守る者たち

 この時ばかりは、傭兵風の男も驚きの表情を見せていた。おそらく、目の前の出来事が信じられなかったに違いない。


 振り下ろす大剣。その切れ味を物語る魔法の輝き。


 それは幾多の修羅場を共にくぐってきたという男の信頼でもあるのだろう。


 だが、その大剣をリラの右腕が防いでいた。半分以上食い込んでいるが、その勢いは完全に止まっている。


「こいつはたまげた。ギガーゴリラの腕くらい、こいつこの大剣なら易々と切り落とせるんだけどな」

 大剣を引き抜き、数歩下がる傭兵風の男。その口調とは裏腹に、慎重にリラを観察していた。


「しかも、それだけ切っても落ちないとは。その腕は特別製か? 右腕だけ異様にでかいのはそのせいか? いや、それよりもあの状況から嬢ちゃんを救った事を驚くべきなんだろうな」


 しっかりとルルを抱えて、リラは噴き出す血をそのままに腕を下げていた。もうほとんど動かないのだろう。しかし、だらりと下がるその腕だったが、まだしっかりとついていた。だが、それすら気にしない様子のリラ。そのままその場を離れようとした時、ルルが苦悶の声をあげていた。


「その聖剣が影に刺さっている以上、無理に動かすと死ぬぜ。まあ、ゴリラに俺の言葉がわかるわけないか。噂では理解するってことだが、本当かどうか怪しいもんだぜ」


 確かに、聖剣バルコイニクスはルルの影に刺さっている。それで動きを封じるだけではないのだろう。それは、一種の呪いと言っていいもの。


 聖剣と呼ばれている癖に……。


 だが、男の言葉を理解したのだろう。ルルを抱える左手を離し、その手でルルの影に刺さった聖剣バルコイニクスを引き抜こうと試みる。だが、そのゴリラ力をもってしても、聖剣バルコイニクスはびくともしなかった。


 まるでそこに意思があるかのように、聖剣バルコイニクスはルルの影にしっかりと刺さっている。


「ほう、理解するんだな。そして、無駄だと学習したようだな。なら、教えてやる。双剣であるバルコイニクスが、何故聖剣と言われるか。そいつは元々、聖魔剣と呼ばれていた。それで理解したか? その黒い剣は魔剣だぜ。つまり、聖剣バルコイニクスと魔剣バルコイニクスというのが正しい。そして、魔剣である以上、その呪いはすでに発動している」


 たしかに、黒い剣を引き抜こうとした途端、ルルの体から生気が一気に抜かれていた。そこにリラの体があったからよかったものの、無ければ地面に倒れていた事だろう。いや、影に刺さっているから、体は動かないのかもしれない。


「まあ、そういう事だ。そのゴリラには驚かされたが、さすがにこれ以上驚くことはないだろう。あとは、お前がそこをどけばいい。その腕の傷だ。どうせ長くはもたない。ここから去り、どこにでも行くがいい。ゴリラの相手をしているほど、宰相も暇じゃないからな。どこでもいいから、勝手に死にな」


 もう一度、大きく振りかぶった男の大剣。


 その切っ先が大きな弧を描いてリラに迫る。男はリラが避けると思っているのだろう。その大剣は、まさにルルに向けて振るわれていた。


 ――クソ! せめて、ルルにもう一度だけ触れることが出来れば。アスティでも黒いギガーゴリラでもだれでもいい。誰か俺をルルの元に――。


 そう願った瞬間、確かにリラと目があった気がした。しかも、苦痛の中でニヤリと笑うその顔は、どこか見覚えのあるものだった。


 さっきまでルルを抱えていた左手で、自分の右腕を引きちぎるリラ。右腕から飛び散る鮮血を男の顔に浴びせかけ、自分の右腕で男の大剣を横薙ぎにしていた。


 軌道がそれ、床をえぐる男の大剣。しかも、リラの血によって失われた視界を取り戻すべく、片手で顔をぬぐっていた。


 男が見せた初めての隙。男がわざと作ったものではなく、男が意図しない中で生み出された戦いの間隙。


 リラがルルの為に、己を賭して生み出したもの。その熱い魂の躍動は、リラの体を突き上げる。


「ウホホー!」


 その雄叫びは、そこにいる誰もの心を奮わす叫び。ギガーゴリラが放つ『鼓舞の叫び』が、そこにいる者を奮い立たせる。


 しかも、それを聞いた者達が、互いの行動を繋いでいた。まるで、申し合わせたかのように。


「ルル! これを!」


 アスティが聖剣この俺の柄に触れた瞬間、アスティの記憶が俺の中に流れ込む。だが、それは所有者にはふさわしくないものだった。数多の血がアスティの魂を幾重にも塗り固めている。


 ――ただ、その意思は認めよう。その愛情と共に。


 柄に触れた分、アスティには何らかのダメージがあるだろう。それは単なる苦痛なのか、隠してきたことを知られたことによるものなのか。


 ただ、今までかたくなにそれを拒否していた理由は、やはりそういう事だった。


 ――そうか、アスティ。でも、わかった。これで、思い残すことは無い。


 鳴り響く衝撃。そして、リラの雄叫びに、黒いギガーゴリラが応じていた。さらに上がるリラの雄叫びに、傭兵風の男の注意が向いていた。


「クソ! そのゴリラには驚かされる。やっぱり、お前がこの場で一番先に殺しておかないといけないみたいだな」

 片腕を無くしたギガーゴリラ。それを目の前にして、再び大剣を構える傭兵風の男。だが、男が予想していない出来事が目の前で起きていた。


「バカな!? 何故、お前がそれをもっていられる!?」


 ゆっくりと立ち上がるギガーゴリラ。それを持つ左手には、聖剣パンタナ・ティーグナートの輝きが放たれていた。


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