第5話どうしてなのか

家に帰って2階の窓から外を見る。相変わらず白い光が灯っている。




「街も、森も、気に入りませんか?」


道しるべを幻覚と言い切った後で、東は尋ねた。

聞き分けのない子供を見るような、慈悲深い笑みを浮かべている。


「分からない」


僕は答えた。


「街は好きだよ。あの光さえなければ。でもあれは嫌なんだ。怖いんだ」


「そうでしょうね」


東は立ち上がり、窓辺に近付く。


「光は闇を切り裂きますから」

「闇は全てを受け入れます。包み込み、温かく癒します。でも、光は闇を壊してしまう」


東は振り返って笑った。


「だからここに来る人は、みな光に怯えます。それでも最後には、森へ行ってしまいますがね」


東は寂しそうに笑った。


「時々、闇に飽きながら、光にも怯える人がいます。どちらも選べないのです。あなたのように」


僕は街に飽きているつもりはなかったが、黙っていた。東の何でも知っていると言いたげな微笑みを見ていると、何も言う気になれなかった。


「そういった人は沼に惹かれます。あそこには光も闇も、何もありませんから。」

「あなたはもう暫く、街に留まった方がいいですよ。今回は道しるべが現れたから、あの子も止めたのでしょう。でも、次も見逃してくれるとは限りません」



僕は東の家から帰る前、1つだけ訊ねた。


「あの家、光が点いた家には、どんな人が住んでるの?」


東は笑った。


「誰も住んでいませんよ」




「幻を見たんだね」


草原での話を聞くと、道しるべは言った。森の奥にある広場でのことだ。


僕は東の忠告を無視して森に来ていた。

道しるべは相変わらず、奥を向いて座っている。


「僕は沼には行かないよ。道しるべがふらふらしていたら、意味がないからね」

「それより君は、僕が沼に現れて街を指した意味を、よく考えるべきだよ」


薄笑いを浮かべていない、真面目な顔だった。


「街へお帰り。途中で立ち止まってはいけないよ。どうして君の近くに光が灯ったのか、その意味に気付いたらまたおいで」


道しるべは立ち上がり、森の出口まで見送りに来た。初めてのことだ。


「意味が分かるまで、ここに来てはいけないよ」


僕はふと気になって、訊ねた。


「街からいなくなった2人は、どこに行ったんだい? 森を抜けたの? それとも沼に行ったの? 僕が街に来た時、若い女性と中年の男性がいたのだけれど」


道しるべはふっと笑った。


「僕らが知っているのは、住人のことだけさ。ここしばらく、住人は君しかいないね」


次に森へ行った時、広場に道しるべの姿はなかった。生命の気配がない森の中を、川だけが流れている。


僕は辺りを見回した。


街へ戻る道、川の向こうへ続く道、そして左右に1本ずつ。どれも先は煙って、どこに続いているのか見通せない。


僕は左の道を選んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

心象風景 新月 @shinngetu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ