【三段噺】大雨のサラマンダー

天平

大雨のサラマンダー

俺たちサラマンダーは、この世界に生まれ落ちて40日しか生きることができない。

それもこれも、支配種たるウンディーネたちによって俺たちが呪われたからだ、と長老は語る。

だが、俺は納得できない。なぜ俺たちがコオロギのように短い生涯を送らなければならないのだ。

自分たちの運命に納得がいかないことを長老に話すと、彼は渋々ながらこの薄暗い穴倉から俺を送り出してくれた。きっと、長老も内心納得などできていないのだろう。

ザァザァと雨が降る深夜、俺は街の中央に位置する青い外壁の巨大な塔を目指す。

そこはこの国を支配し、俺たちを穴倉へと押しやったウンディーネたちが住まう住居だ。まずは、そこの最上階で暮らす町長をこの手で抹殺する。

……そんなことをしたって、俺たちの生活が良くなるわけではないことくらい知っている。だが、俺は知らしめなければならない。サラマンダーの牙はまだ折れていないと。

頭の中で町長を暗殺する計画を立てながら、塔に入る。薄汚いボロ布を纏った姿の俺はさぞかし目立つだろう。だが、俺たちサラマンダーはウンディーネにはない特徴がある。

それは、火と同化して自らの存在を消す能力だ。

火より生まれ落ちたという神話を持つ俺たちサラマンダーは、自在に炎を操り、自らを炎へと変える力を持つ。

その力を使って、建物内のカンテラを渡りながら最上階を目指す。

……不気味なほど順調だ。まるで俺がここに来ることが計画済みであるかのように。

いや、余計なことを考えている余裕はない。一瞬でも気を散らすと町長の部屋に辿り着く前に警備に見つかる。今は目の前のことだけを考えるんだ。

そう自分に言い聞かせながら、カンテラの炎を渡り歩いていると遂に目的地へと到達した。


「ここに……町長が」

俺は腰に下げたナイフを手に取り、思わず呟く。

チャンスは一度切り、この扉を開いて一直線に町長を殺しに行く。

頭の中でひとしきりシミュレートを行うと、俺は扉を開いた。しかし、そこにいたのは……


「やはり、貴方でしたか。イグニス」


幼馴染が、俺の名前を読んでそこで待ち構えていた。


「フレア、なぜお前がそこにいる!」


「なぜって、少し考えればわかるでしょう」


俺と同じサラマンダーであるフレアが、ウンディーネの町長の個室にいる理由、それは唯一つ。


「てめえ、サラマンダーとしての誇りを捨てたのか!!」


「誇り……そんなもの、僕たちには既にないでしょう」


それを語る奴の目は、どこか絶望感を携えたようで……それが俺にはなおさら気に食わなかった。


「いいぜ、その腐った性根を叩き潰してやる」


「かかってきなさい。どうせ、僕にも貴方にも既に未来はないのですから」


不気味なほど静かな中、俺たちの戦いは始まった。

戦いは終始俺の優勢で、フレアは俺の攻撃を防ぐ一方だった。まるで何かを待っているかのような戦い方だが、俺は頭に血が昇ってそれが何を意味しているかを考える余裕すらない。

そして、戦いは呆気なく決着を迎える。「かかってきなさい」などと挑発していたフレアだが、結局奴は俺に傷一つ付けることはなかった。


「ハッ、なんだよ……もう終わりか」


「ええ、終わりですよ。……僕たちは」


フレアが言葉を出すと、俺が入ってきた扉に人影が現れる。


「ふん、つまらぬ余興だったよ。君たちサラマンダー同士のじゃれ合いはね」


その影は、俺が殺そうとしているはずの町長……ウンディーネであった。


「ウンディーネェエエエエ!!」


俺はナイフを構え、町長に突進を……できなかった。

俺を阻むのは、よりにもよって床に倒れ伏したフレアであった。奴は、倒れてなお俺の足を引っ張り続けているのだ。


「フレア、何をする!」


「何って、こうだよ」


俺にしか聞こえない声で呟くと、奴は小さな黒い筒を取り出す。

それは、よく見ると……




パァン






それからは、断片的にしか覚えていない。

結論から言えば、暗殺は失敗した。

懐から拳銃を取り出したフレアは町長に向けて発砲したが、狙いはそれてシャンデリアに弾かれるのみに終わった。

その後、ボディガードに拘束されたフレアは俺に逃げるように促し、その通りに俺は屋上の窓から飛び降りて炎に化けてなんとか生き延びた。

翌日、町長暗殺未遂の容疑でフレアは死刑にされ、俺も指名手配となった。

国はより強く、サラマンダーの迫害に乗り出し、もはやコオロギ程も生きられないサラマンダーも現れた。

……この件には、謎が多い。

どうして長老は俺を塔へ送り出してくれたのか。

どうしてフレアはサラマンダーを裏切り、ウンディーネ側についたのか。

どうしてそんな奴が、最後に拳銃で町長を暗殺しようとしたのか。

ただ、フレアが最後に言い残したこの言葉だけは真実だと思える。


「この屈辱だけは、君に与えたくなかった」


奴は……最後まで俺を大切に思ってくれたのだ。

ウンディーネは、サラマンダーという精霊を流し尽くそうとする。

だが、皮肉にも奴らの象徴である水……大雨が俺の目から溢れる涙を覆い隠してくれている。

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