君に花火はよく似合う
浅雪 ささめ
君に花火はよく似合う
「ねえ、これやろうよ!」
高校初めての夏休みに入ったばかりの日曜日。幼稚園からの幼馴染みである
「なんだやぶから棒に。えーと、なになに。『花火を作ろう~感動的な思い出をこの夏に!~』……ってこれ親に許可とったのか?」
花凛は昔からよく僕を連れ回しては、二人して親に怒られていたので、外で何かするときには親の許可を取れと言われたらしい。
僕がそう聞くと、花凛はさっと目をそらした。そこはバッチシ! という感じの笑顔を期待してたんだけどな。
「おい、まさか……」
「そのまさかだよ、
いかにも自慢げな彼女の顔。僕はこの顔に何度振り回されたことか。そもそも安心してって言われても、僕は何を安心すれば良いのだろう。ちっとも安心できる要素が見当たらないのは気のせいではない。
「大丈夫だって! この実験はそんなに危なくないから。それに私達はもう高校生なんだよ? それくらい平気平気」
花火を作るのは十分危ないだろう……って実験? 体験か何かの間違いではないのか?
花凛のことだから、てっきり手持ち花火に自分なりの色を塗ろうみたいな、対象年齢小学生みたいなやつを想像してたんだが。もしかして、これは本当に危険なやつでは?
「な、なあ花凛。実験って何だ?」
「詳しくはこのプリント読んどいてね! じゃあ私はこれで」
「分かったよ。ってまだ勉強始めたばかりじゃねぇか」
時計の長針はまだ一周もしていなかった。
花凛のノートを覗くと変なキャラクターしか書かれていないし、ワークも閉じられている。
「ふえ!? だって勉強なんてしたくないし。したってつまらないし……」
「じゃあ何で来たんだよ」
確かに筆箱忘れてきてるし、勉強したくないオーラはめっちゃ出てる。取りに戻れば良いとか言いながら、ちゃっかり僕の筆箱を漁ってるし。せめて、鞄からはみ出てる漫画くらい隠してくれ。
「んー、真人君に会うため、かな」
そう言うと花凛は、荷物を詰め終えた鞄を持って立ち上がる。
「そう言って帰ろうとしない」
そうやって僕をからかおうとしてることはお見通しなんだからな。
「ちえっ、バレたか。それじゃあね。今日の午後七時にいつもの場所で。おしゃれはしなくてもいいよ。どうせダサいティーシャツしか持ってないんでしょ?」
そう残して結局花凛は家を出ていった。いや、一言余計だろ。俺だってかっこいい服の一着や二着持って……ないけど。
ついでに言うと、ふたつ隣が花凛の家だからそんなに時間はかからない。それと、集合場所のいつもの場所というのは近くの公園だ。小学校の頃、秘密基地を作って怒られた場所でもある。
一人部屋に残された僕は、花凛が置いてったプリントを手に取る。
プリントの裏には実験の内容が書いてあった。簡単に言うと、炎色反応で花火を作ろうみたいな、そんな感じだろう。
貼りつけられている写真は、薬局やコンビニとかで買えるような手持ち花火とかではなく、アルコールランプから花火が出てるみたいな、そんな感じだった。
小学生以下は保護者が必要と書いてあるし僕は花凛の保護者の立場になるのかな。流石に花凛一人だけだと、何をやらかすかもわからない。
「さて。時間までは課題やるか」
そんな独り言を部屋に飛ばして自分に発破をかけた。そんな意気込みも、花凛が落としていった漫画を手に取ったせいでなくなってしまうのだが、まだ夏休みも始まったばかりだし大丈夫だろう。きっと花凛だって、まだ何も手につけてないに違いない。
午後七時。約束の時間だ。親にちょっと出かけてくると声を掛け、僕は公園へと向かった。流石に高校生になると、あまり親も口を出さなくなってきた。花凛と違って僕はちゃんとしているからね。
「あ! 来た来た。じゃ行こっか」
「おう」
どうやら歩いて二十分くらいの場所でやるらしかった。スマホで位置を確認しながら、花凛は僕の前を歩く。
「いやー、
「花火大会とかでも良かったんじゃないのか?」
今度隣町で大きめの花火大会があるらしいぞと、僕がそう聞くと、彼女はいたずらに笑って言った。
「まあそれでも良かったんだけどさ、こっちの方が楽しそうだし。あ、でもその花火大会にも行こうね」
「結局行くんかい。まあいいよ」
「やった! 約束だからね」
そんな会話をしている内に会場が見えてきた。入り口前には人だかりができていた。時間になり、部屋に入ると長テーブルに道具が置かれている。
『本日はお集まり頂きありがとうございます。花火大会などと比べると小さい物ですが、楽しんで頂けたら幸いです』
主催者のそんな挨拶のあと、実験がスタートした。言われた手順で作業を進める。途中で爆発して容器やテーブルを、花凛が破壊しないか不安だったが、そんなこともなく無事に作り終えることができた。隣にいる花凛も真面目そうに取り組んでいる。
皆が完成すると部屋の電気が一カ所を残して消された。
『それでは、火をつけてみてください』
皆がマッチで火をつけると同時に、最後の電気も消える。マッチを導線に近づけると、シュッと音がして色鮮やかに火を噴いた。何十本と同時に光る花火はとても綺麗だった。
皆もそう思ってるようで「おおー」という歓声が上がる。
「おお! すごいよ、ねえ真人君!」
隣で花凛が人一倍はしゃいでいる。花凛の笑顔を見てると、僕まで釣られて表情が緩んだ。童心に返ることができたような気持ちだ。だからか素直な感想を花凛に伝える。
「思ってたより綺麗だな」
「でしょー!」
たった数分だったが、楽しいひとときを過ごすことができた。楽しい事はすぐに終わる。楽しい時間は大切に過ごせよと神様が言っているようだった。
『来年もやろうと思いますので、是非また来てください』
僕たちは会場を後にし帰路につく。道中、花凛はずっと目を輝かせていた。帰り道は二人で隣に並んで歩いた。
家が目の前に見えてきたところで、花凛が口を開く。まだ高揚が残っているのか、恥じらっているのかは分からないが、花凛の頬はうっすらと赤く染まっていた。
「ねえ真人君。楽しかったね」
街灯の元でそう言う花凛の顔は、少しドキッとするところもある。さながらさっきの花火のように、僕の目には特別に見えた。が、そんなものは思い過ごしだと首を振り、僕も笑顔で答える。
「え、ああそうだな。楽しかったよ。誘ってくれてありがとうな」
「どいたしまして! それで、あのね……」
「ん? どうした?」
「あのね。私ね真人君のこと、好きだよ」
「え? は?」
僕がしどろもどろになりながら困惑していると、花凛が付け足す。
「幼馴染みとしてとか、友達としてとかじゃなくて、異性として、だからね」
「じゃあね。今日は楽しかったよ!」
そう言って花凛は自分の家へと入っていってしまった。
僕も呆気にとられながら、自分の家の玄関をくぐる。
その日は特に怒られる事も無く、食事をして、風呂に入って、そのまま布団へと潜った。
帰り際にボソッと言った花凛の言葉。
『私ね真人君のこと、好きだよ』
町の花火大会でならかき消されていたであろうその言葉は、確実に僕の耳へと届いた。
君に花火はよく似合う 浅雪 ささめ @knife
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