第九話 【運命】


王都を出て早くも数日が経過し、その間ルイス達一行は目的の場所が明白に分かるかのように、迷いなく馬車を走らせていた。


「兄さん、今更ですけど王都で何か調達などしなくてよかったのですか?」


ハレは、馬の手綱を握るルイスに横から顔を覗かせるように声をかけるとルイスは「そうだな」と応える。


「ま、村を出る時にある程度食料や備品はもらっているし、僕としては一日でも早く魔王様の元へと行き、人間の、ハレの村を二年前に襲ったのが魔王様の意思で、幹部の方が本当にそれを実行したのか。それを確かめたいんだ。」

「兄さん…」


ルイスは振り向くことなくハレに応えると、荷台でくつろいでいたリロがハレとは反対側から顔を覗かせルイスに疑問をぶつける。


「ちょっと確認なんだけど、本当のルイスは二年前に魔王の幹部と戦って昏睡状態になって、目を覚ましたら人格が入れ替わった?乗っ取られった?状態で目覚めたんだよね?」

「おい、『入れ替わる』はまだ良いとして、『乗っ取る』は僕に失礼だぞ。故意にこの体を借りている訳では無い」


ルイスがそう訂正の声をあげると、リロは「はいはい」と軽く流してしまう。

そんな対応のリロにルイスは嘆息し、話の続きを促す。


「で、今のルイスは魔王城で城に攻め込んできた勇者によって命を絶って、今の体にって感じだったよね?」


リロには、王都に行く前に焚き火を囲んでいたあの夜に、ハレにも言っていなかったルイスの過去についてを話してあった。

数日前に話したことの確認をされ、ルイスはただただ首を傾げて疑問を露わにする。


「つまり何が言いたいんだ?」

「いや大したことじゃないんだけど、ルイスが魔王城に居た頃は二年前、つまりは村が幹部に襲われる前かその最中って事でいいの?

ルイス自身、魔王城で何年も仕えていたって言ってたよね?」


やや本題への入り方がめちゃくちゃな気がしていたが、それでもルイスはリロが伝えようとしていた意図を汲み取った。


「んー、そこら辺はまだハッキリとはわからない。

だが、勇者が乗り込んできたのは忽然と幹部の方が魔王城から居なくなって、一、二年は経っていたと思うな。」

「え、ちょっと、今の初耳なんだけど!?」


ルイスが何気なく発した一言に、リロは大きく前のめりになる。

それに驚いたルイスは若干手元が狂い、馬車が左右に揺れる。


「おっと…危ないぞリロ。で、何が何だって?」

「魔王の幹部が忽然と魔王城から居なくなった、ってとこ!ハレは知ってたの?」


突然話しを振られたハレは、少し肩をあげ驚くが、首を横に振りリロに応える。


「私は基本的に、兄さんが話してくれるまでは追求しないように決めてるから、あまりアテにしない方がいい、かな…それよりもリロは何か思い当たることでもあるの?突然過去のことを聞いて」

「いやいや、単にちょっと興味が湧いて、もしかしたら何か見落としがあったりしないかなあって思っただけだよ」

「そっか」


リロとハレのやり取りはルイスを挟んで行われていたため、ハレが最初に放った会話の一言にルイスは妙な罪悪感を抱いていた。


「な、なあハレ?」

「どうしました兄さん?」

「その、聞きたいことは遠慮なく聞いてくれて大丈夫だぞ?むしろ僕としては巻き込む形で一緒に旅に出てもらってるハレには隠すことなんてないんだからな」


ルイスがハレに目を向けそう言うと、反対側から唸るような声が聞こえてくる。


「むう、何さ。私には隠し事をするってことなのか」


リロは頬を膨らませ、見るからに怒りを露わにしていた。

ルイスはリロの言い分にため息をつき、気だるそうに応える。


「そうは言ってないだろ、めんどくさいやつだな」


ルイスがそう言うと、リロはさらに頬を膨らませ顔を真っ赤にしてルイスの背中を叩く。

だが叩く手に力は込めておらず、ただただ怒りの気持ちをぶつけていた。


「うーん、でも」


ルイスとリロがそんなやり取りをしていると、顎に手を当てて考え込むハレが呟く。


「確かに、変というか気になる部分ではあるよね。

兄さんがまだ魔王のお城にいた時と、私の村が襲われた時の…時系列って言うのかな?」


ハレがそう言葉を続けるので、聞く姿勢を整えルイスとリロはハレへと目線を向ける


「ここまでの話をまとめた上での私なりの考察に過ぎないけど」

「聞かせてくれ」


ルイスはハレに主張を促す。


「うん。

まず、さっき少し言ってた幹部の人?が居なくなったっていうのが本当なら、その人が私の村を襲って本当の兄さんを昏睡状態にしたんだと思う。

私はあまり詳しくないんだけど、村が襲われて一年くらいたった頃に王都から勇者のパーティが、魔王城へ乗り込む為に旅に出たって噂を聞いた気がするの。」


ルイスは相槌を打ちながら、それでも握る手綱の手を緩めずにハレの意見を聞いていた。


「それで、ここからは推測だけど、その勇者の人達が魔王城へ着いたのがつい最近で、その勇者の人達に殺されちゃった魔王城に居た兵士だった頃の兄さんは、今の『ルイス』兄さんになったんだと思う。

そうなると、勇者の人達が乗り込む前に村を襲った幹部の人が言っていた『報復、勇者が誕生しない為に』っていうのは昔、魔王のお城に乗り込んだ別の勇者の人を指してるんじゃないかな?」


ハレが一区切りに話を終えると、リロは奇声を上げパンク寸前といった形で頭を抱えていたがルイスはその思考をフルに回転させ、ハレの考察を理解していた


「つまりは、過去に人間が魔王城へ乗り込みその報復のために幹部の方が二年前に行動を起こし、それに対抗すべく旅に出た人間の勇者は魔王城へ着くのにおよそ一年かかり、乗り込んできたその勇者共に僕は殺され直ぐにこの体へと意識が飛ばされた、という解釈でいいのか?」

「そ、そうだね。うん、簡潔にまとめるとね」


ルイスはハレの考察を理解した上で、再度考え込みそして中々しっくりくる応えが見えず唸る。

だが、一つ気になる事があった。


「これも話していないことだったんだが」

「うん?」

「幹部の方が居なくなってから、魔王様と他の幹部の方のやり取りが僕の耳によく入るようになったんだ。僕がここまで知恵があるというのは、今考えてみればおかしいのかもしれない。

だって僕は他の兵士なんかと同じ、魔王様の壁役の一人に過ぎないんだからな。要は駒な訳だ。」


それを聞いたハレはまた考え始める。

リロは最早話についていけなくなり、荷台から外を眺めていた。


「そうなると、幹部の人が居なくなったあと何らかの理由で兵士だった頃の兄さんが必要となり沢山の情報を魔王達は与えた。

そして兄さんは死後に何かをする事を託されていた…?そうなのだとしたら、真相の鍵を握るのは幹部の人と、魔王って事になるよね…やっぱり、お城で直接聞くしかないかな…?」


ハレの考察は凄まじいもので、理屈の通った話にルイスはただただ関心の声を漏らし、改めて先を急ぐことを誓った。

そう決意を固めた瞬間に、ルイスの脳内にまたあのノイズが走り、不思議な映像を見せていた。


「くっ」


そこには、フードか何かを被り顔が見えない何者かが、倒れ込む自分に手をかざし何かを喋っている様子だった。

そして、早くも薄れていくその映像の最後に鮮明な声が聞こえた。


『頼みましたよ、未来の英雄』


「なん…だ、これは……」


ルイスは猛烈な目眩に襲われ、手綱を握る手が緩む。

しかし、すかさずリロが馬車の操縦を変わり様子が急変したルイスにハレが付き添う。


「兄さん!大丈夫?ごめんね、私が変な事を言うから混乱して…」

「ちが…う」


ルイスは、決してハレの落ち込みを慰めようとそういったわけではなかった。

だんだんと、目眩が収まり上体を起こしたルイスはハレの肩を掴み、顔に僅かな笑みを浮かべた。


「ハレ、きっと君の考えは正しい。」

「えっ?」


困惑するハレに、ルイスは話を続ける。


「恐らく、僕達が真実に近づいていることに間違いはない。

きっとあの映像は…僕の過去に見た記憶の断片。そしてこの断片とは気を失っているはずの僕が無意識に記憶した出来事なんだと思う。今見た映像は、間違いなく魔王様だ」


あの声、間違うはずがない……きっと答えに近づけているに違いない!


「記憶の断片って、兄さん記憶喪失だったの?」

「いいや、そういう訳じゃない。本当に体験したことだがそれは意識が覚醒してる間のことではなく、要するに眠っている間に体験した出来事。

それらが、きっかけとなる思考を巡らせることで僕に映像として見せてきている。きっとそうだ…」

「なんだか、本の世界のお話みたいだよ…」


ルイスが歓喜に浸っている中、ハレは困惑に頭を抱え、リロはやった事もない馬車の操縦に一人冷や汗を流して無言で助けを待っていた。



「ルイス君……その調子だ。早く私の元まで来てくれ……」


そう呟くのは、フードを顔の半分以上が隠れるほどまで深く被りルイス達の動向を、水晶を使って見守る人物だった。

ルイスは、この人物の存在を知ることなく、馬車で先を急ぐのであった。

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モブの僕が転生しました 飛木ロオク @Asuki_609

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