第4話「永遠に続け、伝説よ2」

「おい、バーガディン。話が違うじゃないか」

 結局今回は無駄折り損となってしまったわけで、それに腹を立ててしまったマウルがバーガディンに食ってかかった。

「もう決めたんだ。今回はこのまま帰る。また来ればいい」

 バーガディンは一度決めたことはてこでも変えない男である。

 それを十分過ぎるほどわかっていたマウルは、

「ふん、あんたがやらないなら俺がやるさ」

「あっ、待て、マウル。やめないかっ」

 だっとばかりに出て行ってしまったマウルを追いかけたバーガディン。

 だが、マウルの姿はあっという間に深い密林に消えてしまった。

 だが、その様子をそれとなく見守っていたライアンが、そっとマウルをつけていたのを誰も気付かなかった。

(それにしても、なぜ彼は正しい方角を知っているんだ?)

 マウルの後をつけながら、ライアンは不思議に思った。

 ホワイトたちと一緒に住んでいる場所は、確かにアマネゾンの人々は知っている。

 ライアンは、彼らとは一緒に住んではいないが、やはり自分の生まれた場所であるから行き来は頻繁にあるし、もし何らかの出来事があった場合のためにすぐに連絡が取れるように皆にも教えてある。

 ただ、たくさんのジャガーが生息しているということで、誰も好んで寄りつこうとはしないだけなのだ。

(まさか、誰かが彼に教えたのか?)

 だが、ライアンは信じたくなかった。

 自分の同胞の中に裏切り者がいるということを。

 しかし───

 マウルはホワイトたちの住む場所へと辿りついてしまった。

 それはまるで最初から知っていたという確実な道程だった。

「おお……なんと素晴らしい」

 いたるところで寝そべったり歩いたりしているジャガーたちがいた。

 それを見たマウルは感嘆した。

 さぞかしその頭の中では札束の数が舞い踊っていることだろう。

 その時、いつのまにかマウルの傍に男が寄って来ていた。

(あ……あいつは……)

 それを見てライアンは驚く。

 男はアマネゾンの男で、マウルに珍しい動物をつれて帰ればいいと耳打した奴だった。

(なんであいつが……)

 男はライアンの父親のかつての友人モールだった。

 友人といっても、その根性の悪さから友達がいない彼であったので、それほど親しくしていたという間柄ではなかった。

 ただ、性格に問題があったとしても、それほど重大な過ちを犯すということはなく、なんとなく皆が彼のことを避けているだけに過ぎなかったのだが。

 そのモールが、ニヤニヤ笑いながら言った。

「それよりももっといい金ズルがいますよ」

「そうか?」

 交わされている会話はライアンには届かない。

 だが、二人の様子を見ていると、それがいい話でないことはわかる。

 すると。

 向こうの茂みからホワイトがやってきた。

 それに気づく二人。

 指差すモール。

 驚きを隠せないマウル。

 それを見たライアンは、彼らがホワイトを狙ってきたのだということを知った。

 マウルが銃を構える。

「危ないっ!」

 叫ぶライアン。

 ビクッとするホワイト。

 そして、すぐにさっと隠れる。

 ライアンはそれを確認すると、隠れていた場所から立ちあがり、二人のところまで近づいていった。

「な…なんだ、ライアンか……」

 モールがどもりながら額の汗を拭う。

 マウルはといえば、悪びれた様子もない。

 銃をカチャカチャ言わせてそっぽを向いている。

「どういうことだ、モール。それに外国の人」

「い……いや、この人がな、ホワイトを見たいと言うから……」

「だったら、なぜこいつは銃なんか持っている」

 ライアンはマウルを睨みつけた。

 マウルは今気がついたと言わんばかりの表情で、

「これは麻酔銃だぜ、ライアンさんよ。一応ジャガーの群れに行くわけだしさ、とりあえずの防衛手段ってやつだ」

「…………」

 ライアンはじっと睨んだままだった。

 すると、二人は顔を見合わせてから口々にいいわけを言いつつ、そこを去って行った。


 だが、もちろんマウルは諦めたわけではなかった。

 その夜は、アマネゾンの部落にバーガディン一行は泊めてもらうことにし、翌日本国に戻ることになったのである。

 だから、マウルは夜が開けきらぬうちにモールを伴って、再びこっそりとホワイトたちの住処までやってくることとなった。

「絶対にしとめて、毛皮にして売ってやる」

 彼はまだ暗い空の下、銃を手にしてそう言った。

 そう。

 彼ははなから生け捕るなどということは頭になかったのだ。

 彼の持っている銃には実弾がこめられていて、確実にホワイトをしとめようと決意していた。

「お願いしますぜ、旦那。オレぁ、あの白い悪魔が生きてる限り、おちおち寝てられんのさ」

 そう言ったのはモールだ。

 彼は、それだけのことしてしまったという過去があった。

 誰も知らないことであったが、実は以前この土地に、マウルのような腹黒い男が来たことがあり、その時に取引をしてモールはホワイトを捕まえる手助けをしたことがあったのだ。

 だが、それをライアンの父に知られてしまい、とっさに彼を殺してしまった。

 そこでモールはライアンの父はホワイトに殺されたのだと証言をしたのだった。

 それからというもの、モールはホワイトを見るのも嫌になった。

 ホワイトの目に自分が映るたびに、ライアンの父親を殺したときの感触が戻ってきて、彼を苦しめるのだ。

 そして、そのうちに彼はホワイトが自分のしたことをすべて知っていると思いこんでしまうようになった。

 いつか、ホワイトを亡き者にと思って、そしてやってきたチャンス。

「だから、オレの未来のためにも、頼みますぜ」

「なるほどな。そういうことなら、俺たちの利害は一致している」

 だが、彼らは知らなかった。

 それとなく様子を見ててくれと親友から頼まれていたマフィーが、彼らをつけていたことに。

(なんということだ。じゃあ、ライアンの親父さんはホワイトに殺されたわけじゃなかったんだ)

 マフィーはひどくショックを受けていた。

 それなのに、自分は『アマゾンの神』を信じることができなかったのだと。

(ちきしょう……こいつらだけは許せん)

 彼の胸に正義の炎が燃えた。


 それからしばらくして。

 空が白みかける頃、彼らはホワイトたちの住処へ再び辿りついた。

 今度は慎重にあたりを見まわし、だれもいないことを確かめる。

 と、その時。

 ホワイトが自分のために作ってもらった戸つきの家から出てきた。

 何となく眠そうな表情である。

 マウルは再び銃を構えた。

 そして、狙いを定め、引き金を引こうとした。

 だが───

「ウワッ!」

 その彼のすぐ鼻面をヒュンとヤリが通り過ぎて行ったのだ。

 とっさに銃を落としてしまうマウル。

「観念しろ、余所者!!」

 すっくと立ちあがるマーフィー。

 今度はホワイトは逃げ出さずに、じっと事の成り行きを見守っていた。

「モール!!」

 すると、マフィーは叫んだ。

「お前がライアンの親父さんを殺したことも聞いたぞ」

「何だって?」

 それを聞いて驚きの声を上げたのが、たった今駆けつけたライアンだった。

 木の上でじっと息を潜めていたのだが、銃は麻酔銃であると信じていた彼だったので、それほど危機感を持っていなかった。

 しかも、木の上からマフィーの姿も見えていたし、きっと彼のヤリがマウルの凶行をとめてくれるだろうと思っていたのだ。

「モール、それは本当かっ?」

 信じられないという顔で怒鳴る。

 だが、モールの表情を見たライアンは、それが真実であるということを知ってしまった。

「なんということだ……父はあんたのことを友人だと言っていたんだぞ……」

「へっ! 友人だとっ?」

 すると、モールは吐き捨てるように言った。

「そんなことオレぁ、一度も思ったことなんかないぜぇ。やつはいつもいつもオレに説教ばかり言ってた。バカにしてたんだよ、やつは」

「なにぃ?」

 ライアンは呆れた。

 モールの性格はあまりよくないものだったが、それほどひどい悪人というわけではなく、心を入れ替えて素直になればきっと真っ当な人間になると信じていた父である。

 だから、素行や人間関係がぎくしゃくしていた彼のために、それとなく教え諭していたのだ。

 それを、彼はただの苛めまがいの説教だと思いこんでいたのだ。

 なんと嘆かわしいことだ───そうライアンは思った。

「オレはもう説教なんてたくさんだ。『アマゾンの神』なんてオレには必要ないっ!」

 モールは驚くほどの早さでマウルが落とした銃を拾い、ホワイトに向けて発射した。

──ダーン!!

 ホワイトは瞬時に飛びのいた。

 だが。

「ぐうっ!」

 ホワイトに弾があたると思ったライアンが、自分をたてにして銃弾からホワイトを守ったのだ。

 弾はライアンの胸に命中した。

「ライアンっ!!」

 絶叫するマフィー。

 どっと倒れるライアン。

 それを目の前で見つめる『アマゾンの神』ホワイト。

──ウウ…グルルル……

 ホワイトは、牙をむき出してモールを睨みつけた。

「あ…わわ……あああ……」

 モールは銃を構えたままで、ガタガタ震えていた。

 次の瞬間、ギャオンと一声叫んだホワイトはモールめがけて飛びかかっていた。

──ズターン、ズダーン!!

 二発の銃声が響き渡った。

 その銃弾はホワイトに命中した。

 だが、ホワイトは最期の力を振り絞ってモールの喉もとに食らいつく。

 モールは声も出せないまま、絶命していた。

 あとには、口も聞けずにしりもちをついているマウルと、倒れた親友を膝に抱いて苦痛の表情でホワイトの壮絶な最期を見ていたマフィーだけが取り残されていた。



「ライアン、お前の希望通り、ホワトと一緒に埋めてやったぞ」

 ある晴れた日のこと。

 アマネゾンの族長マフィーは、ホワイトとライアンが住んでいた場所の近くの小高い丘に来ていた。

 そこには、こんもりと土が盛ってあり、石が積まれていた。

 ホワイトとライアンの墓である。

 周りにはマフィーだけでなく、アマネゾンやヤップ族の皆、そしてバーガディンにマウルもいた。ジャガーたちもいる。

「本当に申し訳ないことをした」

 そのとき、バーガディンが墓の傍に歩み寄り、辛そうに言った。

 マウルも見たところはとても反省をしているようだった。

 だが、おそらくこの男の本質は変わることはないかもな───とマフィーは思ったのだが、それについては何も言わないことにした。

 自分はこの土地を、動物たちを、ライアンやホワイトに代わって守っていくだけだ。

 もしまたマウルのような奴らがやってきたとしても、自分はヤリを持って戦う。

「あなた方のことを否定はしないが、だが肯定もしない。それはライアンと同じ考えであるということは言っておく。俺は誰が来たとしても、このアマゾンを守ってみせる」

 それから、墓に向かって彼は誓った。

「『アマゾンの神』よ、そして我が親友ライアンよ。我々アマゾンの申し子は忘れない。アマゾンの守り神とその神官を。これからはそこで我々の行く末を見守っててくれ」

 それからボソリと彼は付け加えた。

「ライアン、ちゃんと埋めてやったぞ。いつまでもホワイトとそこで静かに眠っていろよな」



 その後、アマゾンがどんどん開発されて行っても、アマネゾンとヤップ族の末裔たちはアマゾンの守り神であるホワイトジャガー『アマゾンの神』と、その神官で友人であるライアン少年のことを、いつまでもいつまでも語り継いでいったということだ。

 あなたもきっと、地球最後の秘境アマゾンの奥深くに、ホワイトとライアンの墓がひっそりと佇んでいるのを見つけるかもしれない。

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アマゾンの神 谷兼天慈 @nonavias

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