光の中で

 再びその手に聖剣この俺を手にしたルル。たった一度だけとはいえ、初めてアイツにも認められたルル。


 その結果、リラの右腕に封じていた聖剣この俺の複製品も目を覚ます。


 呼応するかのように実剣化したそれは、リラに合わせて巨大なものになっていた。


 元々それは、ギガー連峰で修行していた時にリラの腕に刺さったもの。その時に生じた聖剣この俺の欠片を、俺はゆっくりと時間をかけて育ててきた。聖剣この俺の複製品として。


「なんだ!? それは!?」

 驚愕の声を打ち消すように、リラの手にある光が急速に広がる。思わず距離をとる傭兵風の男。


 だが、リラが追撃することは無かった。いや、本来立っているのも不思議なほどの出血量だ。


「リラ、そこでおとなしくしてて。すぐ終わるから」


 その腕からはまだ出血が続いている。最初の勢いは無くなったものの、かなりの量を失っている。このままではリラの命が危ない。


 おそらく、ルルはそう判断したのだろう。その声に、しぶしぶ従うリラ。ただ、よほどその剣が気に入ったのか、ブンブン振り回して楽しんでいる。


「おとなしくって言ったよね!」

「ウホホ……」

振り返って怒るルルの顔を見て、途端に小さくなるリラ。そんなやり取りを唖然と見ながら、傭兵風の男は感心したような表情を向けていた。


「まあ、心のどこかで、聖剣が力を貸すかもとは思ってたぜ。聖剣パンタナ・ティーグナート。意志ある聖剣が、どこまでその意思を示せるのかは見物だと思ってた。――が、これは結構やばいのかもな。まあ、そん時はあの爺が喜ぶんだろうな……。どちらにしても、今となっては悪くは無いか。さあ、戦おうぜ! 嬢ちゃん。いや、聖剣パンタナ・ティーグナートの所有者、ルル。それこそが、俺の望みだ」


 聖剣を手にしたルルの力がわかるのだろう。これまでにない真剣な顔つきの傭兵風の男がそこにいた。

 この戦いの中で初めて見せる額の汗が、ゆっくりと男の頬を伝って落ちていくのをそのままに。


 ほんの少し口元に笑みを湛えて、聖剣この俺を持ったルルを見つめていた。


 だが、おそらくそれが男の見た最後の光景だったに違いない。

 真に聖剣の力を解放した者が住む世界の住人となったルルは、男とは違う時間の流れで剣を振るう。


 その瞬間、ルルは驚くべき速さで男の横を駆け抜ける。


 自分の身に何が起きたか。それすら、男にはわからなかっただろう。そして、認識していなくても、男の首と胴は永遠の別れを告げる。


 噴き出す血と、床に転がった男の頭が、二人の時の流れを等しくした。


 たった一度だけ使える聖剣の力。今のルルに与えたのはその限定的なものだけだ。それを使ったルルは、当然その所有者の証を失っていく。


「ウホ!」

 それを見て満足そうに親指を立てるリラ。実剣化したそれは、ルルが所有者の証を失った事で、もうただの欠片となっていた。


 だが、次の瞬間。屋敷全体を震わす音と共に、リラが仰向けに倒れていた。大の字になり満足の笑みを浮かべて。


「リラー!」


 慌てて駆け寄るルルの元、急速にその命の炎が消えていく。その事を知っているかのように、『ウホッ』と一言発したリラ。その声に従うように、うつろな目をした黒いギガーゴリラがリラの元にやってきた。


 その腕にアスティを抱えて。


「ウホ……。ウホホ、ウホッ」

「ウホ」


 その言葉の意味は分からない。ただ、リラが何かを告げて、それを黒いギガーゴリラが了解したような感じだった。


「リラ……。あなた、まだ指輪を出していなかったんですね。でも、あなたが死んだら、この黒リラに対する支配は解けますよ? 今言ったことは、実行できないと知りなさい。この黒リラは指輪の支配を受けています」

「ウホゥ!?」


 いつもの覇気のある調子ではないものの、そう告げるアスティの言葉に、リラはショックを受けていた。


 そうか――。


 右手にあった聖剣この俺の複製品の影響で、リラは指輪の力が発動しなかったのか。だが、その右手が切り離されたことで、リラは指輪の力を使えるようになっていた。ルルの聖剣の力を受けて、効果も増加していたのかもしれない。


 魔獣を従える、魔獣――、か……。


 ――まあ、それはそれでいいのかもしれない。そのままでもリラはルルの力になってくれるけど、これからの事を考えると……。


「ルル。まだ、あなたが聖剣の所有者である内に、聖剣をリラに渡してください。その大きな腹の上でいいでしょう」

「え!? それって――」

「パンティからの伝言です。あとの事を頼まれました。早くしてください」

「パンティ!?」

「ルル、本当に早くしてください。パンティの小言が始まりますよ。私はそのゴリラの事はどうでもいいのですが、あとでうるさく言われるのが嫌です。もう、あのような屈辱はごめんですから」


 黒いギガーゴリラの腕の中でも、あくまでアスティはアスティだった。ただ、その真剣な眼差しは、ルルに有無を言わせない力をもって語りかける。


 そう、アスティの思考と過去を見た時に、同時に俺はアスティに頼んでいた。


 おそらくこうなるであろう事。そして、こうすればいい事を。その後の事はアスティに任せることで。


 そして、ルルは聖剣この俺を倒れたリラの腹の上にのせていた。その瞬間、聖剣この俺に変化が訪れる。


 ルルが手にしていた時の小剣ではなく、本来の大きさの剣として。


「聖剣パンタナ・ティーグナートは不滅の剣。刃こぼれは自分で再生するし、たとえ折れても復元する。その力の源は魂の力。役割を終えても復活する力をもっています。さあ、聖剣の柄を、リラの手に」


 アスティに言われるままに、聖剣この俺を動かすルル。その悲痛な顔を見るのは痛々しい。だが、そうしなければリラを救えないと理解している。


 そう、俺は生まれて初めて人間以外を所有者と認めた。だが、その事には後悔はない。そして、聖剣パンタナ・ティーグナートが聖剣と称えられる力を発動させる。


 ――ありがとう、ルル。本当に、優しい子だ。


 光が聖剣この俺に集まる中、それを察したルルがその場に泣き崩れ落ちる。


 ――ルル。


 その瞬間、光がはじけ飛ぶ。


 その感覚を最後に、俺の意識は深い闇の中に閉ざされていた。

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