ハイファンタジーの新米勇者.Ⅱ



「おまたせしました、クロトリさん」

「いえいえ、此方こそ申し訳ないです、お姉さん」


 場所は変わって、国営ギルド談話室。

 深夜勤務中のギルド職員の方に詫びを入れ、お姉さんを迎え入れます。基本日勤は十数人体制ですが、泊まり込みの方も多い故夜勤務は人数が絞られています。

 ですので、就寝中の方々を起こさない為にも、防音性に優れた談話室を利用させて頂きました。

 深夜帯にも関わらず、薄らとお化粧を施し、何処か淫靡的な印象すら伴うお姉さん。粒子纏う、肩で揃えられた銀髪を掬い、柔らかな微笑みを零します。

 もう一方の手には、酷く怯えた表情のティサさん。先程、深夜勤務の職員が呆けた顔をしていたのはどうやらこれが原因でしょう。


「……えと、大丈夫、ですか?」

「大丈夫ですよ」

「あ、そうです、か」


 一応、ティサさんにお聞きしたつもりなのですが、お姉さんが代弁してくれたようで。首の骨が心配になる程頭を振っているので何があったかは聞かない方がいいでしょう。

 何故下着同然の姿なのでしょうか?とか。フード付きの外套が、辛うじて微かな凹凸に引っ掛かっているだけと言うかなり危ない状況。深夜勤務の方が女性で助かりましたよ、ええ。


「じゃあ取り敢えず」


 自分の声に、酷く狼狽した様子を見せるハイジさん。視線の先ーー腕には、真新しい切り傷が。


「ああ、日常茶飯事なので大丈夫ですよ。ーーでは取り敢えず、着替えて来てください」


 以前野生動物を保護した時のように、ゆっくりと、抑揚を意識して話しかけます。ティサさんは震えながらも頷き、瞳に涙を溜め、覚束ない足取りで更衣室の方へと。予め、お姉さんが着替えを用意して下さっていたのでしょう。どうやら余程、硝子の件が腹に据えかねていたようで。

 ーーあの、野生動物の際は赤ちゃん言葉まで使っていたと言うのに。後に判明した事ですが、まさか人語を解する幻想生物とは思いもしませんでしたが。


「で、えーと、夜雀さんは?」


 あの後、当たり前のように影から現れたお姉さんに、夜雀さんと共にティサさん確保の依頼をお願いした筈ですが……


「子供は寝る時間ですよ♪」

「いえ確かに夜雀さんはまだ十九ですが……」

「子供は寝る時間ですよ♪」

「答えてくれないんですね、分かりました」


 無事ならそれでいいのですが。まあ、お姉さんと夜雀さんとのタッグに勝てる、または逃亡出来る人物などこの王都、いや王国には自分の知る限り二人しか存在しませんし。


「あの……」

「ああ、ティサさん。着替え終わりましたかーー」


 そこにあったのは、一変したティサさんの姿。第一印象から総じて、ガから始まりサツで終わる行動、言動しか見てきていない自分では、到底想像も出来ないような。

 梳いた天色の髪は柔らかに揺れ、上気した頰が保護欲をくすぐります。ギルド支給の、黒を基調とした女性用制服ながら所々に改造が施してあり、受付嬢としても十二分に通用する魅力が備わっています。

 柑橘系の香油、でしょうか。仄かな新緑が鼻腔をくすぐり、清涼感を胸に齎しました。

 ふと視線を感じ、それがドア向こうの夜雀さんだと気付きほっと一安心。親指を立て、満面の笑みを浮かべています。

 確かに、こんな娘が街中を歩いていたら視線は移り、仮に、隣に男が居たならば理不尽なまでの嫉妬心すら抱くでしょう。


「あ、あのーーどう、で、御座いますでしょう……?」

「ええ、似合ってますよ。とてもお綺麗です」

「ーー、ありがとう、ございます……あ、あのーー!」

「はい」

「…………ごめん、なさい。ごめん、ぁさい……己が、みょうな、相談をしたばかりにーー危険な目に、合わせてしまって……はじ、めてなんです……人を、生き物を、殺しかけた事、が。本当にーーごめんなさい……」


 それはきっと、謝って許される問題ではないでしょう。操られていたとはいえ、人を、殺しかけた。大陸法に則って言えば死刑、或いはそれに値する重い罰が与えられます。まあ、勇者、と言う立場故免罪待ったなしでしょうが。


「なぁに、要約すると自分の事じゃありませんか」

「お姉さん、」

「人を殺しかけた。自分の手が、何をしてしまったのか、それの贖罪のため謝った、でしょう?」

「……」

「後ろめたい気持ちがある。でも、心の整理がつかない。そう言う時は、つい本音が出ます。ーー貴女の本音は、自身の保身でした」

「おね、……ジュヴィさ」

「ーーこれが黒鳥さんでなく、別の人なら私とてこんな事言いません」

「おい」

「なんならあの小鳥をぶっ殺して貰っても構わなかったのですよ?」


 夜雀さんの事です。


「ですが、運の悪いことに貴女が狙ったのはクロトリさんでした。それだけで万死に値します」

「……はぃ」

「…………必ず、犯人を突き止めーーコロセ。それが貴女の贖罪で、貴女が侵す初めての殺害です」

「ーーーーは、ぃ」


 密閉された室内に、静かに染み渡る少女の嗚咽。静謐が宿る瞳には、僅かな焔が燻っていました。

 ーー人生で三度目、ですね。勇者の覚醒イベント・・・・・・は。成長のきざはしを悉く覆して行くその様は、正に昇竜の如き。それに共鳴するかのように、自分の左眼も疼きます。

 やがて、呼吸を整えたティサさんが語ったのは勇者になって直後、初黒星となる魔人の襲撃でした。



 ☆



「はぁ、話を纏めますとーー師匠との修行中に突如魔人が出現。丁度師匠が水浴び中だった事もあり、一人で討伐を決行。しかし先手を打たれ、身体に異物が挿入された感触があり、行動の自由を剥奪される。そして、水浴びから戻ってきた師匠を襲った。その際、魔人から『貴様が勇者である限りソレは決して貴様から離れる事はない』、と」


 ーー魔人。

 知性を持ち、人類に比べ高度な戦術と技能とを操る魔王直属の兵士。一般的には、魔物の特殊個体や突然変異などの説があるものの、ハッキリとした答えは出ていません。その答えを知るのはそう、かの魔王のみーーーー。


「はい、己が正気に戻った時には既に、血濡れたお師様の姿が……直後、頭の中から声が響いたのです『勇者である限りーー』と。その後、お師様の紹介で此処を訪ねた訳です」

「ふむ……」


 いえ、それはブラフでしょう。申し訳ないですが、それは有り得ません。所謂魂的なナニカと密接な関係にあるのはかの【スキル】のみ。勿論、スキルによって多少職業は左右されますが、あくまで決めるのは個人の意思によるものです。

 まあ、王が主体となる統治制が上手く機能し、尚且つ既に魔王の一角が討伐されている王国だからこそ言える話ではあるのでしょうが。


「しかし、仮にも勇者、夜雀さんの動きに徐々にですが、対応した異常な成長速度と言い、そこらの魔人には先手を打つどころか相対するのも厳しいのでは?」


 セオリーとして、催眠系の能力を持つ魔人は、本体の戦闘能力が低い事が殆どです。ありがちな話ですが、催眠系の能力はそれ程希少であり、リソースを喰うと言う訳ですね。


「えと、それは……」

「ああ、すみません、言いにくい話であれば結構です。ただ、魔人の特徴だけお願いします」

「は、はい」


 ティサさんの話によると、花型の魔人で名前は不明。淡白な桃色の花を頭部に生やし、全身は二Mメル程。異常に発達した蔦が人を象っているそうです。


「中々、奇妙な個体ですね……!」


 絵に起こしたそれは、確かにファンタジーにのみ存在を許されるクリーチャーそのものでした。


「因みにお姉さんはこの個体に聞き覚えなどは?」

「いえ、何というかその……これは、元々の姿なのでしょうか」

「ーーまぁ、魔物の姿とは違い人語を理解し、【異能】も使えますから……仮に同種の魔物がいたとしても、もしかすると伝え聞く妖精のような外見かもしれませんし」

「いえ、そうではなくーーこれは、成長するのでは?」

「成長?」

「はい、催眠系の【異能】とクロトリさんは仰られましたが……もしかすると宿主ーーティさんに寄生し、成長する【異能】ではないでしょうか?」

「ーーーー冬虫夏草」

「とーちゅーかそー?」

「キノコの一種で、主に虫に感染し、その内部で徐々に増殖。春季を迎える頃に宿主の養分を利用して成長、やがて死に至らしめる珍種ですが漢方薬として知られてまして、中々高価なものが多かったと記憶しています」

「やがて死に……?」

「流石に同じ種とは言いませんが、寄生されている可能性が高いのは確かです。……その魔人と交戦したのは……」

「大体二月程前です。あ、東国と南国の国境付近でした」

「…………そこからここまでなら二週間とかからない筈ですが……、まさか、途中体の不調など……!?」

「いえ、料理が大変美味でつい……」


 中々図太いなこの娘。


「……しかし、寄生、ですか……」


 お姉さんの深く、沈むような声。

 その一言に場の空気が一変し、ティサさんですら貼り付けたような笑顔を見せています。或いは、先程の発言も……。

 自分の心情を見透かされたのか、ティサさんのアホ毛が、不安気に揺れます。その心情を、慮る事も、測る事も、恐らくは叶わないでしょう。魔人に寄生されている、なんて事実を真正面から受け止めるなど、正気の沙汰ではありません。少なくともーー


「…………アホ毛って、フツー動きましたっけ?」

「いえ、普通は動きませんね」

「そうですよね、じゃあ、ティサさんのはーーーーあ逃げた」


 プツッと短い音を残し、毛先?が二股に分かれたティサさんのアホ毛が逃走します。割と素早い。


「ーーーーお姉さん!夜雀さん!!」


 危ない、途中から愛玩動物を見る目になっていました。

 二股に分かれた毛先を器用に滑らせ、自重を感じさせない動きで入口へと。引き戸式のドアの隙間に狙いを付け、するりと


っ」


 に二つに。

 穿たれた突剣にアホ毛はチーズが如く裂け、次いでドアの後ろで待機していた夜雀さんの火属性スキルが炸裂。一瞬、閃光が迸ったかと思うと、影を残し、アホ毛が消滅。灰すら遺さぬオーバーキル。

 …………ギルド内での火属性の使用は厳禁なんですがね。

 と言うかお姉さん、数ミリの、それも結構な素早さを持つ標的を縦に裂くって、


「……」


 そら恐ろしいものを感じましたが、一先ずの危機は去ったようですね。


「しかし、他にも寄生されている方がいないとは言えませんよね……」


 何しろ、勇者にすら寄生する魔人。二級以下の冒険者ならば、それこそ余裕でしょう。

 して、


「見極める、手段は……」

「あるぞ」

「ーー、カナリアさん」


 気付けば・・・・、自分に腰掛けていたカナリアさん。

 金の糸を紡いだ、腰まで届く長髪。血を思わせる、毒々しい紅玉のような瞳。肌は体温を感じさせない程白く、また細くーー若い、ではなく幼い、と言った印象の儚げな美少女。

 薄いながらも性を感じさせる唇から覗く鋭い八重歯に、何処か吸血鬼然としたものを感じます。


「ど、何方でしょうか、この美少女は……!」


 疑問を呈したのはハイジさん。貴女も似たようなものでは?などとは無論言いません。


「この方はカナリアさん。少し特殊なお方でして、このような外見ですが、齢ふがっでふ」

「我はカナリア。齢は十六と少し、王都ギルドのギルドマスターを勤めている」

「ギルドマスター……!」

「ーーあ、すみません夜雀さん、お疲れ様でした。もう大丈夫ですよ」


 立ったまま船を漕ぎだした夜雀さんに帰宅を促します。すると、何故かカナリアさんを押し退け自分にしな垂れかかりました。定型的ですが、良い匂いがします。


「えーと、あ、お話の続きをどうぞ」

「……奴には覚えがある。寄生型の魔人だな、此奴は臆病なんだ。魔物にも、他人に見られるのすら怖がる」

「ああ、」

「お姉さん、どうしました?」

「いえ、まだクロトリさんに通してないんですが最近、ガラスや鏡、水晶を壊される事件が相次いでまして……」

「…………そー言えばブルックさん、あんなヒゲありましたっけ……?」


 一人長閑な高原でヤギ育てながらチーズ作ってそうな外見でしたもんね。唐突なイメチェンにしてはちょっとドッキリが過ぎるものがありました。誰も指摘しなかったのは何故でしょう。


「因みに、同時に何人程度寄生出来るもの何ですか?」

「奴のは寄生ーーではあるのだが根本的には操術に近い。あまり多くを操れば糸がこんがらがる故、な」

「であれば、そう多くはないでしょう……仮にも、勇者に寄生しているのですから」

「そうだと、いいんだがな……」


 含むようなカナリアさんの言葉に思うところはありましたが、兎にも角にも、緊急招集です。硝子の件、唐突な外見の変化、聞きたい事は沢山ありますからね。



 ☆



「えー……と、多すぎません?」


 泊まり込みの職員方を起こし、急遽集めて貰った資料によりますと、少なくとも硝子を始めとする物品の損壊件数は五〇を超え、唐突な外見の変化をされた方は覚えているだけで十数人、ただし両方とも、寄生されての事なのか確かめようがない。


「カナリアさん、話が違うのでは?」


 お姉さんのくぐもった声。場の空気がピリッとします。


「……勇者の力を吸収しているからな、恐らく、潜在的には一級の冒険者程度はあるだろう。この位の数なら、造作もない事よ」

「そんな、ーーたかが二週間程度ですよ!?」

「いやだから普通は気付くんだよもっと早くに!」

「……そんなっ、」


 ティサさんが大仰に床を叩きます。


「……己が、食べ歩きなどしたばかりに……!」


 いや、ホントそれ。


「……ブルックさん、一日で凄い髭生えたなぁ……って、思った筈なのに……!」


 冒険者支援窓口担当の職員です。日々冒険者と顔を合わせている為か、唐突な外見の変化を一番知っている人物でもあります。ただ、


「まぁ、どうでもいいかなぁって……!」


 人の機微に疎過ぎるきらいがあるんですよね。観察眼は化け物並なんですが。誰だよコレを窓口に置いたの。


「あ、」

「お姉さん、どうしました?」

「被害総額が、いえ何でもないです」


 一体何を壊したんだ。


「えーと、取り敢えず……毟って来て下さい。全員分」


 お姉さんから支給されたカミソリを手に、皆が一斉に頷きます。自分のミスを無かった事にする荒技ですね。多分後で酔っぱらって、とか心身の不調による暴走、とか思春期故の行動、とかありもしない事書かれるんです。


「多分、その内本体が出て来ると思いますので……それまでに編成は此方でしておきますね」


 一級冒険者程度と言う話ですからね。或いはそれ以上を想定し、念には念を入れた、変則パーティーを派遣致します。

 あ、お姉さんと夜雀さん、ティサさんは休憩なさっていて下さい。此処からは自分の仕事ですので。


「いえ、責任の大部分は己に!であれば、ギルドの一員となり身を粉にしてーー」

「ギルドの一員であるなら、副ギルド長の言う事は絶対ですよぉ」

「え、副ギルドちょぉっ」


 眉間に皺を寄せながらも、お姉さんに強引に退出させられたティサさん。

 ……権力とかに弱いタイプなんでしょうか?


「我は行かなくていいのか?」

「カナリアさんはまぁ、後々面倒な事になりかねませんし……」


 元闇の主人たる彼女を派遣するには、小物相手ではどうしても目劣りしてしまう。


「それに、今回の主役は勇者様ですので」


 即時即決即解決、どんな依頼もスピーディーに。

 責任を胸に、信念を糧に、

 ーーさ、頑張りましょうか。


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幻想世界の職業斡旋士 ネコモドキ @nekomodoki

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