第51話

 王国軍は外街を背にするように布陣した。

 持ち出せるのは手で持てる荷物だけ、とした為に思いのほか避難は順調に進んだ。

 今は火事場泥棒を警戒して、かき集められた王都の騎士が多数巡回しながら、残りの避難誘導を引き受けてくれている。

 ソルボロス達貴族位を持つ者達は、馬に乗っていた為にその光景に真っ先に気が付いた。

 前腕が一本しか無い竜が、後ろ足二本だけでゆっくりと歩いてくる姿は、普段竜と言えば人型となり厩舎で彫像のように飾られている姿しか見ないソルボロス達からすれば、畏怖を感じさせるに十分な迫力を有していた。

 少し遅れて王国兵達がどよめき始めた為、ソルボロスは大声で彼らを落ち着かせなければならなかった。

 あれを止めなければならないのか。

 ソルボロスはその困難さを思って、内心顔をゆがめる。

 貧乏騎士の小僧も結局戻ってくる事は無かった事を考えると、それは寄士竜きしりゅうとは言え現実的な脅威だ。

 ソルボロスは背後に控える王国軍所有の寄士竜の姿を仰ぎ見る。

 普段であれば頼もしさを感じるその偉容も、今は酷く頼りなく見える。

 さて何人犠牲が出るか。

 ソルボロスが悲惨な未来を予想していると、右翼から上がった歓声に思わず眉をひそめた。

 こんな時に歓声を上げるなど、どこの部隊だ。

 呆れに近い怒りを込めて視線を向けると、それは近衛兵団の竜寄兵りゅうきへい達の姿だった。

 彼らは歓声を上げながら大きく手を振ったり飛び跳ねたりしている。

 何事か――。

 思わず怒鳴りそうになったソルボロスの耳に入ってきたのは、竜寄兵達の嬉しげな声だった。

「団長だ!」

「俺達の団長だ!」

 その声に怒鳴り声を引っ込めたソルボロスは、馬上で目を細め彼らの視線の先を追った。

 そして彼は気が付いた。

 竜の背にいる人間の姿に。

 遠すぎて顔までは分からなかったが、その人物は確かに竜の背中に乗り、こちらへ大きく手を振っていた。

 俺達の団長――、ソルボロスは遅ればせながらその言葉の意味を理解した。

 あの小僧か!

 瞬間、ソルボロスは雷に打たれたような衝撃を覚えた。

 竜、その特異な性質。

 人を好んで自身に寄生させ、自在に姿を変える。

 だがされど、竜は胸を開くが、その背を人に預ける事せず。

 竜が背を預けるは、主と認めた者のみである。

 その者、竜騎士と呼ぶ。

 ソルボロスは古くからの言い伝えを思い出していた。

 その光景はまさに、幼き頃に自分が憧れた騎士の姿その物だった。

竜騎士ウェナーテラトス……」

 ソルボロスは再び兵達がどよめきだした事にも気が付かずにそう呟いた。


「やはりここからの光景は素晴らしいな!」

 フレイが無邪気な声で笑う。

 その笑い声に竜が、喜んでもらっているのが嬉しい、といったような囁きを返す。

 あまりコイツを甘やかさないでくれ。

 テツは心中でそんな事を思うが、そう思う本人が竜の背からの光景に感動しているので、説得力は皆無だろう。

 この前は森の中だったからなぁ。

 開けた平原で竜の背に乗ると、こんなにも素晴らしいのかと、テツは感動していた。

 風の冷たさはいかんともしがたいが、その価値は十分にあるだろう。

 眼下ではサムソンが、テツ達が乗ってきた馬を引き連れて、まるで凱旋するかのように胸を張って馬を走らせている。

「なぁなぁテツ!我が騎士よ!」

「なんだよフレイ、我が姫様よ」

「今度の戦争の時にはコイツと存分に楽しもう!」

 その言葉にテツは、笑いながら竜と共に大軍に突撃する銀の炎を幻視して怖気おぞけが走る。

 なんてこった、俺も笑顔で突撃してるじゃねぇか。

「そういうのは実際に始まってから考えようぜ、我が姫よ」

「縄で括った木を曳かせるというのはどうだ? 通った後には屍しか残らぬぞ!」

「馬鹿止めろ、味方もドン引きするわ!」

 訂正、たぶん俺は引き攣った笑みを浮かべて突撃するのだ。

「嗚呼、楽しみだわ」

 フレイが夕食のメニューが何かと楽しみにするのと替わらぬ声音で言う。想像するのは随分と物騒な未来ではあろうが。

 そっとテツの右腕に、その黒い甲冑に覆われた右腕にフレイの手が重なる。

「私の騎士、我が右腕、共に行きましょう、そこはきっと随分ずいぶん素敵な地獄のはずよ」

 テツはその言葉にすぐに応える事は無かった。

 酷い、なんとも酷い誘い文句ではないか。

 国程度なら笑顔一つで落とせるような美姫から出るには、あまりにも酷い誘い文句だ。

 きっと居ないだろう。

 帝国広しといえど、俺以外には居ないだろう。

 フレイ・クロファースに、一緒に地獄へ行かないかと誘われる男は。

 テツは重ねられたフレイの手を優しくはがすと、見え始めた部下達に向かって、その黒腕を大きく振る。

 手を振りながらテツは言う。

 緩む頬を別の笑顔で隠しながら。

「言っただろ? 君を必ず守るって」


 双子竜戦争と呼ばれる帝国の内乱。

 その始まりを何時とするかについては諸説ある。

 二人の皇帝が建った時であろうか?

 それともスタトの反乱をもってであろうか?

 それらは実に分かりやすく、説得力のある説である。

 だが私はこう言いたい。

 双子竜戦争、その要において名が上がる人物、フレイ・クロファースとその右腕テツ・サンドリバー。かの二人の人物が、その伝説的活躍において比類無き寄士竜きしりゅうを手に入れた瞬間こそが、双子竜戦争の始まりだったのではないかと。

 彼らはこの後、幾多の戦場を駆けていく。

 スタト撤退戦、ラトビアン図書館防衛戦、キアン平原決戦、スタト奪回戦、大小問わずに上げればそれこそキリが無いほどに。

 かの二人はまさに双子竜戦争という戦争の主役であったのだ。

 であれば私はその主役達が揃ったこの時こそを、双子竜戦争の始まりとしたい。

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彼女はかく語らず竜は囁く~貧乏騎士の息子の俺が何故か超絶美少女の王女様に気に入られて近衛兵団団長をやっているんだが、最近では嫉妬で暗殺されそうで怖いです~ たけすぃ @Metalkinjakuzi

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