玻璃ヶ歯辻
安良巻祐介
手に持った何かをかろかろと鳴らしながら、道の向こうからやって来た男は、辻の真ん中で立ち止まり、その手の品をそこへ置いて、去って行った。
男がいなくなったのを見計らって、見に行ってみると、それは硝子の小筒で、中には、透き通った歯が幾つも収められていた。かろかろと鳴っていたのはこれだったらしい。歯は水晶で出来ているらしく、小筒を振るたびにかろかろ、きらきらと光った。
そう言えば、遠目に見えた男の顔は、やけに真っ黒い口を開けて笑っていた。
あれはつまり、歯がなかったのだな、と気が付いたが、それにしても、こんな奇妙な歯を辻に置きに来るとは、いったいどういう事なのだろう。
乳歯が抜けた時、鼠の歯と変えよ、鬼の歯と変えよ、雀の歯と変えよ云々と言って屋根へ投げる風習があるが、それに倣うなら、あのような奇妙な男が、このように美しく、また尋常でないものを、いったい、何に変えてくれようと願ったのだろう。…
それを考えるうち、素晴らしい詩が生まれそうに思われたので、小筒をそっと懐へ入れて、誰にも気づかれないうちに、そこから立ち去った。
あの男は、これでもう、何も得られなくなるかもしれない。
けれど、詩を作るという事は、他の何かしら・誰かしらを供犠にするという事なのだ。
お前がその黒い虚空に得るはずだった何か、水晶の歯列より美しく不思議な何か――それよりもさらに美しく、さらに不思議な詩を作るから、きっと堪忍しておくれ。
影になって逃げる懐で、かろかろかろ…と小筒が笑うのが聞こえた。
玻璃ヶ歯辻 安良巻祐介 @aramaki88
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