第2話「アマゾンの神と少年2」
「ホワイト、どこか行くの?」
「うぉん」
ライアンは『アマゾンの神』をホワイトと呼ぶことにした。
いちいち『アマゾンの神』と呼ぶのは面倒だし、それになんと言っても自分たちは友達なんだから、愛称で呼ぶのがいいだろうと、ライアンはそう勝手に思ったのだ。
だが、ホワイトのほうも、どうやらこの名前が気に入ったらしい。
ライアンが「ホワイト」と呼ぶと嬉しそうに応えるからだ。
ホワイトは、ライアンをどこかに連れていこうとしているようだった。
ライアンの前をしなやかな動作で進んでいく白いジャガー。
「……………」
ライアンは時々後ろを振り返って、自分を心配そうに見るホワイトのことを不思議な気持ちで見返していた。
(やっぱりホワイトがぼくの父を殺したってことは信じられない)
彼は沈痛な気持ちでそう思った。
たとえば人間ならば、どんなにいい人ぶっていても心の底では何を考えているかわからない場合もある。
あのマフィーだって、ちょっと悪戯っぽいところはあったけど、悪いことをするような奴じゃなかった。
自分たちはよくケンしたけれど、それはそれぞれの考えの違いから起きる意見の相違ってやつがほとんどで、互いによく話し合ってみれば分かり合えたものだった。
それがまさかお金儲けのために動物を殺すなんて───
「そんなことを思うような奴ではなかったのに……」
しかし、動物は違う。
人間とは違い、嘘をつくということがない。
相手を攻撃するのも、何か訳があってすることがほとんどだ。
「いったい、父さんが殺されたときに何があったのだろう」
そんな物思いにふけっていたら、
「あああっ!!」
ライアンは知らず知らず沼に足を踏み込んでいた。
落ち葉で隠されていたために、彼には気づかなかったのだ。
本来なら、それくらいはすぐに彼の野性的な感で気づいたはずなのだが、先ほどまで考え事をしていたために気づくことができなかったのだ。
ズブズブとはまっていく。
「こ…これは底無し沼だ……」
ライアンの顔から血の気が引いた。
底無し沼からはなかなか生還できる者はいない。
しかも、今は自分一人である。助けてくれる者はいない。
が───
「がぅぅ……」
ホワイトが、さっと駆け寄ってきて、ライアンの伸ばした手を噛んでつかんだ。
「く………」
牙が腕に食い込んで痛かったが、そんなことを痛がっている場合ではない。
ホワイトが噛んで引き上げてくれなければ自分は底無し沼の餌食になってしまうのだ。
それでも、ホワイトは一番ぎりぎりのところで牙を食いこませるのをセーブしているようだった。
ほどなくして、ライアンは泥だらけの姿で荒い息を吐いていた。
「ふぅ……ん……」
そこへ白い身体を同じように泥だらけにしたホワイトが擦り寄ってきた。
ライアンはにこっと笑うと、
「ありがとう、ホワイト。助かったよ」
「ゴロゴロゴロゴロ……」
ホワイトは嬉しそうに目を細め、喉を鳴らした。
それからというもの、毒グモに襲われそうになったりといろいろ危険な目にもあったが、そのたびにライアンはホワイトに助けられ、彼は「ありがとう」と言い続けた。
ホワイトも、ライアンに礼を言われると機嫌が良くなるらしく、そのたびに喉を「ゴロゴロ」と鳴らせてライアンに擦り寄ってくるのだった。
そして、ホワイトが案内してくれた土地は、かなりアマゾンの奥まった場所だった。
そこにはたくさんのジャガーが住んでいた。
もちろん、ホワイトのように白い毛並みのジャガーはいなかったが、皆毛並みが素晴らしく美しいジャガーばかりであった。
さすがに、このジャガーだらけの光景を見たライアンはさっと短刀に手を伸ばしたが、ホワイトが「ぐるるる…」とたしなめるように喉を鳴らすのを聞いて、おさめた。
ここのジャガーたちは、ホワイトが連れてきたライアンを仲間と認めたらしかった。
中でも一番小さな子供のジャガーがライアンに寄って来て、ホワイトが初めてライアンにしたようにその手をペロペロとなめたのだ。
それからというもの、ライアンとジャガーたちは打ち解け、互いにじゃれあうようにまでなったのだった。
それからライアンはさっそく自分の住む家を作り始めた。ジャングルということもあり、木の上に簡単な住処を作ったのだが、それが終わると、今度はホワイトのために家を作ってやった。
ホワイトや、その仲間たちは嬉しかったのか、自分たちの家の中を出たり入ったりする始末。
ライアンはそれを見て腹を抱えて大笑いした。
それはとても楽しそうな笑い声だった。
明くる日、ライアンは川で顔を洗ってからホワイトたちの家に行ってみた。
「あれ?」
誰もいない。
すると、後ろからホワイトたちがやってきた。
「ホワイト、どこに行ってたんだ? おや、それは肉じゃないか」
ホワイトたちは食事のために食料を取りに行っていたのだ。
すると、その肉をライアンに差し出した。
「いいよ、いいよ、ホワイト」
彼は首と手を振り、断った。
「自分の食べ物は自分で取る。だから、皆でお食べよ」
「…………」
不思議にもそれが相手に通じたらしい。
ホワイトたちは、その肉をむしゃむしゃと食べ始めた。
「ふふふ、かわいいな。こうやって見てるとさ」
ライアンは、目を細めて一生懸命食べているホワイトたちを見つめた。
それから立ちあがると、
「さあて、ぼくも何かしとめてこなくちゃ」
そう言って彼は森の奥へ入っていった。
一方、アマネゾンの部落では次の族長が決まらずに困っていた。
次の族長には、以前長老がライアンかマフィーにと決めていたのだが、今はそのどちらもいなかったからだ。
そんな時、あのマフィーが帰ってきた。
「マフィー、帰って来てくれたか」
「もうどこにも行かないよな」
「お前が次の族長だ」
すると、
「ライアンはどうした?」
彼はあたりをキョロキョロしてかつての親友を探した。
「彼は出ていった」
「出ていっただと?」
マフィーは経緯を聞いた後一言「あのバカが……」と言っただけで、それ以上は何も言わず、快く族長を引き受けたのだった。
というのも、実は以前から仲の悪かったヤップ族が不穏な動きを見せていたからだ。
そういうこともあって、強い指導者が欲しかったアマネゾンの人々だった。
案の定、それから間もなくしてヤップ族が攻めこんできた。
激しい戦いだった。
アマネゾンもヤップ族もたくさんの死者が出た。
だが、どちらも男たちの腕は互角の者が多く、どうもすぐには決着がつくというようにはいかないようだった。
そんなとき───
「戦いをやめろ!!」
戦っている両部族の頭上の小高い場所から、轟く声があった。
すべての者たちがはっとして頭を上げた。
「ライアン!!」
叫んだのはマフィーだった。
傍らにホワイトジャガーを携えているその姿は、まるで彼自身が『アマゾンの神』のようだと、誰もがそう思った。
「アマネゾンの皆、そしてヤップ族の皆も。こんな無益な戦いはやめてくれよ。ぼくたちは同じアマゾンの住人じゃないか。本来なら手を取って生きていかなくちゃならないのに、バカげているよ、こんな戦い」
悔しそうにそう言う。
「もし、これ以上まだ戦いを続けるなら、ホワイトに君たちを罰してもらうよ。さあ、どうする?」
「ライアン!! わかった、わかったから!!」
「マフィー!!」
ライアンは、親友の姿を認めた。
「俺、お前に謝らなくちゃならない。もう戦いはやめるから、こっちに来てくれないか」
そうマフィーは言ってから、ヤップ族の族長に顔を向けた。
「俺たちはもう戦わない。そっちはどうする?」
「『アマゾンの神』には逆らえん。よかろう、戦いはやめだ」
そこへ、ホワイトと近づいてくるライアン。
彼はマフィーとヤップ族の族長の間に立って静かに言った。
「どうか、ぼくとホワイトの言葉を聞き入れてください。これからは仲良くしてくれると。そして、伝説の『アマゾンの神』をずっと将来も崇めていこうと」
「…………」
ヤップ族の族長は、しばらくホワイトとライアンを交互に見ていたが、決心したように言った。
「わかった、我々も『アマゾンの神』を信仰する者だ。そして、ライアン、君はどうやら『アマゾンの神』の神官になったのだな」
「神官?」
訝しそうにライアンは言った。
「ぼくはそんな大層なもんじないよ。ぼくたちは友達になったんだ」
そう彼は言うと傍らのホワイトに微笑みかけた。
それを見上げてゴロゴロと喉を鳴らすホワイト。
その二人の姿を驚きの表情で見つめるアマネゾンとヤップ族の人々。
「それが神官だっていうんだよ、ライアン」
「マフィー……」
ライアンはやさしく笑いかける親友に顔を向けた。
二人はしばし見詰め合う。
「すまなかった、ライアン」
「いや、いいんだよ、マフィー」
二人にはもはや言葉はいらない。
過去のことはすべて今の見詰め合いで水に流れてしまった。
それから、両部族は互いの死者たちを合同で弔い、仲直りの宴を開くことにした。
その宴会の席にはライアンも、そしてホワイトもいた。
部族の子供たちが最初はこわごわとホワイトを遠巻きにしていたが、そのうちにいつのまにやらキャッキャと戯れるようになり、ホワイトにまたがって遊ぶものなども出始めた。
「部落には帰らないのか、ライアン」
「うん、帰らないよ、マフィー」
宴会の席で並んで座りながら話をするふたり。
ライアンは決意の色をその表情に見せていた。
「ぼくはホワイトたちと暮らす。それが一番いいんだって思う。君にはアマネゾンのことを頼む。ぼくは族長なんてガラじゃないしね。君のほうが合ってると思うよ。でも、ぼくはいつでも部落のことアマネゾンのこと、このアマゾンのことを思ってる。何かあればきっとまたホワイトと共にやってくるから」
「そうか……」
マフィーは淋しそうだ。
そんな彼に、ライアンは言った。
「それと、君に頼みたいことがある」
「なんだ?」
「もし、いつかぼくとホワイトが死んだ場合、一緒に葬ってくれないか」
「何をバカなことを」
マフィーは冗談じゃないといった顔をした。
「俺よりも先に死ぬなんてことがあるか。死んだりなんかしたら許さないぞ」
「うん、そうなんだけど。でもやっぱり頼んでおきたいんだ」
ライアンはにっこり笑ってそう言った。
「もちろん、そんなに早く死ぬつもりはないけどね」
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