バトルシスターとリアリスト

@LOHA

はじまりの前の話 - 1

街道、と呼ぶには少しばかり整備と賑やかさが足りないような、それでも多くの人や車輪の通ってきた跡が見受けられる草原の十字路。

天頂に向かいつつある陽光に照らされ、今は人気の無い道端で草花が小さく露を煌めかせている。

その交差点を少し北に進んだ辺りで、土の上に横たわっているものと、それを見下ろすもの、二つの人影がそこにあった。


「…なぁ、おーい?大丈夫かー?起きろよ、女一人で外で寝ちゃあ危ないぞ?」


見下ろしている側──膝まである緑の髪を何度も途中で括って歪な一つ結びに纏めた青年が、修道服の女性らしき仰向けに寝た姿に赤紫の目線を向けて、声をかける。

暫くの沈黙。もう一度呼びかけようかと口を開きかけたその時、閉じられていた瞼が億劫げに持ち上がって、青い虹彩が同じ色合いの空を映した。


「……ふわ、ぁ…………ぁれ、わたくし、なんで…ねて……まだ、ついてないのに………あ、貴方、は…だれ……?」


覚束無い様子で紡がれた言葉の内容と、衰弱していることを容易に想像させる頼りなげな起き上がり方に、緑髪の青年は軽く眉を顰めた。


「おいおい、まさか行き倒れってやつか…あー……とりあえず立ちな、肩貸すから。行先、この先の書庫街ブカレタリアだろ?」


「はい……ありがとうございます、見ず知らずの相手ですのに…お優しい方なのですね」


大人しく青年の首に片腕と体重を預け、明瞭になってきた声で感謝を告げながら立ち上がった修道女。その頭を覆うベールキャップから一束、銀に近いくらいの淡さの金髪が零れて肩にかかる。

それを横目で一瞥してから、青年は困ったような苦笑を漏らした。


「そりゃちょっと単純すぎだろ…誰が悪漢ともつかねぇこの世の中だ、俺だって優しくなんかないかもしれない…何なら危ない連中じゃないとも限らねぇぞ?」


「ふふ……悪い人がわざわざそういった忠告をなさるということは、そうそう無い…と、思いますよ?」


「まぁ一般的にはそうだがな、そういった心理に付け込んで油断させるつもりってのもいるって知ってるか?」


「…成程、それは確かにそうかもしれません。ですが……今のわたくしは、貴方に頼るほかできることがありそうにない、ので」


だったら信じた方が気分が良いでしょう、と抑えめに笑うその声に、青年は軽く肩を竦めてみせた。


「あんた中々口が上手いな、俺の負けだよシスター。…あ、そういや名前聞かれてたっけな?俺はリィ、それとあんたのことはなんて呼べばいい?」


「お褒めにあずかり光栄です、リィさん。それとわたくしはアリアと申します、どうぞお好きにお呼びください」


背に負われた修道女──アリアの声は目覚めた当初よりも大分はっきりしてきて、よく聞けば随分と若い少女のような幼声であった。

元の進行方向へゆっくりと歩きだしながら、リィの『男性的』と評するにはやや高い声がそれに答える。


「それじゃあシスター・アリアだな、良い響きじゃないか。」


「ふふ、リィさんはお世辞が上手いのですね」


「褒めてもらった所悪いが、お生憎様、本心だよ。俺は、嘘が何より嫌いなんでね」

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