最終話 聖剣と復讐者
あれからもう、どのくらいの時間が経ったのだろう。
いつも通りの目覚めの気配が、深い闇の中に沈んだ俺の周りに集まってくる。
人々の絶望と希望。それは、多くの人間が死んでいるという現実。
――なにが、聖剣だ……。
目覚めの時に、いつも思う。魔剣と呼ばれる方がお似合いだと――。
人々の血と争いの中で、目覚める俺は。まるでそれに飢えているかのようじゃないか?
共に考えるものもなく、答えのない思考に時を費やす。闇の中で眠る俺にとっては、考える事だけは自由にできる。無限にできる。ただ、どんなに考えたところで、俺が変化することはない。
聖剣パンタナ・ティーグナートになった時から……。
――いや、もう考えるのはやめよう。
ただ、そんな事を考える事が出来るという事は、やはり目覚めの時が近いのだろう……。
それにしても、どうも今回の眠りはとても浅い気がする……。
目覚めの気分も最悪だ。
もしやこれは、『所有者の命を甦らせる力』を使ったためか?
まあ、人間で言ってみれば、自殺するようなものだしな……。しかも、その相手がギガーゴリラだった。これは、歴代の所有者達に話せばきっと笑い話になるだろう。
聖剣として、どれだけの魔獣の命を奪った事か……。聖剣の使命から言えば、おかしな事をしたからだろうか?
いや、そうではない。あんな中途半端な状態で、眠り入ったからだろう。
――ルル。
こうして眼に浮かぶのは、あの時の姿。俺を前にはじめて立ったあの姿。そして、それからの修行とその後の旅。どれも忘れられぬ俺の思い出。数多くいる聖剣の所有者の中で、倒すべき者がいない状態で目覚めさせられた俺が選んだ唯一の所有者。もっとも、正式に選んだわけではない。だが、今いる台座から引き抜くことを許したのは紛れもなく俺だ。
そして、ルルを不幸にした。
――俺が認めてしまったために。
そして、その行く末を見守る事すらできず、俺一人で長い眠りについてしまった。
――あの三人……、いや二人と一匹は、ちゃんと幸せに生きただろうか……。
そう思った瞬間、暗闇の中に一条の光が差し込んできた。その光が強くなり、俺の意識は完全に目覚める。
しかも同時に、封印の間の扉がゆっくりと開き、二人の男が入ってきた。
「しかし、こんな短期間で聖剣パンタナ・ティーグナートを運ぶのは初めての事じゃないのか?」
「ああ、そうだろな。聖剣が帰ってきてから二年だもんな。でも、前回は結局何で甦ったんだ? 今の状況って、そのせいじゃないのか?」
「おい、めったな事をいうもんじゃないぞ。そんなこと、聞かれたら……。お前も俺も、生きていないぜ」
「そうだった……。さっさとこの仕事終えようぜ。
「ああ、これから聖剣を抜く祭典なんだろ? しかも、今回も子供が混じっているらしいぜ」
「そうなのか? それって――」
「おい、やめろって」
「そうだった……。おい、これからはお互い無口で行こう」
「そうだな。そうしよう。少なくても、これでこの国は救われる」
無駄口をやめ、互いに無言で
――いや、それよりも二年!? あれから二年しかたっていないのか?
いったい何がどうなっている? だが、この感覚……。戦乱が起きているのは間違いない。だが、いくら人同士で争っても、
――前のように、強制的に目覚めさせられた感覚もない。必然的に目覚めた感覚。いったい何だと言うのだろう。いや、何が起きている?
あの時、聖剣をいくつか失っても、この国は聖剣を数多く所有している。
ただ、その攻勢もモンテカルト魔法王国の強大な魔法の前に撤退を余儀なくされていた。誰しも戦いが終わると思われたが、宰相は驚くべきことをやっていた。
魔王国との同盟。魔王配下の元四天王の一角。賢公ボルバルティーナと仲が悪かった武公ガルバマトメス率いる勢力が、協定を理由にウィンタリア聖王国と手を結んでいた。
それから聖王国の本格的な攻勢が始まる。
だが、事態はおもわぬ方向に進んでいく。賢公ボルバルティーナが、新たな魔王を掲げて魔王国統一を宣言した事によって――。
しかも、新たな魔王は、全世界に対して宣戦を布告していた。
魔王国の元四天王の残りはこれに賛同し、魔王国は実質的に統治されていた。
新しい魔王の誕生。それは、俺が目覚めるには十分な理由。そして、その存在は、俺の心をかき乱す。
そして、目の前に立つ少女の存在も――。
流れてくるのは確たる意思。柄から襲いくる、強烈な思念に抗いながら示す、その思念。
それは、新しい魔王国の中心戦力となっている、ギガーゴリラを殲滅する事。そのために、新しい魔王とその腹心であるギガーゴリラを殺す事。
その強い意志を込めた瞳を持つ少女。ラッシュカルト伯爵令嬢ルイーゼが、以前会った時とは全く違う姿で目の前にいた。
彼女が見せるその記憶。
あれから色々な事が起こり、この国も様変わりしていた。結局宰相ブラウニー・トリスティエは、あの後すぐに何者かによって殺されたようだった。だが、その意思を継ぐように、教会が国民を扇動して戦いを選ばせている。
その結果が、今の世界。
目の前に立つ少女は、この世界をそう変えた魔王を倒そうとしている。その想いはあるものの、復讐したいだけではない。
――そうか、あの時の少年をこの子も見ている。復讐のあとの事を、この子なりに考えてきたのだろう。
しかも、暗殺ギルドでみっちりと鍛えられている。加えて、あの時の縁が取り持ったのか、魔導師を師匠に持っていた。戦う術と魔法の技。
そう、今では立派な魔法戦士となっていた。そして、もっとも大事な二つのことも備えている。
悪を憎む心。
揺るがない信念。
ルイーゼのそれは、
――そして、心の奥に住む純粋さ。まあ、隠していても、俺には分かる。
あんなことがなければ、伯爵令嬢としてなに不自由なく暮らせたのだろう。心優しいこの子は、あの伯爵の娘とは思えない程、清らかな心の持ち主だった。
しかも、この娘なら希望もある。
引き抜かれた
「いいのですか? 私は魔王であるルルとリラを殺そうとしているのですよ?」
――ああ、分かっている。だが、その前に君はルルとリラを憎んでいるわけじゃない。君が望む世界も、ルル達が望むこともたぶん近いものだと俺は思う。でも、少し俺の我がままにも付き合ってもらう。君は復讐したいわけじゃないんだろう?
俺の問いかけに、ルイーゼは黙ったまま返事をしなかった。だが、ルイーゼの体に合わせて縮んだ
「まあ、いいわ。それに、話だけは聞いてあげる。百年前の英雄も、そうしたって聞いてるし」
そう。ルイーゼの
しかも、大抵の者が感じているモノではなく、その本質をとらえていた。この子の魔法の師は、宮廷魔導師長マルティニコラスだ。だからその事を知っていても不思議じゃない。
だから、おそらく大丈夫だろう。
ルルが魔王となることで、
ルルもまた、その事は理解しているだろう。
――いや、ひょっとして逆なのか? いや、いくらなんでもそれは……。
今考えても分からない。だから、まず会いに行こう。立場が変わってややこしいが、まず情報が必要だ。
今はまだわからない事が多い。だが、少しずつでも知る事から始める。そして、そこから考えていけばいい。
今度こそ、間違えずにやり遂げる。
その方法なんてわからない。ただ、俺はそれをする為に甦ったのだと、何故か信じてしまっている。
あの子を、ただのルルにするために――。
〈了〉
聖剣の暗殺者 あきのななぐさ @akinonanagusa
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