第八話 【王】


王直々の案内の元、僕たち三人は客室へと案内された。

今は僕の両隣にハレとリロ、対面に王が座る形で話が始まろうとしていた。


「手紙通りであれば、魔王を倒すから王族の身分の者を連れて行け、とあったようだが?」


王は前振りなしに本題を切り出す。


「あ、はい。良ければ我々の有志、並びにこの世界の真の生態を知っていただきたく、高い身分の方がいらっしゃれば人類への信頼も厚くなるのでは、との考えでして…」


まずいな…魔王様以外で高貴な者と話すことがなかったから、言い回しが正しいのかわからぬ…


「真の生態、ねえ。なるほどな。…おっと、その前に」

「…?」


王は徐に立ち上がり、襟元を整える。


「私はここ、王都アルテノの国王をしている、アルテだ」


唐突に告げられた自己紹介にルイスは反射的に立ち上がった。


「ぼ、僕は人間の冒険者になる予定のルイスです。」

「人間の?予定、とは?まだ正式な冒険者では無いと?」

「ああ、えっと、そうですね。これから街の方で手続きでも、と…」

「ほっほっほっほ。面白い。実に愉快だ」


こっちは訳のわからない圧で胃が痛いぞ。


「まあ良い、そちらの二人は?」


目を向けられ、ハレは背筋を伸ばし腰を上げる。


「わ、私は王都近況の村に住んでおりましたハレと、申します!」


続けてリロも立ち上がる。


「王都東区傭兵師団統括兼、王都警備隊、軍用キメ…いえ、リ、リロであります!」


リロは『キメラ』と名乗ろうとしたが止め、ルイスに貰った名を躊躇いながら言う。

その頬は紅潮し、多少の羞恥があった事が見てわかった。


「ほう、この国のものか。何ゆえこの場に?」

「こ、この者たちに王城までの付き添いをしていたからです!あ、いえ、あります!」


あれか、リロはあんまりこういう場には慣れてないっぽいな。


ルイスは先程から声が上ずっているリロを見てそう考察し、震える唇を見て確信へと変える。


「ふむ…その羽、キメラなのだろう?」


王がそう切り出し最初に声をあげたのはルイスだった。


「は、羽?」


王がリロに指を指す為ルイスは指刺された方、つまりはリロの方を見るが特に羽のようなものは見えなかった。


「隠さんで良い、無駄じゃ」

「は、はい…」


リロは力無い返事をすると、一度深呼吸をする。

脱力するリロの背中からはうっすらと先ほどまでは無かった犬の時に見た黒い翼が現れ、数秒もすればその形や色はくっきりと目に見えるものとなっていた。


「リロ、そ、それは?」

「ま、まあその、あんまり見せびらかすようなものでも無いし、魔法で隠していたのさ」

「……そうか」


ぎこちない笑みを浮かべるリロに、ルイスは追求すること無く王へと向き直る。

本題へ戻したい、というルイスの意思を悟った王はわかりやすく咳払いをし、話を再開させる。


「それで、王族を連れていく、という話じゃったな」

「はい、僕らは魔王さ…いえ、魔王の元へ行き必ずこの世界に平穏な時が来ることを誓います。ですので、」

「ならば」


王はルイスの言葉を遮り主張する。


「キメラの、リロと言ったかの?お主にこの国の全兵士団の総監督役と任命し、王たるこの私がこの場において、王族と同等の権利を与える。」

「ふぇ!?」


リロは突如持ち出された案に反射的に驚きの声をあげる。

だが、王は構うことなく話を続ける。


「そして、お主はルイス殿と魔王の元へ行き討伐した何かしらの証を持って帰還すれば、その権限の下この国だけでなく人類全てに平穏を知らせることができよう。

と、言うのはどうかね?」

「え、あ、はい。名案…かと…」


王は話終えるとルイスへと目を向ける。

それに対し、リロ同様ルイスは驚きに目を見開き受け答えがハッキリとできなかった。

それと同じくして、脳裏にある疑問がよぎった。


まさか、街の入口の橋やあの川…いや、もはや渓谷だったな、あれを考案したのもこの王なのか?

頭のキレが只者ではない。しかし、おいしい話に変わりはない。あとはリロの応え次第だが…


「リロ、どうだ?少々荷が重いだろうが、引き受けてはくれないか?」

「う、うぅん。私にそんな大役務まるかな…」


不安そうに俯くリロの元へハレが近づき、肩に手を置く。


「大丈夫。事情は知ってくれているだろうし私達には兄さんだっているんだから!怖くなったら私も相談には乗るよ!」

「ハレちゃん……」


ハレの慰めに似た説得に、わかりやすく心を開くリロを見てルイスは安堵する。


「そうだな、何かあればハレのついでに、リロを助けてやらんことも無い」

「つ、ついで?」

「ちょ、ちょっと兄さん!?流石に…」

「だから」


ルイスはハレの意見を遮り、言葉の続きを口にする


「僕達に力を貸して欲しい。互いに会って数日と経たない曖昧な関係性なのは否定の仕様もないが、だがそれでも…僕達はこの機を逃すわけにはいかない」


ルイスがリロの目を見て、ハッキリとそう告げるとリロはため息をつき王へと目を向ける。


「王の前で大変な無礼を働いてしまい申し訳ございません。

先程提示して頂いた案ですが、私でよければ是非とも授からせて頂きたく思います。」


リロは先程までとは雰囲気が異なり、こういった場に慣れがある者からすればまだまだなのかもしれないが、その意思を伝えるだけであれば充分と言えるほどに迷いがなく、それでいて立場をわきまえた言い方だった。

ルイス達とのやり取りに、部屋の入口に立つメイドの形相が強ばっていたが、リロの発言が終わると多少はその強ばりも引いていたようだった。


「うむ。良かろう。しかし口で言っただけではお主の王族同等の権利は伝わらんだろう、だからこれを持つがいい」


王はそう言って、自分の胸元につけていた色とりどりの宝石か何かが埋め込まれ作られている、勲章と思われるものの中から一つをとり、リロへと渡す。


「それはこの場においては仮の、公では正真正銘王族たる証拠になりゆる物だ。」

「あ、ありがたき…幸せ…」


リロは受け取る手に震えが抑えられず、話す声にもまた緊張感から来ていると思われる震えが混じっていた。


「ほっほっほ、そう硬くならんで良い。この場では『仮』じゃからの。

本当に魔王を倒し、この場へと戻った時本物のお主専用の勲章を授ける。精進するのだぞ。」

「はい!」


リロは目の両端に涙を浮かべ、返事をする。

だが、退室際に王が会った時とおなじ不敵な笑みを浮かべていたことには誰も疑問を抱かなかった。

その笑みは自然な物とは明らかに異なり、ルイス達と話している時とは一切見せなかった表情。


「王様、あのキメラですが」


ルイス達がいなくなり、部屋の隅で会話の一部始終を聞いていたメイドは王に声をかける。

王はその顔を大きく歪め目を細めて、まるで狙った獲物が思惑通りにハマったかの様に、心底楽しそうに笑みを浮かべる。


「ああ…あれは間違いない…私の、娘だ」


ルイス達は、王の企みなど微塵も気づくことが無いまま馬車へと戻り街を巡ることなく、王都を出るのだった。

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