第3話「永遠に続け、伝説よ1」
それから、静かに時は流れていった。
そして、ある日のこと。
この静かで平和な楽園アマゾンに外国人がやってきた。
珍しい動物や昆虫を生け捕って、高く売ろうと思っている腹黒い奴らがアマゾンにやってきたのだ。
その外国人一行は、アマネゾンとヤップの部落にやって来た。
「頼みますよ。欲しいものは何でも差し上げますので、珍しい動物などが生息している場所を教えてください」
彼らは両族長に交渉に来たのだが、そんなことは断固として許すわけにはいかなかった。
「断る」
アマネゾンの族長マフィーは容赦なく言いきった。
「アマゾンの動物たちはアマゾンに住むのが一番適しているのだ。それを外国に無理に連れていこうとしたら、すぐに死んでしまう。とっととアマゾンから出て行ってくれ」
それはヤップ族でも同じだった。
だが、すっかり怒ってしまった外国人たちは、話にならないとばかりに手当たりしだい動物たちを生け捕り始めたのだ。
まるで野蛮人のような傍若無人ぶりに、びっくりした部族の者たちは、口々に叫んだ。
「やめてください!!」
「動物たちに乱暴しないでください」
「そんなことをしていると、『アマゾンの神』が怒ります」
「『アマゾンの神』を怒らせると、とても恐ろしいことになります」
「お願いですからやめてください」
だが、それでもやめようとしない彼ら。
すると、アマネゾンのある男が、仲間たちに気付かれないようにそっと外国人たちに耳打ちをした。
「そんな大したことない動物や虫より、もっと珍しい動物を一頭だけ持って帰ればいいじゃないですか」
「珍しい動物だと?」
男が話しかけたのは、一行の中でも随一の腹黒い男として有名なラウルという奴だった。
彼は一行で一番偉いバーガディンという男の相棒で、一緒に動物で金儲けをしようとしていた。
だが、それほど悪人というわけではないバーガディンに、彼は時々イライラすることもあった。
「ほう、そんなに珍しい動物がいるのか」
「ええ、いますとも」
その男は意地の悪そうな笑顔を見せている。
と、そのとき。
「ところで、族長よ。その『アマゾンの神』というのは一体何なんだ?」
ヒゲを生やした大柄な男がそう言った。
その男はバーガデイン。この一行の責任者だった。
それに答える族長マフィー。
「『アマゾンの神』はホワイトジャガーだ。その名の通り全身真っ白な毛を持っているジャガーなのだ。昔からこのアマゾンでは敬い奉っている存在なのだが、それも彼はアマゾンに住む者たちすべての守り神だからなのだ」
「守り神」
バーガディンはとても興味を持ったようだった。
「今はライアンと共にジャガーたちの楽園で暮らしている」
「なんだって?」
驚くバーガディン。
「ライオンと住んでるだって?」
「違う」
マーフィーはため息をついて言った。
「いや、ライオンではなく、人間のライアンだ。彼は『アマゾンの神』の神官でもあり、アマゾン一勇気と知恵を持つ少年なのだ」
「ほう……アマゾン一の勇気と知恵を持つ少年ねえ。一度会ってみたいものだな」
「ぼくに会いたいんだって?」
「!!」
「ライアンっ!」
いつのまにか、彼らの近くまでライアンがやって来ていた。
今日はいつも近くを離れようとしないホワイトの姿が見えなかった。
どうやら、一緒に連れてくるのはマズイと思ったのだろう。
「君がライアンくんか」
ずずいと近くまで近づいてくるヒゲ面の男に一瞬嫌な表情を見せるライアン。
「なるほど、勇気のありそうな少年だ」
「…………」
ライアンは、むっとして眉間にシワを寄せた。
だが、彼は言った。
「アマゾンの動物を取らせるわけにはいかない。帰ってくれ」
「待ってくれ、ライアンくん」
「…………」
妙にニコニコしている男に訝しげな表情を向ける。
何を考えているのかちっともわからない。
「私はね、ライアンくん。君と勝負したいんだよ」
「勝負……?」
「そうそう。どちらが勇気があるかを競う勝負だよ」
「勇気を……」
ライアンは呟いた。
だが、何か嫌な予感がして、
「動物に危害を加えるわけではないだろうな」
「とんでもない!!」
バーガディンはさも心外だと言わんばかりの仕草で、大げさに手と首を振ってみせた。
「違う、違う。勇気比べで動物を殺すなんてナンセンスだよ。そうじゃなくて、もっと別の勇気比べだ」
「…………」
胡散臭そうにライアンはこの男を眇めて見た。
だが、それにひるむことなく、バーガディンは言った。
「アマゾンには底無し沼があると聞いた。その地域を銃を持って通りぬけるのだ」
それを聞いたライアンはとたんに不機嫌になり、
「銃なんか持つ必要はない。そんなもの持っていたら動物が傷ついてしまう」
語気荒くそう言うと、バーガディンは銃を取り出して言った。
「ほら、見てくれ。これは麻酔銃だ。もし危ない獣にでも襲われたらたまったもんじゃないからね」
「…………」
そう言われてしまったら、ライアンもそれ以上は何も言えなくなった。
アマゾンの男たちは「勇気比べ」という言葉にはどうしても「やってみたい」という心が働く。
それをこの男は知っていたのか、それともただの好奇心からだったのか───いずれにしても、ライアンも動物を傷つけないというのなら、勝負してみたいという気持ちに大いに傾いていたのだった。
そして、翌日。
夜明けとともに「勇気比べ」は行われた。
そこは、見渡す限りうっそうと茂る木々に覆われた場所で、地面は落ち葉でまったく見えない。
折り重なるようにして木々が生えているために、日の光もなかなか届かず、昼でも夜のように暗かった。
ライアンでさえも、この底無し沼がいたるところにある場所を歩いたことはない。
「…………」
彼はグッと腹に力を入れると、ゆっくりと一歩を踏み出した。
それを見たバーガディンも、余裕で歩き出した。
ライアンは、そんな彼の様子を見て訝しく思ったが、とりあえずは今は目の前に広がる危険な道に神経を集中することに専念した。
実はライアンは知らなかったことだが、バーガディンはよくアマゾンにはやって来ていて、ここらへんの底無し沼のこともよくわかっていたのだった。
そういうこともあって、彼は(この間来たときに、ここはちゃんとチェック済みなのだ)と、心でほくそえんでいたのだ。
バーガディンはさっさと足を運び、ライアンをずいぶんと引き離してしまった。
「これなら私が勝つぞ」
そう彼は呟き、後ろのライアンを振り返った。
と、そのとき。
「うわあっ!!」
彼が一歩を踏み出したとたん、その足がズブズブとはまってしまったのだ。
「なっ、なんでこんなところに? この間来たときはなかったはずなのに」
彼はわめきながら手をばたつかせるが、どんどん身体が沼に沈んで行く。
彼の誤算だった。
アマゾンの底無し沼を甘く見ていたのだ。
ここは最後の秘境。
どんなことが起きても不思議ではない。
遠い砂漠の地でも、一晩でオアシスが消えたり現れたりするという。
そういう感じで、アマゾンの底無し沼も、まるで生きているようにその場所を変えるのかもしれない。
「たっ、助けてっ……助けてくれぇ!!」
みるみるうちに胸まではまってしまったバーガディン。
ライアンは行動を起こした。
慎重に、かつ迅速に彼は動き、バーガディンの元までやって来て、彼の腕をものすごい力で引っ張りあげる。
「ふぅ……」
ほどなくして、泥だらけの姿でバーガディンはその場に座りこんだ。
そして、傍で同じように泥だらけになっているライアンに礼を言った。
「ライアンくん。私の負けだ。君はアマゾン一の……いや、世界一の勇気と知恵と、そしてやさしい心を持った少年だよ」
「そんなことはない。ぼくなんかより、ホワイトのほうが勇気と知恵とやさしさを持っている」
「そうか……君の友達だものな。わかるよ」
そうバーガディンは言うと、にっこりと微笑んだ。
それにつられて笑顔を見せるライアン。
すると、バーガディンは一転して真剣な眼差しを向けた。
「では、今度はちゃんとしたお願いとして聞き入れてもらえないだろうか」
「…………」
ライアンも真剣な顔をした。
「確かに私の仕事はあまり誉められたものではないかもしれん」
彼は続ける。
「だが、動物は私も好きだし、こうやって自分で見に来ることができるからそれはいいんだが。世界には私のように自分から動物を見に来ることができない人たちもいるんだ。私は、そういった人たちのために世界中の珍しい動物を生け捕って、動物園などに売り渡す。そうすれば、その国々の動物好きの子供たちが、わざわざ危険な場所に行かなくても自分の目で動物たちを見ることができる。肌で感じることができる。私はそういう思いでこの仕事をしている。これは貧しくて動物園に行くことができなかった私の、子供の頃からの夢だったんだよ」
「バーガディンさん……」
「金はある程度必要だよ」
少しいい訳がましい感じでバーガディンは続けた。
「金がなければこうやって世界中を飛びまわり、動物を生け捕ることもできないからね。あまり言えないようなことも多少してきたさ。だが、動物を殺すなどということは絶対私はせん。それは神かけても誓えるよ」
「あなたの気持ちはわかった……だが、やはりぼくはアマゾンの動物はアマゾンで住むべきだと思う。だから、やはり動物を手渡すことはできない」
誰にも曲げさせないぞという意思の強い光をその目にたたえさせ、ライアンは言いきった。
それを見たバーガディンは目を閉じ、ため息をついた。
「そうか……わかった。とりあえずは今回は引き下がるよ。だが……」
彼は顔を上げ、ライアンに挑戦的な眼差しを向けた。
「私は私の信念の元、これからも動物を生け捕り続ける」
「そして、ぼくはそれを阻止し続けるさ」
二人は、いっときにらみ合ったが、すぐに互いに笑い合った。
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