第18話

三人と別れ、熱海の海岸線の車道をエミリと二人で歩いて行く。

 海は朝日でキラキラと輝いている。

「いい加減機嫌直せよ!」

 エミリはふくれっ面でドンドン歩いて行ってしまう。

「勝手に一千万返したのは悪かったけどさ! 返さないわけにも行かないだろう!」

 奴の背中に向けて叫ぶ。

「また増やせばいいだろう。百万円もタネがありゃあ十分すぎるぐらいだ!」

「そのことじゃないよ!」

 大声を出しながら立ち止まった。

「おねえちゃんと混浴に入ったこと!」

 こっちを振り返ってさらに叫ぶ。

「やっぱりお姉ちゃんとなにかあるんでしょ!」

「な、なにもねえって!」

「じゃあ証拠を見せて!」

 証拠……。まったくこのクソガキは仕様がない――。肩に手を置いた。

 顔を離すと、してやったり顔でニヤニヤ笑っている。

「おまえ、怒ったフリしてたな……?」

「うん! 面白かったよ、健太郎のリアクション!」

 デコピンを喰らわせる。オデコを抑えながらも笑顔。

そしてくるっと俺に背を向けて海の方を見た。

「ねえ。健太郎」

「なんだ?」

「生きるって大変だね」

 非常に似合わないこと言った。

「お姉ちゃんみたいに、大きな組織に入っても大変だし、そうじゃなければ健太郎みたいに一人ででっかい敵と闘わないといけないんだなーって」

 奴の頭に手を乗せる。そして左右に動かす。

「大変なことなんてなんにもねえさ。とりあえず死ななきゃあいいんだ」

「そりゃあ。そうか」

 エミリはクルっと回転して再び俺に顔を向けた。

「ねえ。手をつないで」

 そしてまた歩き出す。エミリは元気に手を振って歩く。

「健太郎はさ。奴らを倒したら。その後はどうしたいの?」

「へっ⁉ あー。そんなこと考えたこともなかった」

「だろうと思った」

 エミリはクスクスと口に手を当てて笑う。

「なんだよ。笑うなよ。おまえはなにかあるのかよ」

「もちろん! そういうのを考えるのはオンナの仕事だからね! あっでも道具置いて来ちゃったな。せっかくお婆ちゃんにもらったのに」

「なんの話――」

「あっ! ねえ健太郎! アレ!」

 俺の発言を遮ってなにかを指さす。エミリが発見したのは、『生しらず丼 一七〇〇円』という看板。ここから五〇〇メートルの所にあるらしい。

「あれお姉ちゃんが言ってた奴じゃない⁉」

「一七〇〇円かあ。高えなあ。あんまり無駄使いするわけには――」

 ……捨てられた子犬の目をされるとどうしてもなんでも許してしまう。

「わかったわかった!」

 エミリはまるで赤ん坊のようになんの不安も屈託もないような笑顔。

「日本は食べ物がホントに美味しいよね! 温泉も癒されるし、来て良かったなー!」

 さすがの俺もこの発言には笑ってしまった。爆笑だ。

「くっ……ハハハハハハハ!」

 エミリは赤面した。

「お母さんにも、エミリはノンキすぎるとか言われてたの……成長してないのかな……」

アレ。まずいこれ止まらない。息が……。

「ヒイイイヒ! ……ゲホッゲホッ!」

「ちょっと! 健太郎! だ、だ、大丈夫!」

 しゃがみこんでしまった、エミリが俺の背中をさすってくれる。

「ゲッホ! あーアブネかった。息止まったわァ」

「死んじゃうかと思ったよ……」

「死ぬモンか。黒玉子、阿呆ほど食べたし」

 エミリはしゃがみこむ俺に顔を近づけて。目をジッと覗きこみながら言った。

「健太郎変わったね」

 なにがと尋ねた。

――よく笑うようになったんじゃない?

 ――この野郎。自分のせいなのに他人ごとみたいに言いやがる。

 エミリに手を引かれまた歩きだす。朝日で銀色の髪がキラキラと輝いている。

 しらす丼もいいけどな。笑いすぎて変な汗をかいた。早く温泉に入りたい。

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温泉狂時代 しゃけ @syake663300

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