第3話あの先には

街に戻ると東が待っていた。腕を組んで壁にもたれかかっている。

僕を見るとほっとしたような笑顔を浮かべた。


「お帰りなさい。森へ行かれたのですね?」


「知ってるんだ?」


僕は東に近付く。


「僕たち管理人は、境界を越えられると分かるんです」


僕らは並んで歩き出した。


「道しるべに会いました?」


「会ったよ」


「他には? 途中で誰かに会ったり、見かけたりしました?」


「いいや」


東は安心したように息を吐いた。


「東」


「なんですか?」


「あの草原には、何があるの?」


東は笑った。


「何もありませんよ」




「帰るんなら、立ち止まってはいけないよ」


森を出る前に、道しるべが言った。


「さようなら。もう来ないですむといいね」


広場には道が4本ある。


まず僕が通ってきた、街へと続く道。


2本目は川の向こう、森の奥へと続く道。


3本目と4本目は川に沿って、左右へ広がる道。どれも先は白く濁って見通せない。


その真ん中の広場に道しるべはいた。


「道はどこに続いているの?」


僕は訊ねた。


「あなたはどこへ行きたいのですか?」


道しるべが問い返した。


「道はどこに続いているの?」


僕はまた訊ねた。


「あなたはどこへ行きたいのですか?」


道しるべもまた問い返した。


「どこに続いているのか分かったら、その中から決めるよ」


「行き先が決まらなければ、道なんてないよ」


道しるべは腕を組み、せせら笑うような表情を浮かべる。


「君はどんなところに行きたいの?」




東と分かれて家に帰り、カーテンを開けて外を見る。


小さな光が、闇の中に浮かんでいる。




「光の射さない所がいい」


「だったら、街へお帰り」


道しるべは腕を解き、僕の背後を指差した。


「来た道を戻って、街へお帰り。途中で立ち止まってはいけないよ」


「街だって真っ暗じゃない」


家の近くに光が灯ったことを話したけれど、道しるべはにやにや笑って同じことを言った。


「街へお帰り。そんなもの、放っておけばいずれ消えるさ」

「それでも消えなければ、またおいで」




どれだけ経っても、光は消えなかった。

目が覚めるとカーテンを開け、光を確かめる。あるのが当たり前に感じ始めると、また森へ行った。


草原で一度立ち止まり、森も街もない薄暗がりを見遣る。風で倒れた草が、波のように白く光っている。


僕は一歩、草原に足を踏み入れた。




「沼で立ち止まらないよう言っただろ」


顔を見るとすぐ道しるべは言った。前と変わらず、広場の丸太に川の方を向いて腰掛けている。


「沼?」


「ここに来る際に通ったとこさ」


草原のことらしい。沼というより海か、大きな湖に見えるのだけど。


「立ち止まってはいけないと言っただろ」


「よく分かったね」


「境界を越えられれば分かるよ」


道しるべは顔をしかめた。


「あの向こうには何があるの?」


僕は道しるべの隣に腰掛ける。


「何もないさ」


道しるべは東と同じことを、吐き捨てるように言う。

帰る途中、僕はもう一度草原で立ち止まる。

目を凝らして、薄闇の向こうを見る。


2人は揃って何もないと言っていた。本当だろうか。僕は再び、草原に入る。


さっきはすぐに戻ってしまったが、今度は行けるところまで行くつもりだ。

途中で何度も振り返り、白い森を確認する。


発光しているようなそれは、闇の中でよく目立つ。あれが見えなくなる、ぎりぎりのところまで行ってみよう。

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