学校探偵:机をふいたら笛がふけなくなった話

小石原淳

第1話 机をふいたら笛がふけなくなった話

 自称・学校探偵の藤田鼓太郎ふじたこたろうに、今日も今日とて依頼があった。

「縦笛がなくなった」

 隣のクラスの男子、飯島正孝いいじままさたかが昼休みにわざわざやって来て、単刀直入に言った。飯島とは親友と呼べるほどではないが、前に同じクラスになったこともあり、そのときはよく一緒に遊んだ仲だ。

「忘れたとか落としたとかじゃ、絶対ない。昨日帰るときはあったんだよ」

「まあまあ、落ち着こうぜ。じっくり聞くから」

 捲し立てる依頼者を落ち着かせ、すぐ横の空いている席を示す。

「座って大丈夫か?」

「そこの席は天気さえよければ、給食が済んだあとグランドに飛び出していって、ぎりぎりまで帰って来ない。で、笛がなくなったときの状況を教えてくれる?」

 藤田は日常会話みたいに気軽な調子で聞いた。今まで依頼を引き受けてきた経験から、最初からメモを取ろうとして鉛筆とノートを構えると、口がかたくなったり話の勢いがストップしたりしてしまう依頼人がいることを学んだのだ。

「えーっと、今の話で分かると思うけど、僕は縦笛を学校に置きっぱなしにしてる」

 縦笛のテストでもない限り、縦笛を持ち帰らずに置いている児童は多い。藤田もその口だ。

「昨日帰るときも、確実にあった。机のひきだしから覗いていたし」

 机のひきだしと言うが、実際にはひきだし型にはなっていない。天板の下に物を入れるスペースがあって、蓋はなし。単に、入れて置くだけで、丸見えである。普通、縦笛を右端か左端に置き、それに寄せる感じで道具箱を鎮座させるのが一般的?だろう。空いているところには、その日使う教科書やノートを入れることもある。算数でそろばんを習う頃だと、笛とそろばんが並ぶこともあるかもしれない。

「なのに、今日来てみたら、消えてなくなってたんだ」

「……盗まれた?」

 学校で盗難とは穏やかじゃない。穏便に済ませたいところだ。

「誰か友達がいたずらで隠したのかと思って、何人かを呼び付けて聞いたけど、みんな知らないの一点張り」

「いたずらにしろ何にしろ、そういうことをされる心当たり、あるのかな」

「友達のいたずら以外に思い付かない。だから頼みに来たんじゃないか」

「なるほど」

 表面的にはうなずいた藤田だったが、内心では一応、この依頼人について冷静に分析を試みる。

(僕が知る飯島君は、ちょっと荒っぽいところはあるけれども、人に怪我をさせたり、物を壊したりはしない。性格はどちらかというと優しい方で、悪いと思ったことはすぐに謝れる。そんな彼が、恨みを買って縦笛を盗まれるなんてこと、あるだろうか。いや、考えづらい)

 飯島にそんな評価を下した藤田は、あることを思い出して聞いた。

「そういえば昨日、二組のクラスで何か騒ぎがあったみたいだけど、何だったの?」

「ああ、蛍光灯が割れた。そうじのときに、誰かがふざけて投げたぞうきんが当たって、ひび割れたんだよ。水を含ませすぎだっての。僕と隣の席のちょうど間に位置する蛍光灯が点かなくなって、すぐ交換しとくって先生が言ってたっけ」

「直ってた?」

「縦笛のことで忘れてたけど、直ってたと思う。ひびが見えなかったから。そんなことよりも、縦笛消失事件だ」

「うん、そうだったね。まず、笛の状態を知りたい。笛は剥き出しだったのか、笛入れの袋に入れていたのか」

「剥き出しだよ。男なら普通、そうだろ」

「僕も剥き出しで置いてるけど、人それぞれだろうね。笛に名前は書いていない?」

「書いてない。サインペンなんかで書いてもすぐ消えるし、刃物で刻んだら笛が壊れるかもしれないだろう」

 藤田は首を縦に、小刻みに振った。これでイメージしやすくなった。

「放課後、誰かに取られたってことはないの?」

「教室の鍵を掛けたんだ。僕がこの手で。昨日、日番だったんだ」

 また興奮し始めているのか、話の順番が倒置法の色を帯びる飯島。藤田はわざと声を小さくして、「鍵は自分で職員室に?」と聞いた。

 案の定、飯島は「何だって? 聞こえない」と問い返してきた。これで再び冷静になってくれるといいんだけど。

「教室の鍵は、飯島君自身が職員室に返しに行ったのかなって」

「当然。返したあと、朝になるまで持ち出されてないってさ」

「え、そんなこと、先生に聞いたのかい?」

「仕方がないだろ。笛がなくなって、こっちは必死なんだ」

「あんまり大ごとにしない方がいいような予感がするよ」

「僕だって同じ気持ちだ。まだ笛がなくなったとは、先生に言ってない。ただ、笛が出て来ないと明後日の音楽テストが困るんだよ」

「明後日、テストがあるのか」

 “犯人”は飯島が練習するのを邪魔したくて、笛を隠した可能性は……ないと思いたい。ついさっき分析した飯島の人物像では、そんな恨みを買うことはないはずだ。

「昨日の夕方に鍵を掛けたときには笛があって、今日の朝来たときにはなくなっていたということは、凄く単純に考えれば、今朝、日番が鍵を開けてから君が当臆してくるまでの間に、誰かが持って行ったことになるけど」

「そのくらいなら自分で思い付いた。記憶を掘り返して、必死に思い出したよ。僕より早くに来ていたのは五人だった。日番の牛尾うしお君と石田いしださん、隣の席の皆元かいもとさん、それから安井やすい高木たかぎだ」

 女子は全員さん付けに対し、男子の方は違いがある。呼び捨ての二人は、飯島と特に仲のいい悪友だ。

「……皆元さんが隣って、うらやましい」

「……関係ないだろ。でも確かにラッキーだと思った」

 転校して来て間もない皆元雪菜ゆきなは、ワンランク上のかわいさを誇り、藤田ら他のクラスの男子にも評判は届いている。と言うより、噂を聞きつけ、実際に見に行った連中の多いこと。藤田も人のことは言えないが。確かに整った顔立ちだと誰もが認めるかわいらしさだった。

「授業に集中できないんじゃない?」

「うーん、いいところを見せようと、気が張っている感じだなあ。他の男子も似たようなもん」

「だろうね。事情聴取ってことで、話をしたいな」

「おーい、真面目にやれ」

「うんうん、真剣だよ。その五人には話を聞きたい」

 にこにこしながら言った藤田に、飯島は「しょうがねえ。聞くなら今がチャンスかもしれない」と言った。その五人全員、二組の教室にいるらしい。


「今朝、変わったことがなかったかって?」

 藤田は真っ先に皆元に聞いた。自己紹介のあと、本当は学校探偵だなんて名乗りたくなかったが、依頼に応えるためには仕方がない。

「そう、変わったことや気付いたことがあれば、教えて欲しい。なかったかな」

 藤田の隣では飯島が、「おい、そんなこと聞いて何の役に立つ?」と肘でつついてくるが、無視しておく。

「あったわ」

 形・色艶、すべてに渡っていい感じの唇がそう答えた。飯島が「まじ?」と驚いているが。これも無視した藤田は重ねて聞いた。さも、予想していたかのように余裕たっぷりの口ぶりで。

「やっぱり。詳しく話してもらえる?」

「いいわよ。実は」

 皆元の視線が、藤田から飯島に一瞬移った。

「そっちの飯島君の机と、私の机とが入れ替わっていたの。すぐに気付いて、元通りにさせてもらったわ」

「そんなことが」

 飯島は驚くことしきりであるが、藤田は平静を装ってさらに質問する。

「誰の仕業だか、心当たりはある?」

「うん? 全然気にしてないから、考えもしなかった。だって、そうじのときに動かすでしょう、机って。入れ替わってしまうことぐらいあるんじゃないかな」

「なるほどね。もし誰かが入れ替えたとしたら、誰だと思う?」

「えっと。飯島君?」

「や、やってないよ」

 今度は大いに慌てる飯島。足をじたばたさせ、目はきょろきょろ。手は何かを掴もうと開けたり閉じたりを繰り返す。その落ち着きのなさが、かえって怪しく映ることを、まだ子供だから理解できないようだ。

「ごめんね。この場にいてそんな質問されたから、そういう意味かなと思っただけ。怪しいなんて、ほんとは思ってないから」

 かわいらしく謝られ、飯島は瞬く間に平静になり、次に幸せそうににやけた。

 そんな飯島に気付いて、藤田は密かに苦笑しながらも、思い付いたばかりの質問をした。

「もう一つ聞きたいんだけど、皆元さんは音楽の縦笛、家に持ち帰っている?」

「ええ。当たり前じゃない?」

「うん、女子はそうだよね。ありがとう。参考になったよ」

「何の話?」

 学校探偵だとは名乗ったけれども、縦笛消失の件は言っていない。訝しそうに眉を寄せた皆元に、藤田は笑顔でもう一度礼を言った。

「ひょっとしたらまた話を聞きに来るかもしれないけど、多分、もう大丈夫だよ。本当に助かった、ありがとうね」

 それからきびすを返し、五年二組の教室を出て行こうとする藤田。目の前をすり抜けられた飯島が、驚いたように腕を伸ばして引き留めてきた。

「おいおい、他の四人にも聞けって」

「いや、多分だけど、もう充分だよ」

 廊下に出た。声量を抑えつつ、会話を続ける。

「ええ? 何でそうなる? ……まさか藤田、おまえ――」

「皆元さんと話をしたかっただけって訳じゃないからね」

「先回りするなよ!」

「気にしない気にしない。いいからこっちへ」

 さっきとは逆に、藤田が飯島の腕を掴みその階の端っこまで引っ張っていく。

「何だよ」

「謎は解けた、かもしれない。確証を掴む前に、飯島君に聞いてもらいたいんだ。君の判断が重要だと思うから」

「……分かった。聞く」

 藤田の口調に真剣さを嗅ぎ取ったのか、飯島もまた真剣に応じた。

「最初に確認だ。飯島君より模索に教室に来ていたのは、さっき言った五人だけで間違いない? 来てすぐに出て行った人とか、違うクラスの人がいたとか」

「ないな。下駄箱のところで、何となく見るのが癖なんだよ。クラスの誰が来ていて誰が来てないかを。あと、よそのクラスの人がいれば目立つしな」

「うん、分かった。ありがとう。さて――あえて犯人と呼ぶけど。飯島君の縦笛を持ち去った犯人は、間違えたんだよ」

「……さっきの話からして、皆元さんのと間違えたってことか!」

 なかなか察しがいい。藤田は首を縦にしっかりと振った。

「犯人は、君と皆元さんの机が入れ替わってるとは知らずに、つい持って行ってしまったんじゃないかと思う。さっき両方の机を観察したけど、落書きや傷は一切なくて、天板も似た木目だから簡単には区別が付かない。特に慌ててるときなんかは」

「でも、何で今日の朝なんだ。やるならいつでもいいじゃん」

「さっき、僕が皆元さんに質問してただろ。彼女は普段、笛を家に持ち帰っている」

「あー、そうか。今朝は、皆元さんの机から縦笛がはみ出している、と思ったんだな、犯人の奴」

「恐らくね。他人の目があったから、確かめる余裕がなくて、見付けた瞬間に取っちゃったのかな」

「で、誰なんだよ、そいつは」

 両手にこぶしを握る飯島。藤田は「暴力はなしだよ」と前置きした。

「一般論から言って、女子の縦笛を取るなんて考えるのは、まあ男子だよね。あんなにかわいい皆元さんだし、無理もない。その笛でどうする気だったかは知らないけど、気持ちは分かる。だよな? この気持ちが分からない奴は、皆元さんのかわいらしさが理解できない変人だよ」

 犯人を擁護する意味で、藤田も縦笛が欲しそうなふりをした。同意を求められた飯島も、仕方がないように首肯した。

「動機は分かったから、早く名前を」

「君は友達には聞いたんだろ。笛がなくなった、知らないかって」

「ああ」

「もしも安井君か高木君が縦笛を取ったのなら、飯島君の話を聞いた瞬間に、間違えた!って気付く。そのあとどうするか。いつまでも持っていてもしょうがない。かといってまともに返したら怒られるかもしれない」

「そりゃ、怒るさ」

「となると、こっそり返すのが一番ありそうだろ。でも昼休みになったっていうのに、笛はまだ戻って来ていない。少なくとも、僕に依頼するために教室を出たんだから、チャンスはあったはずだ」

「なるほど。ということは、高木と安井は犯人ではないと」

「そうなるね。つまり、残るただ一人の男子、牛尾君が怪しいとなる」

「うーん、そうか……。ううん? 待てよ。皆元さんは教室に来て間もなく、机の入れ替わりに気付いて、すぐに元通りにしたと言っていたよな。その様子を見ていたら、間違えたって分かるぞ?」

「それはないと思うよ。犯人が笛を取った時点で、皆元さんはまだ来てない。そして犯人としては、見咎められない内に笛を隠したい。となると、教室を出て行って、どこか人目に付かない場所で分解し、ポケットや服の下にでも隠すのが現実的じゃないか。日番なら何だかんだ用事があるように見せ掛けて、教室を出入りできるよね。そういう風に牛尾君が教室を出ている間に皆元さんが来て、さっと机を戻したんじゃないかな」

 机の入れ替えを知らないままなら、笛の間違いに気付かず、後生大事に持っていてもおかしくない。

「……はあ、ありそう……。ガリ勉タイプの付き合いづらい奴って思ったけど、スケベなとこもあるんだな」

 大きなため息のあと、そう言って笑った飯島。藤田は一応、注意しておく。

「まだ牛尾君と決まった訳じゃないからね。他の可能性だってゼロじゃない。例えば、女子の日番の石田さんが」

「分かってるよ。でも、牛尾で決まりだろ」

 最有力容疑者となったせいか、呼び捨て扱いになっている。

「いやいや、分かんないよ。男子が皆元さんをちやほやするから、嫉妬して音楽テストで困らせてやろうと、笛を隠したのかもしれない」

「そういうイメージはねえって。皆元さんと石田さん、めっちゃ仲いいし」

「女子は僕ら以上に裏と表があって」

「何でそんなに頑張るんだ。笛を机の中に放置してること自体、女子の間では珍しいだろうから、確かめもせずに取りはしないだろ。だから石田さんだけじゃなく、女子ではあり得ないと思うぜ」

「――うーん、名推理だね、反論が思い付かないや」

 苦笑いを浮かべた藤田に、飯島の方は呆れた笑いを返した。

「ああ、もう分かった分かった。牛尾をどうこうするなんてことはない。約束する」

「それならいいんだ。あとは自分で決めてくれ。確かめるだけならどうぞ自由に」

「確かめない訳にはいかないだろ。縦笛返してもらう。あーあ、僕の笛に変なことしてないでいてくれよ」

 祈るかのように両手を組み合わせ、何度も振る飯島だった。


「まだ疑問が残ってるんだ」

 後日、飯島が藤田を再度訪ね、聞いてきた。

「何で僕の机と皆元さんの机、入れ替わったんだろう? あの日は日番だったからそうじが終わるまで付き合ってたんだ。最後、机はちゃんとした位置にあったぞ。間違いない」

「だろうね。そうなると、入れ替わりの可能性はそのあとに移る」

「そのあとって何。朝まで待つのか」

「いや。飯島君は先生に、教室の鍵は朝まで誰も持ち出しはしなかったと聞いたから、夕方以降、誰も入っていないと思い込んでるけど、実際は違う」

「先生が嘘を?」

「うーん、嘘じゃないけど、不完全な返答だと言えるかな。君だって知ってるはずだけどね。ほら、蛍光灯」

 その一言で理解したようだ。飯島は大きな声で「あ!」と叫んだ。

「業者が来て、蛍光灯を交換したんだったっけ。当然、鍵を使って教室に入った」

「うん。そして交換するとき、足場がないことに気が付いたんじゃないかな。あるいは、脚立を持って来るのを忘れたか。それで手近の机を寄せて、足場にして蛍光灯を交換した。最後に元に戻そうとしたんだろうけど、何かの手違いで入れ替わった。ひょっとしたら、机に足跡を付けてしまい、丁寧に拭く内に入れ替わったのかもね」

「全ての原因はそれかぁ」

 飯島は両目を閉じ、また盛大に息を吐き出す。机の入れ替わる様がまざまざと浮かんだらしい。

「もう二度とごめんだね、こんな目に遭うのは」

「だったら、とりあえずは席替えを早くしてもらうといいんじゃない?」

 藤田の提案を、飯島は一笑に付した。

「冗談じゃないぜ!」

 だろうねと、藤田はにやにやする。

 彼には分かっていた。飯島が下駄箱のところで毎朝、クラスの誰が来ているかなんて面倒なチェックをする理由が。


 おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

学校探偵:机をふいたら笛がふけなくなった話 小石原淳 @koIshiara-Jun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ