第2話白い森

東の言うように光を無視することは、僕にはできなかった。


カーテンをつけて、見えなくなっても、なんにもならない。むしろ遮蔽物は、その先にあるものを意識させてしまう。


家にいるのが嫌になった。

僕は外を出歩くようになった。当てもなく歩き回っているうちに、いつの間にか随分遠くまで来たらしい。


街の外れだろうか。家はまばらで、草の繁る空き地が目立つ。

どこからか風の音が聴こえてくる。まるで息をするように、暫くおいてはざあっと吹く。


僕は音のする方へ近付いた。


黒い草原の上を、風が走ってゆく。風が通る度に草が倒れて銀色に光り、また戻る。あちこちで倒れた草が波のように光っている。


街の外には黒い草原が広がっていた。


一面に柔らかそうな黒い草が生えている。その向こうにぽつりと白い染みのようなものが見えた。


足下から染みまで、草原を貫くように一本の道が通っている。草を踏み固めただけの簡素な道だ。

僕は少し迷ってから、草原に足を踏み入れた。


染みはなかなか近付いてこなかった。途中で一度立ち止まり、街を振り返る。既にほとんど見えない。目を凝らせば、闇の中に岩のようなものが幾つか見えるだけだ。


左右にはどこまでも草原が広がっている。

僕は糸を辿るように、街から染みへ進んだ。


染みは次第にはっきりしてきた。まず白い柱のようなものが、何本も立っているのが分かる。上に細かな装飾が施されていることも。飾りは風が吹く度に揺れ、さらさらと軽い音をたてている。


僕は立ち止まった。既に染みの前に来ていた。柱だと思ったのは等間隔で植えられた木だった。飾りだと思ったのは枝についた葉だった。


染みだと思ったのは、象牙のような乳白色の木でできた、美しい白い森だった。

木の下に生えている草は、草原のそれと違い、青々としている。道は森の中へ続いていた。両側を木と草に縁取られて、レンガを砕いたような色をした、赤い土が敷き詰められている。


僕は一度街の方を振り返ってから、森へ入った。


森の中は昼のように明るかった。空を見上げたけれど、アーチのように繁った木々に遮られ、太陽が出ているのか分からない。


道は真っ直ぐに続いている。けれど奥は白くけぶって、何があるのか分からない。道はどこまでも続いているように感じられる。


僕は気味が悪くなり、引き返そうと思った。けれど振り返れば、通ってきた道も同じようにぼやけていて、やっぱり戻るのも嫌になった。


いくら歩いても、先に進んでいる気がしない。僕はそのうち、理由に気付いた。


森の木が、全て同じ形をしている。


同じ場所から枝を伸ばし、同じように葉をつけている。下に生える草もそうだ。


それでも道を進んでゆくと、前からさらさらと音がした。更に近付けば、ふっともやが晴れ、視界が開ける。


透明な川が流れている。深くはなさそうだが、幅が広い。向こうには半円形の広場があり、道はその奥へ続いている。


こちらにも同じ形の広場がある。ただ3つの点で、向こう側と違っている。


1つには、道が川に沿って、左右に延びていること。2つには、白い切り株や丸太が転がっていること。

最後に、丸太の上に誰かが足を投げ出して座っていることだ。


その人は灰色の服を着て、両手を丸太につき川を眺めている。声を掛けようか迷っていると、突然くるりと振り向き、驚いている僕を見てにやりと笑った。


僕がいたことに気付いていたらしい。


人形のような顔立ちの少年だった。


少年は立ち上がると、大仰な身振りでお辞儀をした。

「新しいお客ですね。僕は道しるべ。ようこそ、『森』へ」

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