第十六話 帰り道の喧騒

◇◇◇


 射的に輪投げ、怪魚救いなどなぜか俺にも馴染みの深い露店が氾濫している聖王都をギルド街を越え、西日が傾き始めた頃。

 太鼓や笛の音色に合わせて次第に熱を帯びていく祭典に合わせて人ごみも管理しきれないほど溢れ返っていた。


 さすがは聖王都最大の祝日祭典とでもいうべきか。


 ギルド街の大通りは各国から訪れた旅人や町の住民に文字通り占領され、冒険者の足の踏み場がないほど混雑していた。

 常勤で駆り出された冒険者たちも完全に統率を失っており、飛び交う拡声魔術は松野林の音色にかき消され、聞き取れないような状態になっている。


 そんな大名行列のような鬱陶しい長蛇の列を抜けると、未だ元気いっぱいの傍若無人の自称金髪美少女ロリババアはご満悦な表情で戦利品を振り回していた。


 両手には大量の戦利品が握られており、いかに大人げなくかつ俺たち三人を振り回したがうかがい知れる。


「いやーあそんだあそんだ。人間の考える催し物はどれもしんせんでしげきてきじゃのぅ」


 子守などここ最近あのガキどもの要求で慣れていたつもりだったがどうやら考えが余赤あったらしい。

 高貴なお嬢様ともなるとその気位に比例して要求度が跳ね上がるようだ。


 無人の食糧庫を飛び出してからというもの、まず真っ先に要求されたのは衣服の調達だったったことには驚かされた。

 理由を問いただせば、高貴な自分がこのような場所にいては周りの民衆が委縮してしまうというなんとも自意識過剰な心配事だが「洋服を揃えねばここを動かぬ」と脅されれば話は変わる。


 あれもダメこれもダメという我が儘っぷりはさすがお嬢様というべきか。

 同性でもあり感性の似通った女二人に任せても「ださい」だの「趣味じゃない」などと文句をつけては一向に首を縦に振らないときは思わずぶん殴ってやろうかとすら思った。

 結局、子連れの親子を見てその独特な民族衣装が気に入ったのか。甚平のような生地の薄い浴衣を買い与えたところ、鏡越しに自分の姿を確認し満足げに頷いていたのは印象深かった。


 たとえ年増であろうと女心というものは腐ることはないらしい。 

 

 次々とあれは欲しいこれもやりたいと露店を練り歩き、気が付けばこの時間だ。


 しかし要求にこたえる側にもというものは限度というものがある。。

 さすがに金貨三十枚の品をねだられても持ち合わせなどあるはずもない。

 したり顔で首を振られた時のヤエの表情は、般若の如く形容しがたい感情に染まっていた。

 それでも万一にもレミリアの症状が改善するかもしれないという一縷の望みが暴走寸前の本能をギリギリのところで押さえつけていたのか、結局暴力沙汰にまで発展することはなかった。


「(まぁ、その後どうなっても俺は知らねぇがな)」


 むしろあの欲望の塊ともいえる変態女が今ギリギリの場面で堪えていることこそが奇跡なのだ。

 一つ成長したものだとほめてやりたいがそれはそれで調子に乗るからやめておこう。

 下手にあつかいを間違えればどうなるかなど身をもって体験済みだ。


 その一回りも小さく、細い背中を恨みがましくも羨望の視線を向け、いまだ鳴りやまぬ歯を食いしばりと共に鬼の形相でシオンを見下ろす変態女。

 そのいっそ清々しいほど澄んだ瞳が俺を見上げ、そっと耳元に唇を近づけてきた。


「荒神さん。もうやっちゃってもいいですか? やっちゃってもいいですよね!!」

「なんでそこでおれがGOサインが出ると思ってんだよ。あとさりげなく身体を押し付けてくるんじゃねぇ」

「ああんいけず……。やっぱり男の子は若い子の方がいいのね。わかってるわかってましたとも。でもそんな逆境や試練を乗り越えてこそ真の愛は生まれてくるんです。だから荒神さん大好きです!! キャ言っちゃった!!」

「キメェ。そんでもって余計な茶番で体力使わせんなっつってんだろうがクソ変態!! あとどっからくんだよその執念!? いちいち引っ付くな鬱陶しい!!」


 唐突に獣と化した馬鹿を無理やり引き剥がそうとするが、細腕は万力のように俺の右腕に張り付いて剥がれようともしない。

 喰らいついたら離さない。これが推しに対するオタクという生き物の執念か。


 必要関係ないところでとんでもねぇ底力を出しやがる。


 もはや右腕は諦めるしかないようだ。

 あとでいつもの三倍念入りに身体を洗うことを決意し、話題を変えてやればエルマが興味深そうな反応で喰いついてきた。


「つか連れまわしておいていまさらなんだが、あそこの腐れ貴族の捜索ってまだ続いてんのか。道中、邪魔するような奴らはいなかったが」

「えっとそのことに関しては一応セルバスさんにはボクが責任をもって送り届けると連絡しておきました。上にもきちんと許可を取っておいたんで大丈夫です」


 あざとく敬礼し舌を出してみせるエルマ。

 隠されたはずの尻尾が服の下で蠢いているように見える。


 仕草にいちいち愛嬌があるのはわざとだろう。やや豊かな胸を張るなり得意げな息づかいが鼻から漏れ出した。


「にゃふっふーエルマちゃんはこれでもできる子なんで、エッヘン!!」

「はいはーいそれならわたしだってちゃんと殺さないように我慢しましたー」 

「ああ、どっかの馬鹿とはえらい違いだな」


 どこか遠い眼で西日を見つめ小さく肩を落とす。

 対抗するように片手をあげて自己主張してくるがそれは自慢でも何でもねぇ。

 むしろ恥ずべき行為だと教え込みたいが、いつ何時地雷が暴発するかわからない以上よけいなことはできない。


 このもどかしさがなんとも腹立たしい。

 そしてつい最近になって、手に負えない馬鹿を本気で教育することを視野に入れ始めた俺はいよいよ末期なのだろうか。


 そんなはずないと自分に言い聞かせ、一人グイグイ進んでいくエルマの方に目を向けた。


「悪ぃなこんなくだらねぇ茶番につき合せちまって」

「いえいえーこれも職務ですしボクとアラガミ君の仲じゃないですか。このくらいどうってことありませんって」

「あれーあれー? また無視ですかぁ? そして浮気ですかぁー」

「少なくともコイツのほうがお前より何倍も役立ってんよ」

「なんですとぉ!? そそそ、そんなはずは――」


 むしろ役に立っていたと思っていた方が驚きだ。

 これまでの戦績からしても女として圧倒的に惨敗している奴の驚き方じゃねぇ。


 しかしここぞという時に畳みかけてくるエルマもエルマだ。

 完全に煽るのを楽しんでいるのか嗜虐的な影がその顔にチラつき始めた。


「にゃははは、まぁまぁアラガミ君もそう言わずに。彼女だってやっとあえた存在だからこそ手放したくないんですよう。女心の勉強不足は致命的ですよ?」

「ぬぬ黙れ泥棒猫!! そんなにあざとく荒神さんを誘惑したってそうはいきません!! というか絶対に渡しません!!」

「それは結構。たまには本気の実力で篭絡してみるのも面白そうだからねぇ」

「よーし戦争だ。引き金は貴女が引きました末路も受け取ってください」


 すると


「楽しそうに乳繰り合ってるところ悪いが主ら。わらわをもてなすことを忘れておらぬかオイ」


 いっそ不満げに頬を膨らませるシオン。

 道中、さんざん自分は王家の血筋を引くものだの。亜人の中でも貴族の位置にいるなどと豪語していた割には仲間外れにされるのは慣れていないようだ。

 両手にもった土産を振り回しては地団太を踏む仕草などはや庶民じみてすらいた。


 しかし――、


「ロリババアは黙っててください」

「おぼこさんのシオン様はちょーっと黙っててくださいねぇ」


 抑揚のない笑顔がこれほどまでに他者を怯えさせるとは思わなかった。

 どうやらご令嬢の言葉は届かぬほど謎の火花を散らす二人。


 あの目は明らかに獲物を奪い合う獣の眼だ。

 

 そうして不毛な女どもの戦争を横目にシオンを見下ろせば、その大海にも似た群青色の瞳にどことなく複雑な色が灯っていたのを俺は見逃さなかった。

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推しだか何だか知らねぇがクソ女神に無理やり転生させられたので、とりあえずぶっ殺す!! 川乃こはく@【新ジャンル】開拓者 @kawanoue

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