コールドスリープの朝寝坊

ちびまるフォイ

いっぱつで目がさめるような言葉

「はぁ、今月もギリギリだわ……」


ほとんど貯蓄できていない家計簿を見て長い溜息をつくお母さん。

なにかいいパートでも無いものかと探していると、すぐに子どもたちを起こす時間に。


「ほら、起きなさーーい!!」


なれた手付きで布団を剥ぎ取ると、

備え付けのドラを鳴らしながら冷水バケツのスイッチを入れる。

まもなくビシャビシャになった息子が諦めたように起床する。


「母さん……もっと普通に起こしてくれないか」


「普通に起こしても起きないからでしょう? は! これだわ!!」


お母さんはついに世界の真理という名の自分の適性に気がついた。

かれこれ人を起こすことに関して自分の右に出るものはいない。


この特殊技能を活かせる職業はないものか。


「あった!! これよ! 冷凍人間起床パート・アルバイト!!」


お母さんは早速応募すると、面接と実技試験を経て合格した。

通されたのは最先端科学技術が集う地下秘密研究所。


秘密にしすぎて研究所の道のりをちゃんと理解できる人はごくわずか。


「それで、私はなにをすればいいんですか?」


「この方を起こしてください」


カプセルに入った人間が目の前に現れた。


「この人は今コールドスリープ状態になっています。

 本来はもう目が覚める設定なんですけど、

 あまりに長い間眠っていたせいか冷凍催眠状態が解除されません」


「つ、つまり……」


「叩き起こしてください」


お母さんは勝負服の割烹着に着替えると、

太陽が登ってもなおコールドスリープしている人間に立ち向かった。


「お・は・よ・う~~~~~!!!!」


鼓膜が破れるギリギリのラインを見極めて、

お母さんの耳をつんざく優しいおはようボイスが放たれる。


「……」


「起きませんね……」


「ええ、なにせ冷凍睡眠状態は普通の睡眠とは違います。

 より深く眠らせて体内活動を抑えるのが狙いですから」


「それならこれはどうかしら!」


お母さんはおもむろにカレーライスを作り始めた。


「なるほど。眠っていても体の生命活動は続いている。

 つまり、この美味しそうな匂いで目を覚まさせるというわけですね!」


「いえ、これをかけます」

「は?」


お母さんは煮えたぎるずんどう鍋に入ったカレーをぶちまけた。

コールドスリープが一瞬にしてホットへと切り替わる。


「……」


「こ、これでも起きないの!?」


「我ながら自分の開発した冷凍睡眠装置の凄さに驚きました。

 嗅覚や痛覚を刺激してもまるで反応が無いようですね」


「いったいどうすれば……」


その後もお母さんはこれまで寝起きの悪い子供で培ったノウハウを

余すところなく実践したがどれも成果は出なかった。


「もう十分ですよ。本当にありがとうございます」


「いえしかし……」


「いいんです。元はといえば、冷凍睡眠装置を作ったのに

 それに見合うだけの冷凍起床装置を作れなかった私に落ち度があるのです」


「教えてください」


「……なにをですか?」


「この冷凍睡眠の方の情報です」


そう問うお母さんの瞳は平日の夕方のタイムセールのとき同じように

けして諦めない決意の炎がメラメラと燃えていた。


「こんなものを見てどうするんですか?」


催眠患者のカルテを渡すとお母さんは一心不乱に目を通す。


「私は間違っていました。人には人の乳酸菌があるように、

 人に合わせた起こし方があるんだということを忘れていました」


「しかしあれだけやったのに……」


「これだわ!」


お母さんは冷凍中の人間が妻子持ちだったことを知ると、そっと耳元でささやいた。

すると、あれほど深く眠っていた男は目をバチッと開けて冷凍睡眠から目を覚ました。


「おおおお!! ついにやりましたね!!」


「こ、ここは……!?」


「覚えていませんか? まあ、長く眠っていましたから無理ないですね。

 あなたは今までずっと冷凍睡眠状態だったんですよ」


「そ、そうだったんですか……ああ、思い出してきました……良かった……」


男は安心してその場にへたりこんだ。

その鮮やかな起こし方を見てお母さんに尋ねてみた。


「驚きました。いったいどんな魔法を使って起こしたんです?」


「ええ、ちょっと耳元で言っただけですよ」


お母さんは同じようにまた耳元で囁いた。



『あなた、ちょっと大事な話があるの』



その言葉に男の背筋は凍りついた。

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