アートはバランスが大事

 「はぁ?何を言って…」


 「だってもうこれで何人目だと思ってるんですか?私がこういう傷を持ってる人を殺すの。」


 「だからって殺すなんて…」


 「こいつらから襲ってくるんですよ?対処しなきゃ私死んじゃうじゃないですか。」


 「自分が死ぬ死なないのを別にして、この無残な光景を見て心が痛まないのかって聞いてるんだ!」 


 「自分が生きる糧になってるから死んでないですって。」


 「壊れてる…」


 「え、今なんて言いました?聞こえません。」


 「この状態の鷹ちゃんさんを、今まで身近にいる人のこんな姿を見ても全く動じていない君はもうどこか壊れていると言ったんだ。」


 「生きているときは話せますけど、死んだら話せませんからね。そこにいる三つはもうおんなじものです。」


 「同じものか…。じゃあ生きている俺は違うものってことでいいのか?」


 「そうなりますね。」


 「俺も鷹ちゃんさんのように殺すのか?」


 「まだそんなこと言ってるんですか?私は鷹ちゃんさんを殺してないんですって。バイアスかかり過ぎて馬鹿になっちゃってますよ?私はそこで死んでる例の私たちがボーリングの後に出会った連続殺人犯を殺しただけです。その他には何もしてません。」


 「待て、全く整理できない…。」


 「そりゃそうでしょう。今回は色々重なっちゃってますからね。」


 「一つ、この状況を整理するためじゃなく、友人として君に質問したい…。何故俺が知ってる君は人を殺すんだ…?」


 「うーん。それが私を私たらしめることだからですね。目の前で母を殺したやつに私は印をつけたんです。でもそれを付ける理由は当時から決まっていました。そいつを殺すためってね。」


 「それで同じ印があるやつはなんであろうと殺すと…」


 「そういうことになりますね。どれが本物か今じゃわかりませんから。」


 「じゃあ何故腕を…」


 「だって…私が左を、彼が右の腕を無くした方がバランスよくないですか?」


 彼女は一瞬俺の背後に目線を向けた。


 

 

 俺が見ていた彼女の笑顔は歪みながら輝いている。そして彼女の頭部から飛沫を上げた血液は彼女の顔を赤く染め上げていく。


 「あ…あ…」


 先程までは状況の整理のためフル回転していた脳みそは遂に過労で果ててしまったようで、俺はジワーっという温かさが頭の中心から外に染み出しているのを感じた。


 俺の目の前では頭からナイフを生やしたゆうちゃんがバランスを崩して坂から転げ落ちていく光景がゆっくりと流れている。人は自分の体を動かす力を失ったとき、自分を支えられなくなったとき、人ではなく物になっていくのかと感じ、声が出なくても叫びたくなった。


 先程から自分の目に映っていた落ちていくゆうちゃんだったものが坂から転がるのを終え、川の傍で静止した。


 俺が無意識に彼女だったものに歩み寄ろうと一歩踏み出すが、二歩目は踏み出せなかった。なぜなら俺は転んでしまったから。足に激痛が走って歩けない。坂に尻餅をつき、自分の右足に視線を落とした。踵の上のあたりから、ひものようなものが垂れているのが分かった。


 俺を背後から照らしていた街灯の光が消え咄嗟に後ろを振り返る。


 左から右へ移動するはずの景色は、俺の意図に逆らって、視線が空中で円を描くように地面へ落ちていった。


 目の前には俺の背中が見え、坂の上には一人の屈強な男が仁王立ちしていた。


 その男が坂を下って俺に近づいてくるのが、どんどんぼやけていく俺の視界でも理解できた。彼は俺を軽々と持ち上げて、何か話しているがもう俺の耳は死んでいるようで聞き取れない。しかし、こんな状況でも一つだけ分かったことがある。


 

 彼は顎から血を流して笑っている。

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