る。噂通り、ドア側の一面だけを残し、あとは黒のガムテープが景色を遮断していた。


 何か奇々怪々な事が起こってほしいという好奇心と、起こったらどうしようというスリルが私の心の中でシーソーをしているようだ。

 しかし、結局は何も起きなかった。あっという間に1周を終えた。このままじゃ面白くないと、私は唯一外が見えるドア側から人がいないのを確認し、2周目に入った。が、結果は同じであった。

 さすがに3周もしようとは思わなかったので、興醒めとばかりに観覧車から降りようとした際にようやく気付いた。


 乗った時には確かにあった。それを掴みもした。が、今はない。先に乗っていたあの男の顔を思い出す。そういう事だったのか……





ドアノブが消えていたのだ。

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