一期一会の呪いで会えなくて震える

ちびまるフォイ

会いたいときが、合うべきときー!

>今度一緒に飲みにでも行こうぜ。久しぶりに話そう


チャットを見た瞬間にうんざりした。


「なんでこのネットの時代にいちいち会わなくちゃいけないんだ。

 チャットもあれば、無料で電話もできる。

 お互いの近況を話すのに交通費と飲み代を使うなんてバカか」


と、返信したときに目の前に光が満ちた。


「私は天使です。あなたを注意しに来ました」


「て、天使?」


「あなたは人とのつながりを大事に思わないようですね」


「一人でいることに怯える集団行動が好きな人間の

 構成員として扱われるのはまっぴらってだけだ」


「あなたには【一期一会の呪い】をかけます」


「呪いって……あんた天使じゃないのかよ!?」


「一期一会の呪いは、一度会った人とはもう会えなくなる呪い。

 これであなたも人とのつながりの大切さを学ぶでしょう」


天使が消えて呪いだけが残った。

一度会った人とはもう会えなくなる。


「……ふん、まあ、別に孤独に怯えてねーし」


「ちょっと、さっきからうるさいよ!!」


ドンと部屋から音がした。

玄関を開けるとちょうどお隣さんがむくれた顔で立っていた。


「深夜になに騒いでるんだ! こっちは寝るところなのに!!」


説教を聞き流してその日を過ごし、翌日にお隣さんは消えていた。

大家さんに聞いても『急にいなくなった』と言うだけだった。


その大家さんとも二度と会うことはなかった。


「これが……一期一会の呪いか……」


改めて自分の身に降り掛かった呪いの恐ろしさを思い知った。

買いだめしようと街に出たとき、懐かしい声に振り返った。


「おい、もしかして……佐藤か?」


「まさちゃん?」


振り返ると、小学校でずっと一緒だった親友に偶然であった。


「佐藤だよな!? うわーー懐かしい! 全然感じ変わってないなぁ!」


「まさちゃんこそ変わってないな。この近くに住んでるの?」


「いや、今日はたまたま来ただけなんだ。でも会えるなんてなぁ」


旧友との再会に浮かれていたが、呪いを思い出して凍りついた。


「それじゃ、俺ちょっと行くところあるから」


挨拶を済ませて帰ろうとする親友の腕を掴んだ。


「ま、待て! 俺も! 俺も行く!!」


「いや、仕事関係だから佐藤は来なくても……」


「もうお前と会えなくなるだろ!」

「え……?」


親友には自分の呪いのことを細かく話した。

最初は半信半疑だったが俺の熱意に負けて信じるようになった。


「一度会った人はもう会えなくなるんだろ?

 ってことは、一度会ってから離れなければ大丈夫ってわけだ」


「そう。頼むよ、自分の過去が消えるみたいで怖いんだ。

 俺の前から消えないでくれ」


「寂しがりやさんか」

「そう思われてもいい」


そこから親友との共同生活がはじまった。

親友が単身赴任だったのも救いだった。


最初こそお互いの話に盛り上がったが、お互いの興味に尽きると

熟年夫婦のような空気感の間柄になりしだいにお互いの大切さは薄れていった。


「……そろそろ帰ろうかな」


「お、おいちょっと待てって! 俺の呪いのこと忘れたのか!?

 これで離れたらもう会えなくなっちゃうんだぞ!?」


「もう十分だろ。一生分会ったようなものじゃないか。

 それに会えなくても今どき電話くらいできるだろ?

 お前と一緒に生活するのはそろそろ限界なんだよ」


「な、何言ってるんだよ……!!」


「もう限界なんだ! トイレにいくのもついてまわるし、

 俺だってひとりの時間くらいほしいんだよ!!

 ベタベタベタベタくっつきやがって!」


「しょうがないだろ!! こっちは呪われてるんだ!!」


親友とは口喧嘩のすえに家から追い出してしまった。

もう会えなくて清々したと思えたのはせいぜい数秒で、

そのあとは猛烈な後悔と罵った自分の言葉への後悔だった。


「そ、そうだ。チャットで謝っておこう。

 会えなくても連絡はできるはずだ」



>悪かった。言い過ぎたし、頼りすぎていた。

>また連絡してくれ



返信はなかった。既読すらされなかった。

ブロックされたのだろう。


「あれだけ言ったんだから嫌われて当然だよな……」


大切な友達とのつながりを失った喪失感がずんとのしかかった。


自暴自棄になって街にでかけて暴れようと思ったが、

あれだけ賑やかだった街も活気が失われいた。


「あれ……こんなにも人が少なかったっけ……?」


考えてすぐに答えは出た。


「一度出会った人はもう出会えない」


それは友達だけじゃなく、俺と遭遇した他の人にも影響があった。

俺がいなくなってから活気が戻るのかもしれないが、

コンビニ店員ですら同じ人と接客されることはもうない。


「俺の……俺の回りから人が消えていく……」


新しい友だちを作ろうにも、一度出会った人と再会できない。

関係性を深めることは初回しかできない。

そんな状態で人間関係を広げることはできない。


しだいに今の人間関係を失われるのが怖くなって、

外に抱かけることもなく家で過ごすことが多くなった。


「いつでも会えると思っていたのに……」


閉じこもった自分を心配して来てくれる知り合いもいたが、

たわいもない会話をしたあとにみんな帰っていってしまう。

これが最後の出会いだとも知らずに。


どうせ信用されないので呪いのことも話すこともしなくなった。


「ああ……これが孤独か……」


前は「いつでも会える」という命綱があったからこそ、

孤独に対する恐怖もなく人間関係は疲れると思っていた。


けれど、今は先細っていく自分の人間関係に恐怖しかない。


一期一会の呪いがある限り、仮に俺が死んだとしても

俺を見た人がもう一度葬式に来てくれることもないんだろう。


いっそ、もう……。



「だいぶ、こたえたようですね」


絶望のふちに至ったとき、また光の中から天使が現れた。


「これで人間関係の大切さを理解しましたか」


「ああ、ああ!! もう十分だ! 呪いを解いてくれ!

 これからはもっと自分に会ってくれる人を大事にするよ!!」


一緒に同じ時間を過ごせる人間が誰も居ない恐怖。

それはもう耐えられない。


「いいでしょう。あなたから呪いを解いてあげます」


「本当か!」


「ええ、というかもう解けていますよ。

 一期一会の呪いがあるのに、私と再会できるのはおかしいでしょう?」


「た、たしかに……!」


「あなたはもう元通りです。

 人とあったときにそれが最後だと思うくらいに

 大切に人と接することができるはずです」


「ありがとう天使様!!」


俺は昔の同級生に連絡して親友の足取りを追った。

ちゃんと口で謝りたかった。そしてまたくだらない話をしたかった。


「あいつならこの住所に行けば会えるよ」

「ありがとう! 助かる!!」


ついに住所をつきとめて親友へ会いに行った。



行き着いた先では墓標の前で女が泣いていた。


「主人は単身赴任中に……事故で死んでしまったんです……。

 どうして突然……会えなくなるのなら、もっとちゃんと言葉をかけておけば……」


女はずっと泣いていた。

俺はその姿を呆然と眺めていた。



「まさか……二度と会えなくなるって……」



俺はもう誰からも既読がつかなくなったチャットの意味を知った。

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