新種の興奮材料を開拓しますた

「あの青年、しっかり仕事してくれっかなー…。佐伯はむかつくやつだがが良い勘を持ってやがるからな。いっそ刑事課くりゃいいのに。」


 俺は佐伯に言われた通り、あいつが連れてきた相田優子の友人二人に事件への俺の見解を話した。それが吉と出るか凶とでるかは彼ら次第。


 彼らが帰ったあと、俺は溜まっていた書類の整理を終えるため残業に励んでいたが、流石に疲れたのでこうして一旦散歩がてらコンビニまでの道のりを歩いている。


 さて、ホントにこれからどうなっちまうんだか…。トホホって口に出して言ってみたくなるぜ。ま、どっちにしても、捜査も手詰まっていたし、所内での俺の居場所だってあるようでなかったようなもんだ。別にもうプライドなんてものは持ち合わせちゃいないし、そんなもんは佐伯とかいう悪魔に供物として献上すればいいんだ。なんせあいつは腕がある。正直悔しいとは思う。


 以前別の事件を担当していてあの時も手詰まっていた。昼飯を近くの定食屋に食いに行ったときだった。そこであいつに出くわしちまったのが運の尽きだった。最初はきらきら光る希望に見えたぜ。その事件で煮詰まっていた俺は別の部署であるあいつに事件の概要をぽろっと話しちまった。それを話し終えた瞬間自分でも、あっやっちまったな、って思った。しかしその後悔は必要な後悔だったってことが一瞬にして分かった。俺が話し終えたあと、あいつはその事件に関するあいつなりの見解を俺に話して見せた。そしたらよ、その事件におけるすべての謎を解き、アリバイの偽造や犯人の動機、全て整合性バッチリの見解を俺に提示してきやがった。その答えが導き出されるまで掛かった時間はわずか二分。もう自分を殴っちまいたかったね。大学卒業して頑張って刑事になって、それなりに努力ができた俺の頭脳は所詮凡百の内のありきたりな一つだってことに気付いた瞬間泣きそうになった。でも、それと同時に嬉しい気持ちも何処からか湧いてくることに気付いた。なんだろうな。もう自分が持っているものじゃ手が届かないっていう気持ちが悔しさを憧れに切り替えさせるんだろうか。しかし、それが良かったのか悪かったのか、今またこうして佐伯の手を借りなきゃいけなくなっている。そして、俺があいつに手を借りるとき、佐伯は笑いながら俺に望む。


 じゃあ先輩、私にプライドを売ってくださいよぉ


 「あぁクソッ。あの顔見てると腹が立って仕方ねぇ。」


 伝馬通りに一軒だけあるルーソンに到着した俺はガムとコーヒー、タン塩を買うことを決意して店内へ足を踏み入れた。


 『いらっしゃいませー』


 やる気がない挨拶になんぞに会釈なんてしてやるかと思いながらも、警察官というステータスの手前、自然に軽い会釈が出てしまった。


 見た目に似合わない腰の低さが気になる今日この頃だが、そんなことは気にせず、俺はタン塩が置いてあるだろうコーナーへ迷うことなく足を運んだ。そしてタン塩を手にしたあと、ドリンクコーナーへ無駄なく移り、ドリンクを手に取りレジへ行く途中にガムを歩きながら手に取り、レジに商品を置いた。

 そう。この無駄無き購入が最近の俺の趣味なのだ。笑われたって一向にかまわない。だって気持ちが良いんだもの。


 『いらっしゃいませーポイントカードはお持ちですか?』


 「いや、持ってません。」


 『おつくりしましょうか?』


 「今回は結構です。」


 『かしこまりましたー』


 prrrrr


 携帯がポケットで振動した。誰かからの電話だ。


 「もしもしぃ、先輩ぃ。今どちらにおられますぅ?」


 「なんだ、佐伯かよ。俺は今伝馬通りのコンビニだ。お前もまだ働いてんのか?」


 「そうですよぉさっきのお話が予想よりも時間喰っちゃったから書類が進んでなくて…って、電話したのはそうことではないんですよぉ。今ですね通報がこちらに来まして…」


 俺はそのあとの彼女の話を聞いた途端、千円札を定員に渡して商品を持って店を飛び出した。


 彼女が言う通報の内容はこうだ。伝馬通りに沿って流れる川の堤防付近に建っているマンションの住人から、窓から河原に人型の黒い何かがあって気味が悪いと。


 その話を佐伯から聞いて、俺の中に眠る刑事の勘が俺に囁いた。これは匂うぞってな。


 恐らく今複数の警官が現場に向かっていることだろう。しかし、一見関係ないはずの俺に連絡した。あいつの勘を信じるならば、この連絡には何か意図がある。傍から見たらただあいつが吊るした餌に釣られた間抜けな魚だが、別にそんなことはどうだっていい。あいつの勘に信仰心にまで似た何かを思っている時点でもう何もかもどうでもよくなっているのだ。もし危険な現場だったらどうしようとかそんなことも気にしない。だって佐伯がそんなことも考慮しないで俺に連絡してくると思うか?いや、俺が危険にさらされると知っていて俺に連絡をしたんだ。しかし俺はもう彼女の刑事的勘に心酔している身。俺は現場へ向かう!


 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 他の警官よりも一足早く到着した俺は、現場の様子を見て絶句した。


 「おい、なんだよこれ…」


 男性の装いをした人間が二体、女性の装いをした人間が二体、内一体は恐らく男性。本来は緑色であろう地面が液体によって黒く滲んでいた。


 これは応援を頼んだ方がベターだと踏んだ俺はすぐさま携帯をポケットから出した。


 ガサッガサッ


 敢えて‘死んでいる’という言葉は避けたのだが、どうやら死なずに息をしている人がまだいたらしい。


 「おい!大丈夫か!生きてるか!」


 そんなセリフを放った俺は自分の目を疑った。頭からナイフを生やしている女性がその場で立ち上がっている。


 自然に腰が抜けた。腰の辺りに温かさが広がった。



 「そうかぁ。こういう風に収束してしまうんだな。まぁでも順調順調。これでもう、四百一回目。長いようで意外と短かった。」


 目の前で何事もなかったかのように独り言を呟いているのは、俺がどうしても罪人に仕立て上げたい女性、相田優子だ。


 「お、お、お」


 言葉が言葉として口から発せられない。こりゃ参った。


 「あの子はなかなか見込みがあるやつだ。門を超える度に理想の倫理の形へ近づいていく。さては人類全員の夢の境地、退層を免れる第一の男になるやもしれんからな。姉さまの喜ぶ顔が遂に見られるかもしれないな。しかしあたしだってまだまだ遊びたいお年頃。そう簡単にはいかないんだから。」


 俺という生きた人間を目の端で捉えたのか、彼女は俺の方に目線をやった。本来傷を負って助けを求めるであろう人間がどうしてあれだけ人間をないがしろにした眼を俺に向けることができるのだろうか。無性に腹立たしい半分、何故か睨まれることに幸せを感じた。しかしその新しく開拓した快感は長くは続かなかった。


 目の前で流暢に独り言を呟いていた相田優子は突然魂が抜けたように膝から崩れ落ちて坂を転がっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺の運命値が大暴落な件について 羽瀬川るりら @rurira_hasegawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ