ハイファンタジーの新米勇者 .Ⅰ

 大陸で一、二を誇る規模と物流、国土、人民の種族の坩堝にある国、王国。内、国土の四分の一を占める王都、その西方に位置する国営のギルドが、自分の勤務先です。

 ギルド、と一言にしても幻想世界ハイファンタジーのギルドには様々かつ種々雑多な役割とが存在し、そのどれもが個性豊かなものだとは思いますが、この世界においてギルドとは、簡潔に表現するならばそう、役場のようなものですかね。ーーただ、魔物や、それらを従える魔王と言った、人類にとって共通の敵が在る以上、冒険者の名前を冠した抑止力の存在が必要になる訳で。

 それらを管理し、派遣するのもまた、ギルドの仕事です。

 自分はその一工程にすぎないのですが、職業斡旋士ーー所謂リクルーターと言うやつですね。 正しくはリクルーターもどき、ですか。以前派遣会社で働いていた経験を活かして、その中堅管理職を見様見真似で始めたのですが、まあこれが毎日ゲロぶちまけそうな程大変でして。

 半年程前ですか、今でこそ衛生管理(物理)士になられた無法者アウトロー盗掘士ローグの方々ですが、それらを見極め、引き抜き、斡旋し、派遣するーーのも自分の仕事のうちです。あの時は、プルプルしながら懇願しに行きました。

 だって彼が救護施設の方とチョメチョメしちゃったから。クレームが入れば即行動、前職のサーガが身に染みてますね。

 とは言え、最近は魔王の動向も収まり、魔物の集団発生スタンピードこそありますが、ブルックさん率いる精鋭部隊の皆様に頑張って頂いているお陰か、多大な死傷者のニュースは此の所聞いていません。

 新調したばかりの、ちょっとだけ以前より高解度のガラス窓からは、昼下がりの木漏れ日が差し込みます。

 ーー久々に、ピクニックもいいですね。慰労も込めて、何人か誘って行きますか、

 とかそんな事考えたら来るんだもんなぁ、厄介ごと。



「たのもーーーー!!」


 がっしゃーーっん。

 て音と共に、一人の女性、いえ少女が乱入、もとい、いらっしゃいました。


「ぶち殺してやろうかこのアご用件の程マ?」


 受付のお姉さんの笑顔の奥に潜む闇に、ギルド中が凍り付きましたが、慣れたもので、瞬間解凍の後中央カウンターの前にあった人だかりは綺麗にはけていきました。ええ、自分とお姉さんと少女とが場を支配しています。カースト的にはお姉さん<超えられない壁<少女<自分ですかね。はは。


「アオミドリさんは何処いずこへ?」

「ご用件をどうぞ」

「いえですからアオミドリさんを、」

「ご用件をどうぞ」

「あの!じぶんはアオミドリさんを!」

ご用件をどうぞさっさと言えや


 お姉さんの声がダブって聞こえたので耳の調子が悪いみたいです帰りたいです。


「己、名をティサ・パエオニアと申します。この度はアオミドリさんのお噂をお聞きし、こうして参上仕りました」

「という事で引き継ぎお願いしますカワセミさん」

「持病の腹痛が」

「胃薬をどうぞ」

「(畜生)ありがとうございます」


 春季に入って五日目ですが、既に二袋目へと突入した胃薬の異様な減り具合を知らない筈はない受付のお姉さんの笑顔がとても眩しかったです。


「おや、カワセミさん、ですか?アオミドリさんは……」

「自分がそのアオミドリですよ。少し遠方の生まれでして、そこでカワセミと言う翡翠色の羽根を持つ鳥の名前をつけて頂いたのですが、此方の方に似た色の羽根を持つ魔物がいるらしく。また、同じ鳥型の魔物で、姿形も何処と無く似ていたので……まあ、あだ名のようなものです。お好きな方でお呼び下さい」

「……不躾ながら、魔物の名前を付けられて、嫌では無いのですか……?」

「いえ別に?名前がどうであれ、魔物に成る訳ではあるまいし何より、自分はカワセミもアオミドリも気に入ってますよ」

「そう、ですか……」

「所で、自分に用事があるのでは?」

「ああ!申し訳ない。貴方の手腕を是非、遺憾無く発揮して頂きたく思いまして、こうして馳せ参じました……!」

「はぁ……」

「ーーーー何でも以前、勇者の転職を可能にしたとか!」


 そう言った彼女の胸元には、東国の紋章ーーとぐろを巻く龍と交差する刀ーーが入ったペンダントが。

 これは、国に『勇者』として認められた証明でもあります。そして、彼女が勇者の転職を持ち出してくるとなるとーーーー


「お帰りください」


 自分は、今月一番の笑顔を浮かべました。


 ☆



 琥珀色のアホ毛が元気無さげに項垂れます。

 猫を思わせる瞳が、此方をチラチラと伺うのが非常に鬱陶しい。

 一人暗くなる少女を見かねたのか、割れた窓ガラスを丁寧に拾うお姉さんが視線を向けて来ます。


「ーーですが、」


 面倒な依頼、確定なんですよね。

 世間一般で言うところの『勇者』という職に就くには、実の所才能が全てです。それも、持って生まれた才能、天賦の才に限ります。

 まず、この世界には割と原住民に声掛ける系の神による加護と、目に見える才能ーースキルとが存在します。

 更に、お約束と言いますか、何と言いますか……邪神と全能神との代理戦争の縮小版のようなものが、この世界における勇者と魔王の関係です。

 全能神の加護と、それに追随するようにチート系のスキルとがあれば、自動的に国に召喚され勇者として認められます。まあ、自由に国境を越えられる優秀な騎士と言ったイメージが強く、実際その通りだったりします。ただ、国直属の騎士に比べれば人気度や認知度は桁違いのものですね。一部の勇者は、名声それだけでご飯食べてると聞きますし。

 自分の接続詞に喰いついたティサさんが、顔を勢いよく上げ期待に染まった瞳を輝かせます。


「是非!お話だけでも!」

「ーーいえ、その」


 つい、言葉が支えてしまいます。元気なのは無論いい事ですが、少し距離感を考えましょう。


「……その話し方、東国の方ですよね。少し王国風に染めようとしているから余計分かりにくい。とすると、スキルはサムライ系やシノビ系をお持ちですか?」

「よくお分かりで」

「一応職業斡旋士の名を冠するのであれば、現存する全ての職業ジョブが頭に入っています。それで…………何をご希望で?」

「勇者、辞めたいです」


 あっさりと、その言葉を口にする。

 彼女に、その表情に後悔の文字は見当たらない。


「、転職先はもう決まっているのですか?」

「琵琶法師です」

「ぁん?」

「嘘つきました飛脚です」

「まあ、いいでしょう」


 勇者を辞める。

 いえ、正確には転職ですか。

 本来、冒険者であれば言葉はあれですが自営業、或いは貴族の元で傭兵として雇われていたり準一級、一級ともなれば国から直接雇用されるケースは数あります。

 しかし、勇者となると過去の事例を見るに農村出身であったり、孤児院の出、希少な例としては王族やそれに近い地位の貴族が選ばれたりしていますが、結局はその農村出身の勇者も元を辿ればやんごとなき身分の隠し子だったりと出生からして何かしらのドラマを秘めています。

 一番、それが顕著なのはやはり、勇者召喚、ですかね。異世界、異邦の地より勇者となる、なり得る人物を召喚し雇用するーーやってる事拉致と変わりませんが。

 しかし、雇い主は国であり、また自分達も日々死と隣り合わせで生活している故、勇者と言う存在が非常に心強い訳でして。何せ、スポンサーが遙か巨大であり、その時点である一定の信頼を得ている訳です。

 例えそれが犯罪であっても、ある程度は皆目を瞑ります。とは言え、表沙汰に勇者召喚を行なったのは過去数例しかなく、その中でも特に有名なのが50年程前に召喚された初代王国の勇者、7年前に召喚された先代、王国の勇者、ですか。

 あくまで表沙汰、の為王国の召喚事情しか知りませんが、それでも、経験も研鑽もまるで馬鹿にするかの様な成長速度を見せ先代の黒の勇者はついに、南の魔王を屠ったとされています。

 まあ、何が言いたいのかと言うと、


「雇い主が国である以上、その意思は強固かつ巨大であり、必ずしも一枚岩で通るものではありません」

「……存じています」


 ティサさんは再度項垂れ、借りてきた猫の如く身を縮めています。転職の理由を聞きたかったのですが、少々説教臭くなってしまいました。

 ですが、こういった世俗よりの情報も大事なのは確かです。他国の勇者に関する容姿や能力等はまあ、権限をフル活用すれば何とかなり得ますが、人となりを知るには、やはり対面してこそ得られるものがあると言うもの。

 とは言え、自分とて面と向かってお話しした方は数える程度なのですが。


「先に言っておきますが、以前確かに勇者を転職ーー別職へと斡旋させた事があります。ただあれは、数々の偶然や人々の助けとが重なって成し得た事であり、自分と貴女、二人だけではどうしようもなりません」


 何より最悪なのが、東国の勇者を勝手に引き抜いたと疑われる事です。

 いえ、殆ど引き抜きと変わらないのですが、個人の意見としては別に国に所属して欲しい訳ではないですし、勇者を続けて頂いても何方でも構わないのです。

 少なくとも、勇者が自由に国境を越えられるシステムには、国家間の戦争に対する抑止力的な意味も込められていまして、ある国では偽の勇者の名前を使って我が国にはこれだけの戦力があると流布しているそうで。

 しかし、それを鵜呑みにしてしまうのが戦争を影で支える市民の方々です。徴兵は勿論、兵糧を始めとする物資に多大な影響が出ますからね。ぶっちゃけ黒鳥家単体であれば貯蓄があるので向こう三年は心配する必要もないですが。

 ーー話が逸れましたが、兎に角、勇者と言うのは戦闘力と言う意味でも知名度と言う意味でも母国にとっては掛け替えのない、文字通り替の効かない資源であり抑止力なんですよ。

 ーーと言う話を延々と繰り返す事一〇分。返事がこれです。


「承知しました!じゃあ転職辞めます!!」

「ーーは、ぁ。ぁあ、はい」



 ☆



 最早当たり前のように用意されていた二時間の残業を終え、橙色の街灯に照らされた家路を急ぎます。

 舗装された通路に革靴の軽快な音が響き、同時に、邪な気配すら浮かび上がらせます。


「ーーっ、」


 ギルドの貸家まで後曲がり角一つの所で微かな異変。千鳥足のような不規則かつ不安定なタップ。昼間の事もあり、気が立っていたのでしょうーー切掛キーとなる言葉ワードを口にし、スキル・・・を発動。


「…………【飛翠ジェイド鏡鳴・リンク】」


 一瞬眼球に刃を突き刺すような痛みが走り、万華鏡を転がしたかの如く視界が二転三転と移り変わります。

 しばし夢想的な光景の後、翡翠色に枠取られた視界には、霧掛かった自分の背後が投影されました。

 ーーそれと、橙色を反射する、鈍い、銀色。

 荒い鼓動に街が跳ね、瞬間、視界に広がる黒い背中ーー!


「ぐ、おっ、!」


 制服の一部に裂傷が走り、滴り落ちる赤い雫。興奮のせいか痛みはなく、しかし視界に映るは鈍痛のような暗い感情。

 辻斬り、ですかねーーその手元にて存在を誇示し続ける鈍い銀光。刃渡りは果物ナイフを思わせる程に短く、また薄く。少なくとも、余程の達人ではない限り腕の半分にすら刃が届かないだろうと勝手に予測。


「……この場合、どっちなんですかね、余程の力を振り回されている、と言いますか……」


 余裕と、とって良いのでしょうか、視線には逡巡とも取れる移ろいがあります。揺らぎ、ですね。

 これはーーーー

 思案顔の自分に、再度迫る銀光。ギルド支給の外套を翻し、視線を遮るーー、ああくそ!見えてらぁ!


「お、っと!黒鳥くんの全ては僕のものだよ!」


 薄い刃がいとも容易く弾かれ、しかし鈍い音と共に火花が散り、地表を焦がす。快活な笑みを浮かべる闖入者の、息つく間もない獣の如き動きに、呼気が乱れ、銀光がさながら線香花火のように削り取られていくのが分かります。


「、夜雀さん」


 どうしてここに?

 尋ねる前に、彼女はその夜を束ねたが如き長髪をイケメンにかき上げ、満面の笑みを浮かべ叫びました。


「黒鳥くんの血の臭いがしたからね!」


 B級映画のサメかよ。ーーじゃなくて、


「ーー命は、取らないで下さい。恐らくですが……催眠系のスキルです」

「ーーりょーか、い!」


 ツーカーの返答の後、彼女の姿が影に沈み、一瞬の硬直を伴って世界に単色が広がります。

 ガクンと視界が大きく揺れ、僅かながらに捉えたのは彼女の掌。掌底が、顔面に入りました。

 ーー普通、顎か腹じゃない?

 色彩すら判別出来なくなった辻斬りは、重力に従い頭から石畳へと吸い込まれーー


「ーーーー!」


 鏡鳴リンクを切り、色彩が戻ると同時、甲高い音と共にナイフが民家に刺さります。

 一瞬の閃光を浴び一時的に視界が麻痺した自分では、到底呆気なく殺されていたであろう軌跡。

 投擲されたナイフを、素手で弾いた夜雀さんは、辻斬りを睥睨しながらも自分を心配そうに伺います。

 まあ、流れ弾程度には慌てなくなりましたからね。大丈夫ですよーーと、ハンドサインを送るも、意識を切り取られた筈の辻斬りが、幽鬼の如く立ち上がります。


「、夜雀さん!」

「大丈夫っ!」


 意識が無くなり肉体のブレーキが効かなくなったのか、人の身ではあり得ない動きで立ち上がり、奇怪な姿勢のまま滑走して来ます。

 無手。目深く被るフードに隠された表情を、拝む事はついぞ叶いませんでしたが、コートに似た外套には当然ポケットも多数付いており、その殆どが何かしらの重みで膨らんでいます。


「っち、ぃーー」


 命を取らないで下さいとオーダーを出してしまいましたが、意識を絶って尚動くのは流石に予想外ですよ。

 夜雀さんの刺突に、早くも順応し始めた異様な成長速度に思わず舌打ちが漏れてしまいましたが、確実に追い詰めて行っているのもまた事実。

 その外套も所々が解れ、破け、流石の職人芸と言ったところでしょうか、肌こそ見えていますが血は一滴も出ていません。

 そして、首元を狙い穿たれた剣先は、すんでのところで躱した辻斬りのフードを攫い、その素顔を露わにしました。


「…………ティサさん」


 琥珀色のアホ毛は項垂れており、瞳は両共に焦点が合っておらず、口の締まりがなっていないのか端からは一筋の銀糸が。

 パニック映画のゾンビを思わせる、首を120度横に倒し疑問の表情。グギ、と鈍い音が嫌に耳に残ります。


「『ななななんでたおれれなないいい』」

「いやてめえの顔見せろや」


 思わず、苛立った声が溢れてしまう。

 おい、彼女がどんな想いを抱えて当ギルドを訪ねたかは知らないがーー

 少なくとも、あんた・・・の意志とは裏腹のようで、


「は、焦って問題を解決出来そうな奴を始末しに、か?ーー舐めんな、」


 感情の見えない、硝子球のような瞳に儚げな銀光が映ると同時、彼女の口が動きます。


「『【縮地】』」

サムライ系のスキル!」


 一瞬、前屈姿勢をとったハイジさんは、スキル発動と同時、その場に残像を残し忽然と姿を消しました。


「…………はーー」


 歪んだ口元が更に弧を描いた幻覚を垣間見えましたがその直後、夜雀さんが動きます。

 逃げた?は、当たり前だ、ならそうするだろうから。

 だから後は、その道のプロに任せたまで・・・・・・・・です、よ。

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