卒業式にサヨナラを 後編
俺は別れを惜しみながら、たくさんの事をサクラと話していった。友達のこと、家の事、思いつく限りの事を全部。
そうしてしばらく話しているうちに、ふと会話が途切れて静寂が訪れた。
すると、何だか急に、頭の中がクリアになっていく。言うなら今だ、今しかないと、心の中で何かが叫んでいる。俺は意を決して、ずっと言わなきゃいけないと思っていた事を、サクラに言った。
「サクラ。俺さ、今日でこの学校を卒業するんだ」
「うん、知ってるよ。今日は卒業式で、ユージは三年生だもんね」
やっぱり分かっていたか。そうだよな、知らないはず、無いものな。
「サクラは知ってるかどうかわからないけどさ。卒業したら、もう今までみたいには会えなくなるんだ」
「それくらい分かってるよ。もうユージとは、今までみたいに会えないんでしょ」
サクラの笑顔に、スッと影が差す。
いつも無邪気に笑っていたサクラ。こんな表情を見るのは初めてだ。俺は何も、サクラを悲しませたいわけじゃ無い。だから、勇気を振り絞って、想いを伝える。
「俺、サクラの事が好きだ。俺は人間で、サクラは木の精だけど、そんなことはどうでもいい。俺にとってはサクラが、一番大切な女の子なんだ!」
普通ならこっ恥ずかしくて、絶対に言えないような台詞。だけどここで言わなかったら、一生後悔するだろう。俺の告白を聞いたサクラは、一瞬驚いたように目を見開いたものの、すぐに柔らかな笑みを浮かべる。
「うん、それも知ってた。でも、ちょっと自信無かった。ユージってば、私が何度も好きだって言ってるのに、反応薄いんだもの」
「へ? いや、お前好きだなんて言った事……」
……有るな。
無邪気に笑いながら、悪戯っぽく言っていたっけ。『私これでも、ユージのこと好きなんだけどなあ』って、何度も。けどそれは、軽めの口調で冗談っぽく言っていて、全然本気には見えなかった。
「あれって、本気だったのかよ?」
「もちろん本気だよ。何? 嘘だと思ってたの?」
「仕方ないだろ。あんな軽いノリで言われても……すまん、気づかなくて悪かった」
ぺこりと頭を下げて、素直に謝る事にする。サクラの態度にもやはり問題があったとは思うけど、気づかなかったのは事実だから。
けど、両想いか。悪くない響きだ。
「それでさ、サクラ。俺は卒業してからも、サクラと一緒にいたいって思ってる」
「それは私だって、そうしたいよ……」
「そう言ってくれて嬉しいよ。だから俺、絶対にこの学校に戻ってこようと思うんだ」
「えっ、そんな事できるの?」
キョトンとした顔になるサクラ。出来るんだよな、これが。
もちろん簡単な方法じゃないけど、俺はやると決めたんだ。
「俺、大学の教育学部に進むんだ。勉強は苦手だったんだけど、それでも頑張って、何とか受かったんだよ。教員免許を取ったら、絶対にこの学校に戻って来る。そしたら、また会おうぜ」
女の子の為に将来を決める。しかも相手は人間じゃなく、俺にしか見えない桜の精なのに、そんなのバカげていると言う奴もいるかもしれない。だけど俺は真剣なんだ。
サクラと一緒にいるために、苦手な勉強だって頑張った。動機は不純だし、理解してもらおうだなんて思っちゃいない。だけどこれが、サクラと一緒にいるための数少ない方法だから。本気で努力する事が出来たんだ。
それでもちゃんと合格できるか自信が無くて、落ちたらどうしようって不安もあった。サクラが俺の事をどう思っているかも、今日まで聞いてはいなかったから、今までこの事は話せないでいたけれど。サクラはこんな俺の事を、どう思っているだろう?
ドキドキしながら様子を伺うと、サクラは何かを考えるように、顎に手を当ててじっと俺を見つめていた。
「ねえユージ、大学を卒業して戻って来るまで、どれくらいかかるの?」
「えっ? そうだなあ、上手くいけば4年ってとこかな」
「4年……4年かあ」
元気の無い様子で、俯くサクラ。もしかしてこれは、あまり喜んでない?
この様子だと、俺が勝手に色んなことを決めた事に怒っているのでは無さそうだけど、あまり良い反応とは言えないかも。それにさっき言った戻って来るための計画は、全部上手くいくという保証はない。もしかしたら教員免許を取るのに、思ったよりも時間が掛かるかもしれないし、母校に行きたいという希望が、必ず通るとも限らない。そんな穴だらけの計画なのだ。
もしかして、失敗したか? そう思っていると、不意にサクラが顔を上げて、もう一度俺を見てくる。
「よし、決めた!」
元気よく言い放つサクラ。けど、決めたって何を?
困惑していると、サクラはニコニコしながら俺のすぐ前まで歩いて来て、少し身を屈めながら、上目遣いで見上げてくる。
「ねえユージ、確認するけど、私の事好きなんだよね?」
「えっ? ええと、それは……」
「どうなの?」
そりゃ好きだけど、改めて聞かれると、照れてしまって返事しにくい。いや、ここで躊躇してどうする。さっき一度告白しただろう。それにサクラとは、今日で一旦はお別れなんだ。だから最後は、本当の気持ちをぶつけたい。
「好きだよ……大好きだ。ずっと一緒にいたいって思ってる」
照れながらも、何とか素直な気持ちを口にする。するとサクラの表情が、ぱあっと明るくなる。
「嬉しい! 私もユージの事、大好きだよ。ねえユージ、ちょっとこっちに来てみて」
「何かあるのか?」
「いいからいいから」
そうして俺は、サクラの本体である、桜の木の前へと連れて行かれる。
「ユージ、ちょっと私に触れてみて」
「ええっ、サクラにか?」
「違う違う。この私じゃなくて、本体の方。その木を触ってくれないかな」
「ああ、こっちか。ええと、こうか?」
スッと上げた右手で、桜の木に触れる。何の変哲も無い木だけど、桜の本体だと思うと、妙にこそばゆく感じてしまう。
「それでこの後、どうすればいいんだ?」
「そのままで良いよ。後は、私がやるから……」
サクラが嬉しそうに、笑みを浮かべる。
やるって、何を? そう思った瞬間、不意に右手が、木の中へと吸い込まれ始めた。
「うわっ⁉ な、何だ⁉」
慌てて手を引っ込めようとするも、抜けない。手首辺りまで木に吸い込まれてしまった右手は、まるで底なし沼にでもハマったかのように、いくら力を込めても、引っ張り出す事が出来なかった。
桜の木は俺の手を飲み込んでいる部分だけ、蜃気楼のように歪んで見えて。それはまるで、人間を喰らう怪物のように思えた。
「サクラ、何だよこれ⁉ 助けてくれ!」
必死になって叫ぶと、サクラは少し困ったような顔をする。
「ユージ落ち着いて。ビックリしたかもしれないけど、大丈夫。怖い事なんて何もないから。ユージはこれから、私と一つになるの」
サクラと一つに? 言っていることが分からずに混乱していると、更に言葉を続けてくる。
「ユージは、桜の木の……私の中で生き続けるんだよ。私、ユージと離れたくないから。本当はずっとこうしたかったんだけど、ユージの気持ちは無視したくなかったから、今までできなかった。だから今日、ユージが好きって言ってくれて、とても嬉しかったの。ユージも同じ気持ちなら、良いよね」
言っていることが分からない。サクラの中で生き続けるって、どういう事だよ⁉ 一生、木の中から出られないって事か⁉
ダメだろ。帰らないと、親や友達も心配するし……あれ、親や友達って、何だっけ?
そうしている間にも手はどんどん木の中へと吸い込まれていき、肘、肩と、徐々に俺の体は姿を消していく。
「ユージが戻って来るって言ってくれた時も、嬉しかった。だけど4年も会えないだなんて、そんなの嫌だよ。待たなくてもいいんだよ。こうして一つになっちゃえば、ずっと一緒にいられるんだもの」
サクラと、ずっと一緒に……それは、とても良い事だ。
何だか意識がもうろうとしてきた。心地良い桜の香りが、身体を包み込む。もうサクラ以外の事なんて、どうでもいいって思えてくる。
頑張って受かった大学の事も、合格を喜んでくれた人達の事も、全て。だってもう、ロクに思い出す事もできないのだから。
「好きだよ、サクラ」
「私もだよ、ユージ。これからは、ずっと一緒だね」
満面の笑みを浮かべるサクラを見て、この事出会えて、好きになって本当に良かったと俺は思った。
サヨナラ、皆。俺、桜と幸せになるよ。
そしてそれが、俺の最後の記憶。次の瞬間、俺の体は完全に木に飲み込まれ、それを見届けたサクラは、満足そうに息をついた。
「よかった、ユージが受け入れてくれて。私も、そっちに行くね」
嬉しそうにはしゃぎながら、桜の木に吸い込まれていくサクラ。そうして校舎裏には、誰の影も無くなったのだった。
卒業式のあった日の夜、卒業生の男子生徒、江本雄二の捜索願いが出された。
せっかく第一志望の大学に受かったのに、どうして失踪なんてと、両親は涙した。親しかった彼の友達も、打ち上げに来ると言っていた、約束を破っていなくなるはずが無いと、口々に言っていた。
警察は、家出と事件の両方から捜査を行っているが、その足取りはつかめていない。
唯一の手掛かりは、学校の校舎裏で発見された、彼の鞄と卒業証書の入った筒だけだった。
江本雄二が今どこにいるのか、それは誰にも分からない。
彼の持ち物が見つかった傍にあった桜の木は、それからも綺麗な花を咲かせていくのだった。
卒業式にサヨナラを 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi
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