放課後に二人きり

泥んことかげ

最終話【またねは、言わないよ】


 僕は、勇者育成学校と呼ばれる場所、通称〝勇学〟に在学している。


 そして、下校途中の僕の横で欠伸をしている彼女は、同じ学校内〝魔王育成科〟に所属している。


 なぜ2つが併設されているかは、大人の事情で分からず仕舞いだ。


 世間一般の中の職業として、聖となる勇者が必要な様に同じく悪の魔王も必要になるらしい。


 校内では、卒業するまでは、金網越しの君をみることしか出来ないんだ。


 そして――――卒業と共に新しい進路に行き僕は、やがて君を倒さなきゃいけない。


 ある日、授業が終わりいつも通りの時間に放課後二人だけの秘密である、特別な場所へ行くのが日課なんだ。


 そこは、学校から程なく歩いた所で、小高い丘から覗く夕陽が綺麗な所で、君と見る景色は格別に綺麗だ。


 毎日そこにいるけど、今まで誰にも会った事がないから、二人だけの取って置きの場所。


 何の変哲もない時間が流れ、君との笑顔が空間に溢れ、次第に二人の距離も縮まる。


 君の横顔を眺めているだけで幸せだ。


 出来れば独り占めにしたい――――一生、触れていたい。


 無防備な左手に僕の右手を置こうとした、その時――――


「明日......卒業式だね」


 さりげない彼女のその一言で、手を握るのをやめ、僕は照れくさそうに頭を掻きむしる。


「そうだな......でもお前凄いじゃん。もう魔王城の側近候補だろ?俺なんて伝説の剣も抜けない勇者だぜ?」


「そんなことないよ?私なんて君と比べたら……」


「いやいや、本当にすごいよ。尊敬する!!てか、俺が認めたんだから信じろよ!!」


 卒業式に乗り気じゃない彼女は、最後まで暗い表情だった。


 今、思えば彼女は


〝卒業式当日1時間前〟


 僕は、卒業式前にいつもの丘へ着いた。


 着なれない装備を着用し、覚束無い足取りと腰には剣を携えている。


 誰もが羨み憧れる存在――――いかにも勇者という格好だ。


 目の前にいた彼女は、気恥ずかしそうに横へ揺れていた。


 突然体の力が抜け目眩がした僕は、地面へ片膝をついた。


 彼女は、躊躇することなく僕の背後を取ると、思いが込められた一撃を放つ。


 僕は、咄嗟の出来事になにも考えずに腰の剣を取った。


 それは、僕が〝勇者〟だからか?――――それとも〝臆病〟だったからか。


 心のどこかで彼女を敵として、〝魔王〟として認識していたのかもしれない。


 彼女の気持ちも知らずに、胸に深々と突き刺さる剣は、命が絶たれた事を暗示するかのように地面へと当たる。


 理解出来て......いや、しようとしなかったんだ。僕は、何も分かろうとせずにわがままだった。


 剣ではなく、いたずら心がある彼女の手には、卒業祝いの赤い花〝アルストロメリア〟が握られていた。


 彼女の瞳から流れ出る雫は頬を伝い、口から溢れる鮮血と混じって、地を夕陽色に染め上げた。


「あなたの......心で......死ねてよかったよ」


 苦しい素振りは一切見せず、それは彼女なりの最後の優しさ――――


 僕に心配をかけたくなかったんだと思う。


「必ず......君に会いに行くからね」


 倒れ込む彼女を抱きしめることしかできなかった。


 どこにもぶつけられない感情のせいか頬を伝う雫は、彼女の涙と合わさりながら地面を優しく濡らした。


 それが彼女との最後の会話だった。


 チャイムと重なった僕の声は、誰も聞くことがないだろう。


 誰かを殺して生を実感するなら、せめて君と同じように愛する誰かに殺されて〝人〟として死にたい。


 けど君は、この世にはもういない――――


 突き立てられた剣を抜き、代わりに花を持たせる。


 初めて彼女の手を握ると、まだほんのりとした優しい温かさを感じながら、自らに剣を突き立てた。


「僕の中にある弱さ魔王勇者を殺したんだ」


 いま思えば彼女は運命とはいえ、平凡な生活に憧れていたのかもしれない。


 誰もが当たり前のように過ごしている、何気ない〝日常〟ってやつをさ……


【また、放課後にいつもの場所へ二人っきりでね】


 ――――アルストロメリア‐「花言葉」‐〝未来への憧れ〟


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放課後に二人きり 泥んことかげ @doronkotokage

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