第4話草原
どれほど歩いても景色は変わらない。どこにも木1本、岩1つない。少しずつ森が遠ざかっているのを確認しなければ、進んでいるのかどうかさえ分からなくなる。
森がすっかり小さくなり、豆電球ほどの小さな点となったところで立ち止まった。草原の先には、やはり変わらない景色が広がっている。ここが限界だろうと踵を返す。しかしそこには、ただ暗い草原だけが広がっていた。
森がない。確かに、豆粒ほどの大きさながら、見えていたはずなのに。
前後左右、全く同じように草原が広がっている。僕は暫くその場に立ち止まった。まるで本当に海を漂流しているようだ。
けれどここは海ではない。僕は森があった方向へ歩き出した。
予想に反して、いくら行っても白い森は見えてこない。何度か立ち止まって辺りを見回した。方角はだいたい合っているはずだが。
迷っても、真っ直ぐ歩くよりほかできることはない。下手に方向を変えれば、それこそどこにいるか分からなくなってしまうだろう。
そうして歩き続けるうち、前方に白いものが見えてきた。森かと思い近づく。
違うと気付いたのは、だいぶ近くに来てからだった。
それは森よりずっと小さく、背丈は僕の半分もない。
長い髪は真っ白で、最初は老人かと思った。
剥き出しの肩からはふっくらした腕が生え、髪と同じくらい白い肌は、薄暗がりの中でも艶々しているのが分かる。
身体は丈の長い下着をつけているだけ。色の褪せたような、情けない水色だ。
こちらに近付いてくる、それは年端のいかない幼女だった。
僕は立ち止まってその子を待つ。
彼女は手を伸ばせば届くほどの距離で立ち止まり、僕を見上げた。
赤みのない顔には何の表情もなく、目は僕を透かして遠くを見ているようだ。
少女が僕に手を伸ばした時、背後から誰かに腕を取られ、強く引き寄せられた。
驚いて振り返ると、灰色の服を着た少年が、少女を睨んでいる。
いつからいたのか、道しるべだ。
普段の人を小馬鹿にしたような薄笑いではなく、仇を見るような怒りの表情を浮かべている。
少女はしばらく道しるべの方を見ていたが、やがてくるりと背を向けて歩み去った。その姿はすぐに見えなくなる。
白い影が完全に消えてしまうと、道しるべは突き飛ばすように腕を離した。そうして黙りこんで僕を睨んでいたが、やがて片手で真っ直ぐに僕の後ろを指差す。そちらに行け、とでもいうように。
振り返っても何もない。
僕は道しるべをみたが、彼は何も言わず、僕を睨んでいるだけだ。
仕方なく、示された方へ歩き出す。
途中で振り返ったが、灰色の姿は闇に紛れて、もう見えなかった。
それからすぐに街へ着いた。気付いたら足下に草はなく、墓石のような建物が近くに迫っている。
僕は建物を見上げ、来た道を振り返る。踏み固められた道が草原に伸び、その向こうに染みのような白い森があった。
どちらも途中で見た覚えはない。
東の家を訪ねると、彼は驚いたように目を見開いて、それからにっこりと微笑んだ。
「お帰りなさい。戻ってこられたのですね」
家に入るのは2度目だ。東は「もう帰ってこないと思っていました」と言いながら椅子を勧め、自分も前に座った。
「どうして?」
「沼に入られたでしょう? 途中で、誰にも会わなかったのですか?」
「会ったよ」
僕は女の子と道しるべに会ったことを話した。
「幻覚にあったのですね」
東は真顔で言う。
「道しるべは沼には行きませんから」
幻覚なわけがない。女の子はまだしも、道しるべは僕の腕を掴んだのだから。
「幻覚ですよ。管理者は外に出ません」
東は小さな子に諭すように言う。
「ここにはよく幻が出ますから」
「でも、そのせいであの子は今回は止めたのですね」
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