その瞬間、心ひとつに。

 リラが放った魂の叫び。それに応えていたのはアスティだけではなかった。そもそも、アスティだけでは無理だっただろう。そこには、俺が望むように動いてくれた黒いギガーゴリラの存在が不可欠だった。


 起き上がり、アスティに向かっていく黒いギガーゴリラ。その瞳は、指輪に支配されている時と同じ感じのものだった。だが、少なくとも俺の思うように行動してくれている。

 

 だから、その事を詮索する必要はないだろう。少なくとも、今は――。


 アスティを掴むや否や、そのまま勢いをつけて放り投げる黒いギガーゴリラ。その意図が分かったのだろう。その途端、アスティは驚く顔を引き締める。自分はそう動けるわけではない。だから、その一瞬を逃さない。そこには確たる意思を込めた顔があった。


 まだ、傭兵風の男はまだ顔についた血をぬぐっている。大量についたリラの血は、なかなかぬぐえるものではない。だが、わざとそうしているのかと思えるほど、男の姿には隙があった。


 ただ、その隙に、アスティは過たず行動を終えていた。


 天井付近に漂っている俺の柄に手をかけて、そのまま刃先をそれに向ける。その動きに合わせて、リラは少し体をずらしている。


 それは、阿吽の呼吸というべきものだろう。互いに何をするかを心得て、行動している。


 そう、そこには確かな道筋が出来ていた。聖剣この俺が聖剣バルコイニクスの黒い剣へと向かう道筋が。


「お願いします」

 投げる時、アスティは確かにそう小さく俺につぶやいていた。


 ――言われるまでもない。アスティ、ルルの事は頼んだぞ。


 アスティの狙いは過たず、聖剣この俺と聖剣バルコイニクスの黒い剣はぶつかっていた。だが、聖剣バルコイニクスの黒い剣は、その力でルルの影に突き刺さっている。普通なら、容易に抜けるものではない。


 鳴り響く、金属同士で奏でる力の調べ。そこにリラの雄叫びが鳴り響く。


 聖剣対聖剣。互いに持ち主が無い状態でのせめぎ合い。ただ、それもほんの少しの間の拮抗に過ぎない。聖剣パンタナ・ティーグナートが、その名にかけて他の聖剣に後れを取るはずがない。

 ルルの元を離れたことで、聖剣この俺は元の大きさに戻っていた。武器としての大きさと、アスティが投げつけた勢いが、この俺に力を与えている。


 そして、それ以上に俺に力を与えてくれていたものがある。


 ――自分の意志も持たないただの聖剣に、いろんな思いを感じる事の出来るこの俺が負けるわけがない。今、俺は色々な気持ちを背負っている。


 抗う聖剣バルコイニクスの黒い剣。だが、それは無駄な足掻きとなっていく。


 はじけ飛ぶ、聖剣バルコイニクス。代わりに突き刺さる聖剣この俺


 その瞬間、再び自由になったルルは、俺を迷うことなくつかんでいた。


 ――まあ、及第点といったところか? 大勢の人間を救う事も、目の前の人達を助ける事も、同じ気持ちから来るものには違いない。だから、もう一度だけチャンスをやる。


「まったく、パンティはパンティなんだね。でも、ありがと」


 俺の力をルルに流す。再び訪れる一体感。だが、これまでとは違う一体感がこの俺とルルを繋いでいた。


 そう、これは紛れもなく、アイツもルルを所有者と認めた証。


 その瞬間、リラの腕に埋めていた聖剣この俺の複製品が目を覚ます。たちどころにそれを取るリラ。やけにしっくりくる感じに、俺は昔の事を思い出していた。


 ――そう言えば、お前の事も俺は認めてたのかもしれないな……。ゴリラが所有者とかありえないが、その複製品はお前のものだ。


「ウホ!? ウホホー!」


 再び上がるリラの歓喜の叫びに、黒いギガーゴリラがそれに応えていく。


「クソ! そのゴリラには驚かされる。やっぱり、お前がこの場で一番危険だ」


 片腕を無くしたギガーゴリラ。それを目の前にして、再び大剣を構える傭兵風の男。だが、男にとってそれは予想外の出来事だった。


「バカな!? 何故、お前がそれをもっていられる!?」


 立ちあがるリラの左手の聖剣を見て、傭兵風の男はただその言葉だけを絞り出していた。

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