1 ステータス

 翌朝、私は有給休暇をとったことにより、多少の罪悪感なんてものに苛まれていた。


「平日の朝八時……いつもなら出勤してる時間ね」


 有給休暇の制度は非常にありがたいものの、いざ利用するとなると何とも言えない気持ちにもなる。

 これだから日本人は働き過ぎなのだと、海外の人に言われるのも無理はない。

 私はちゃんと働いて、時には上司の機嫌をとったりなんかもして、税金もきちんと納めているんだ。


 ここ数日休むくらい、神様が許してくれるはずだ。

 そうでなきゃ困るわ。


「よし、早速ダンジョンに潜ってみようかしら」


 昨日、自室の地下倉庫でダンジョンを発見してからというもの、中から魔物が飛び出してこないか不安だったが、どうやらダンジョン内には結界というものが張られているらしい。

 薄緑色の魔石で作られたものらしいが、どうやら効果は絶大。

 そのおかげで今朝は熟睡出来たというもの。


 そしてこのダンジョン。


 ネットで軽くサーチをかけたところ、通常であれば地方公共団体が運営している『ダンジョンセミナー』という場所にまずは足を運ばなければならないらしい。


 でも強制ではなく、任意とのこと。


 ダンジョンは危険な場所ではあるけど、中には救護班が至る所で準備しているらしく、死ぬようなことはほとんどないらしい。


「安心ね」


 なら今からダンジョンセミナーに……なんて行くわけないでしょ。

 あんな人の多い場所。


 ダンジョンのチュートリアルが行われるため、待ち時間も相当なものらしい。

 それに平日の朝から街を闊歩していたら、それこそ好奇な目で見られることは間違いないわ。


「だからソロ。私はキャンプだって、ずっとソロでしてきたんだから」


 周りに家族連れがいようと、大学のサークル集団がいようと、仲睦まじいカップルがいようと、私はマイペースに楽しんできた。


 それが私の生き甲斐だから。


 なら次は、ダンジョンに一人で潜るだけだわ。

 服装はラフなワンピース。

 背中には大きなリュックに、キャンプセット一式に非常食を入れて、ポケットには念のためにとスマホを常備。

 準備を終えた私は、一度生唾をごくりと飲み込んでから緊張に胸を高鳴らせていた。


「だいじょうぶ……よね? 魔法とか、どうにかなるわよね?」


 ここ最近はゲームに熱中する時間はなかったものの、こういったゲームの世界観は好きだ。

 足を踏み入れれば魔素とやらでステータスが表示され、能力によって魔法まで放てると……ネットに書いてある。


「もう、行くしかないよね」



 ◇◆◇



 少しの恐怖で重たい脚を動かし、なんとか階段を全て降り終えたようだ。


 ここは東京都で治安の良さナンバーワンを誇る中央区、の地下にあるダンジョン。

 ダンジョン一帯は頑丈そうな岩で構成されており、壁には等間隔ごとに薄緑色の魔石が光を放っていた。

 結界も張れて辺りも照らせる……優秀なやつめ。


「さてと、どうしよう。何も分からないわね」


 一瞬戸惑った私は、とりあえず自身のステータスとやらを確認することにしていた。

 ネットの『猿でも分かる! ダンジョンに入って必ずやるべきこと五選』という胡散臭い記事を頼りに、とりあえずは頑張ってみよう。


 そこには、


 一、ステータスの確認

 二、ネットで自身が使えそうな魔法を調べる

 三、マップを頼りに安全層まで移動する(注:マップはダンジョンセミナーで配布されます)

 四、他の冒険者と仲良くなる

 五、そこから恋に発展。ぐへへ


 と書いてあったからまずはステータスを開くことにしたんだけど……なんかもう詰んでない!?

 マップ無いし、出会いとか別に興味ないしー。


「はあ、頑張れ私。リア充は敵だ」


 ダンジョンを出会い系サイトか何かと勘違いしてる記事主には叱咤を飛ばしつつ、私は自身の目の前に広がるステータスに息を呑んでいた。



 キリノ フユネ

 Lv.1

 体力:12

 力:9

 耐久:7

 敏捷:15

 魔力:5


 固有スキル:――


 スキル:――



 最近はあまりゲームをしてなかった私でも分かる。


 これは貧弱ステータスだ。


 レベル一はまだ初期段階だからしょうがないけど、後のステータス残念過ぎだわ!

 これが完全能力社会の日本ね……恐ろしいわ。


「GYAUUUUッ!」


 すると呆れて突っ立っていた私の目の前に、一匹の小さなイノシシのような魔物が姿を現していた。

 短いツノが生えているため、魔物で間違いないだろう。

 その生き物は私に向かって威嚇しながらも、小さく吠えていた。


 そして何の前触れもなく突進。


「え、いきなり!? ちょっと待って、どうしよう、どうしよう!」


 急いでスマホの画面をスクロールするが、魔力五の私が使えそうな魔法は見当たらない。

 今思えば、ダンジョンセミナーは行くべきだったんだ。

 世間体とかよりも、まずは自分の命が大切だと、なぜ私は気が付かなかったんだろう。


「ええい!」


 このままではあっさりやられてしまうと本能が告げ、私は反射的に背中のリュックをイノシシにぶん投げる。


「GYAN!?」


 少し効果があったのか、イノシシは行動速度が遅くなる。

 それを利用した私はリュックの中から一本の薪を取り出し、薪の先にマッチで火を付けてからようやく臨戦態勢に突入。


「このイノっころめ。どう料理してやろうかしら」


 先程の突進を見る限りでは、どうやら地上に生息するイノシシと何ら遜色はないらしい。


「ならば!」


 イノシシに近づくなり、挑発する。普段は一切しない私の渾身の変顔を連発する。


「GRAAAAAAAAッ!!」


 短気なのは部長だけにしてよね、まったく。


 そして再び突進。


 一直線にしか進まないので、ひょいと軽く避ける。

 そのままイノシシの臀部でんぶに先程熱した薪の先端を押し付ける。

 何度も、何度も――


「GYUUN……」

「や、やったのね」


 少し残酷ではあったけど、どうやらイノシシは跡形もなく消滅したらしい。

 その直ぐ後に、コロンと音を立てて小さなグミ状の物体が落とされる。


「これ、食べられるかな」


 そのグミは柔らかく、調べたところどうやら魔石の一種らしい。

 モンスターを討伐すると決まって入手出来るんだとか。

 ついでに料理に使用できるらしい。


「疲れたし、少し休んでからまた探索ね」

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強くて美味しいダンジョンキャンプ 全人類の敵 @hime_sakura

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