13話 闘う理由 【2/2】

 闘技場の観客席は昨日と一転し、無人であった。

 スーゲとの戦闘では100人近くの観客がいたのに対し、今はシュク一人だけだ。

 

 [昨日の戦いの見物人たちはスーゲが呼んだのか。それだけ自信があったんだろうな]

 と、現状との格差にふと頭に浮かぶ。

 

 [まあー、今考えることでもないか]

 

 強制的に思考を断ち切った。


 シュクは真ん中の一番前の席へと足を進めていると、石畳を駆ける音が近づいてきた。


 トッ、トッ、トッ


 闘技場の内部から観客席に上がる階段を踏む音だ。大きくなるスピードは早い。観客席の両脇にある入口から、人影が飛び出した。

 

 深い紫色の髪をした美女――麗しい顔をしたエルリダが現れたのだ。


 「あっ! シュクも来ていたのですか!」

 「エルリダさん?」


 焦った様子でシュクに接近すると、話し出した。


 「ラーミアルさんが、あっ、あのお方と闘うと聞いてきたんですわ」

 「えっ、誰に聞いたんですか?」

 「寮母さんですわ」


 シュクは「そういえば」という顔で、納得する。

 

 [闘技場へ行く途中に寮母さんに話したっけ]

 と、声に出さずに理解を完結させる。


 「それで本当ですの!?」


 エルリダの顔がシュクの目の前に急接近した。上品な香りはラベンダーの花のように、心地よく嗜好性がある。傷ついた心は鎮静し、傷跡の痛みは治まる効果を持っていると言ってもいい。


 「本当ですよ」

 「あの、カミル一等騎士長ですわよ!」

 「はい」


 驚嘆した顔色でシュクを問いただす。

 

 [なぜ、そんなに驚いているんだ?]

 と、エルリダの様子に疑問しかない。


 「なぜ、そんなに驚いているんですか?」


 エルリダは体勢を戻し、堂々と構える。片手を腰に当て、大きく口を開いた。


 「それは、一等騎士長つまり、王都の軍隊を指揮する最高責任者の一人だからですわ! そして、英雄騎士に一番近い存在としても知られているのですわ」

 「英雄騎士?」


 シュクは首を傾げ、質問をする。


 「英雄騎士というのは、伝説的な戦士に与えられる称号ですわ。カミル一等騎士長は、数々の業績をあげていますわ。3年前の王都に襲撃した竜や魔物からの脅威を跳ね除けたのは、カミル一等騎士長と、その当時の一等騎士長を務めていたディル・ロッタ騎士長と言われていますの」


 すると、唐突にエルリダは「あれっ」と何かに気づいた反応をする。


 「そういえば、ディル・ロッタ騎士長って、ラーミアルさんと同じファミリーネームですわね」

 と、顎に人差し指を当て空を見上げた。


 「それはラーミアルの父親だからですよ?」


 昨日、市場の騒動時に出会った店主のおばさんから聞いた話を思い出していた。

 

 「本当ですのぉ!!??」


 生きのいい驚き方をするエルリダは、心の底から来ている感情だとわかる。

 

 

 数分の時間が流れた――シュクとエルリダは客席に腰を下ろしていた。

 

 戦闘を行う闘技場の部分は楕円形になっており、縦幅200メートル、横幅100メートルの大きさ。戦闘エリアは5メートルの壁に囲まれ、地面と同じ石材となっている。一周する壁の両端には出入口があり、対面にも同じ形の穴がある。

 大きく開いた半円の穴から、ラーミアルとカミルが現れるのであろう。


 2人は戦闘エリアに視線を向けていると、片側の出入口から人が出てきた。その姿は、ラーミアルだった。


 「ラーミアルさんが出てきましたわ」


 エルリダは言葉で、シュクに教える。シュクは小さく見えるラーミアルの外見を無言のまま、目で追う。


 「まだ答えは出ていないようだな」

 と、聞きとることが難しい微小の声で呟いた。

 ラーミアルは中心地から10メートル離れた場所で立ち止まった。

 そこには、地面に3メートルの白い線で書かれた円があった。対象の地点にも同一の円があるので、ココがスタート位置になる。

 

 「しかし、なぜまたカミル一等騎士長とラーミアルさんが闘うことになりましたの?」


 エルリダは不思議そうに、シュクに問いかけた。


 「その騎士長がラーミアルに闘いを求めてきたんですよ」

 「そうなんでの!!??」


 エルリダは横に座るシュクに触れ合うほど接近し、顔を寄せた。シュクは反射的に身体を仰け反る形をとってしまう。絶景の美女を目の前にし、男性なら意識を保たせることがやっとのことであろう。

 しかし、シュクは顔を引きつらせ心臓を高鳴らせていた。

 [心臓に悪い]と脳裏で囁き、口を開く。

 

 「エッ、エルリダさん、近いです」

 

 現状を理解したのかエルリダは、「ごめんなさいですわ!」と謝罪した。そして、姿勢を元の状態に戻し会話を再開させた。


 「カミル一等騎士長がラーミアルさんに闘いを求めたって本当ですの?」


 シュクは「その通り」とばかりに、頷いて見せる。それを見ると、エルリダは戦闘エリアで一人佇むラーミアルに、目線を運ぶ。


 「そうですのね。わたくしも聞いた話ですが、カミル一等騎士長はここ数年、誰からの決闘も受けつけなかったようですの。そんな騎士長がラーミアルさんに闘いを申し込むとは、考えられませんでしたが‥‥‥」

 と、話の途中で口を止めるエルリダ。

 数秒の間を空け、「本当ですのね」と合点がいく表情へと変わった。


 ラーミアルの顔が遠方からでも緊張感が増しているように見受けられる。

 

 その先には――カミル一等騎士長。


 こげ茶の毛色のさっぱりとした髪型。顔立ちは適度な角ばりがあり硬く、髭を生やし大人のカッコよさを醸し出す。

 王都の紋章が胸部に刻まれていた鎧は脱いだようで、半袖のシャツと半ズボンになっている。防御性が著しく弱まったことがわかる。

 鎧を脱いだことで気がつくが、全身の筋肉が顕著に主張している。濃厚なまでの大きさではなく、早さと力強さの極限の比率を追求した美しさだ。


 「始まりますわね」


 意気揚々と大股で歩くカミルと、彼に仕えるフォエが後方にいる。二人は前進をしていき、カミルは白線の円の中へ。フォエは戦闘エリアの中心を裂くように引かれた線の上へと足を進める。


 ラーミアルとカミルが少しの対話を行った後、フォエが高らかに片手を上げた。

 シュクは目の前の光景を逃さないように、集中しているようだ。エルリダも同じように、戦闘が始まる様子を注意深く観察している。


 一時の無音の間。


 「ハジメ――!!」


 合図とともに、ラーミアルは大きく駆け出した。

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大英雄の代理転生した幼女は研究がしたい 五色の虹 @GoshikiNiji

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