1.5章 ~雑多な話~
想い出はパステルカラーの中に
突然だが、俺には好きな人がいる。
その人のためだけに本気になれて、その人のために将来まで授けたいと思えるほど好きな人。
今の俺が、こんな俺があるのはきっとその人のおかげだ。
☆ ☆ ☆
「はぁー?! 久遠すずかがオリジナルアニメの主役ー?!」
「あぁ、僕の好きなアニメ脚本家が脚本担当するっていうからアニメ公式のSNSをフォローしてたんだけどね、昨日キャスト発表してたのを見たから間違いないよ」
「マジかよ、なんで早く知らせてくれねぇんだよバカ野郎」
舞台は大学食堂。机には野郎二人と大坪。
大坪は興味もなさそうに黙々と食堂のハンバーグ定食をお箸で食べる。
因みに、美少女様であらせられる大坪の実態はプログラミングが得意な小学生みたいなもんなので、好きな食べ物はハンバーグ、オムライス、エビフライ、お菓子諸々。嫌いな食べ物は緑黄色野菜というなんとも可愛らしいもの。ハンバーグ定食は好きだが、付け合わせのニンジンは苦手なので俺に擦り付けているところ。
「君が鍋を食べている時に話そうと思ってたんだけど、奇咲ちゃんの暴走があったからね」
「あったからね、じゃねぇよ。こちとら死活問題なんじゃ」
そもそもSNSなら、俺の方がフォロワー多いし、情報も多く行きかっているのだが、こと久遠すずかに関する情報はシャットアウトするようにしている。
久遠すずか。女性声優。俺が初めて恋をした相手。
一方的に俺が知っているだけのあまりにもひどい片想いの相手だ。
「君の影響力なら『好きだ』って公にした方がいいと思うんだけどね、きっと、すぐ認知してもらえるぞ」
「それはなんか違うだろ……」
「君も面倒くさい男だよねホント」
「うるせぇ」
俺だって、一般人の割には、ちょっと有名人の自覚がある。なんならフォロワーの数なら辛うじて推しに勝ってしまっている。
俺がその声優を見つけたのは、俺自身が高校三年生の時で、その時には一詩の例の動画はそこまで話題になっていなかった。
あれが話題になったのは、大学入学後。忘れてた時に誰かが掘り起こして、なぜかバズって、そのまま色んなことが特定されて。その時には、「留年しそうな熱いオタク」として色々発信していたのが災いしてネットのおもちゃにされた。
だから俺は久遠すずかを応援することをやめた。もちろんSNS上では、の話だけども。
彼女への想いだけは、いつものように茶化されたくなかったからだ。
留年したこと、キャラクターを毎日のように分析していること、桜宮先輩に告白まがいの言葉を向けたこと。そんなことを毎日小馬鹿にされたり、嘲笑われたり、そんな人生を送っている。
俺は何をやっても鼻で笑われる。
ふとした時に「好きだ」とメッセージを送ることも辞めた。例の動画が話題になり、俺が有名人になる直前のところで、今までのそういった類のつぶやきも全て消した。
有名になってしまってから、やった事と言えば、彼女の演じたキャラクターを、他の声優が演じたキャラクターより多く褒めて考察したぐらい。
当然だが、キャラクターの分析は公平に行っているつもりだ。
俺にだってポリシーとプライドがある。
俺が久遠すずかという声優を高く評価している理由は、彼女の価値観が俺自身と似ているものがあるからだ。
そんな彼女の演技だから……言葉だから。俺に刺さる。芯まで響く。
彼女の生き方、声優としてのフィロソフィーを悪く言うほどの感性と言葉を持ち合わせていないだけ。だから彼女の担当するキャラクターを好ましく思うわけだ。
「それで、そのアニメのPVとかは出てんのか?」
「まだ、声優が決まった以外の情報はないかなぁ。何せオリジナルアニメだからね。原作もないんだ。一応、君が好きな学園青春ものらしいよ」
「おぉ、すずりんがJKで主役ってこと? 無茶苦茶楽しみじゃねぇか」
すずりん……。久遠すずかの愛称だ。
彼女がJK役をやるなんて。少し意外だった。でもきっと、キャラの立った素敵な女子高生を演じてくれるんじゃないかと期待している。
「……これは朗報、でいいんだよね?」
「当然だ」
一詩は、少し気を遣うような様子で俺を見る。俺に何の理由があって、この吉報にネガティブイメージを抱く事があろうか。
……一詩の言わんとすることも理解できるけどな。
「久遠すずかは一度やったようなキャラクターは二度とやらないんだよな」
「あぁ、そういうとこがたまらなく好きだね」
俺の──木良智識の夢は、ラノベ作家になって、久遠すずかに最高のキャラクターを託すことだ。
そんな夢の実現のために、今の俺は戦っている。
久遠すずかはどこまでも特殊な声優だ。
彼女は圧倒的な実力と容姿、それから個性を持った声優だ。雑誌やインターネットでも高く評価されている。彼女のなにより特徴をあげるなら、『仕事を吟味する』ことにある。
例えば、彼女が一度、アイドルの役の声優を担当したのであれば、二度と他のアイドル役を演じることがない。
彼女が今まで担当してきたのは、美人OL、アイドル、主人公の妹、主人公の姉、マーメイド、サキュバス、小説家……といった感じ。
つまり、それらの属性を持つキャラクターを、久遠すずかは二度と演じることがない。
キャラクターは無限に存在するけど、属性や個性はそうとも言えない。……キャラクター分類学のエキスパートとしてそれを口にするのはいかがなものかと思うけど。
久遠すずかのような生き方をしていれば、いずれ飽和しきってしまうだろう。
彼女は一通りのキャラクターを演じてしまったら。彼女は業界から姿を消すんだ。
だから、俺の夢にはタイムリミットがある。
そして、彼女は学園ラブコメのヒロインを演じたことはない。
学園ラブコメ──それは俺がオリジナルのラノベもどきを書く時の主戦場だ。
俺は、ファンタジーが得意じゃない。
だから、学園ラブコメを描く。だから、俺が“何かの手違いで”この夢を叶えるのであれば、学園ラブコメのヒロインを俺が描いて、久遠すずかがそのキャラクターに声を当てて……そんな日が奇跡的に来るしかなかった。でも、彼女は今度学園ラブコメのヒロインをやるらしい。つまり、これは潰えた可能性の話。
「でもさ、やっぱり……君にとって100%良いニュースとはいかないだろ」
それは一詩も知っていること。
こいつは、面倒くさい奴だし、ウザいけど、俺のそんな馬鹿らしい夢を応援してくれる貴重な人間だ。
多分、夢を応援してくれる人なんて、こいつくらいなものだと思う。
夢を応援してくれる人の数を『人望』だというなら、俺にそんなものは全くない。
美景先輩だって、キサだって、俺の趣味での創作活動を見守るくらいはしている。
でも、俺が大学で学んだこと、得たことを全て不意にして、ラノベ作家の道を切り拓こうとしていることを良しとはしていないのをひしひしと感じる。
「推しの大仕事を喜べねぇオタクはファンとすら言えねぇだろ。そういうのを拗らせオタクって言うんだぞ」
「そうだけどさ……。もう少し複雑な思いをするもんだと思ったんだよ。ごめん、余計な心配をしてたみたいだ」
「まぁ、そういうことだ」
一詩は時に心配性というか、お節介だ。
優しすぎるというか、甘っちょろいというか、そんな感じ。
……一詩の俺への過干渉は鬱陶しいし、時に気持ち悪いけど。
強いて言うのであれば、それがあって、俺は久遠すずかと出会った。
☆ ☆ ☆
それは、なんてこともない高校時代の記憶。
高校二年生の時のバレンタインデーだった。鮮明に覚えている。土曜日で、雪の降っていたバレンタインデーだ。
一年生の頃は美景先輩と優子からチョコをもらった。でも、二年生のその日は、美景先輩は受験が一週間先に控えていたこともあってか、中々会えるような環境になかったから、優子からだけチョコをもらった。キサと出会ったのはもう少し未来の話だから、キサからももらってない。
要は、大した恋愛イベントなんてなかったバレンタインデーだったというわけだ。
そんな割には雪がロマンチックに降ってやがったのが癪だった。
俺はそんなカップル御用達の一日にあって、雪の冷たさに震えながら、地元の中では大きい方のライブ会場にいた。
それこそ一詩のせいで。
──アニメコンテンツのライブに無理やり連れてこられた。
「来た方がいい、本当に」
「絶対好きになるから」
「マジでいいから」
「声優の顔がいいから」
「後悔させないから」
「曲は強いし、パフォーマンス半端ないから」
一詩の誘い文句はそんな感じの浅すぎたものだった。
オタクどもは、麻薬密売人だったり詐欺師の話術を見習うべき。政治家でも可……やっぱ不可。
当然だが、俺は前日まで断り続けていた。
結局来てしまったわけだが。チケット代を払わなくていいということで折れた。
チケットが一枚無駄になるのも考え物だったしな。
さて、このチケットがどういう経緯で流れてきたのかを説明するととても単純なものだった。
一詩のネット友達が一詩とそのライブに行くという話で纏まっていたのだが、突然「彼女が出来たからバレンタインデーの予定はキャンセルで」と連絡がきたもんでチケットが一枚分余ったという。
さすがの一詩も、あの時は眉間にしわを寄せていた。
知っているアニメのライブだった。
タイトルは『
設定から分かる通り、シリアスな話だった。
主人公の
でも、俺は正直言うなら、そのアニメが好みじゃなかった。
理由は物語がシリアスすぎるから。
キャラクター至上主義の俺が、作品の雰囲気を理由にアニメを否定するのは道義に反すると思うだろうが、俺的にはこれもキャラクター至上主義の考え方に即していると感じている。
なにせ『-ness』はアイドルアニメなのだ。アイドルアニメは、やはり明るくあるべきだ。シリアスな話があってもいい。それでも全体的な雰囲気だけは常に明るくあるべきだ。なのにその作品は、どこかじめじめした雰囲気をしていた。アイドル達が悩み苦しむ姿に、希望や輝きまでもが掻き消されてしまっているような気さえするアニメだった。
だからそのアニメ自体を好きになれなかった。
それゆえに、そのバレンタインデーのライブにだって興味がほとんどなかった。
俺は声優という職業についてほとんど知らなかったんだと思う。
上手いなぁとか、気持ちが籠っているなぁとか思う声優さんはいることにはいたけど、その程度。
声優を意識してアニメを見ることなんてなかった。
……少なくとも、栞を演じる久遠すずかの姿をこの目で見るまでは。
さて、アニメコンテンツのライブというのは盛り上がる。
本当にそのアニメが好きな人。出演している声優が好きな人。楽曲が好きな人。ただただ、はしゃぎたい人。俺みたいによく分からんまま来てしまった人。
そんな奴等が何千人も集まっている箱の中はまさにカオスで、頭が悪くなりそうなくらいにガンガンと色んな音が響き渡っている。
こういうステージに立つ人はよく、その場所からの景色を「サイリウムの海」と表現する。言うなれば、俺はそこに漂うだけのクラゲ……いや海藻にすら満たないのかもしれない。流木。そんなレベルの人畜無害っぷりで突っ立っていた。
後ろからはクラップや、声優の名前を呼ぶ声が聞こえている。
こいつら、普段は隠キャなくせに。なんて思わないことはない。
まぁ、あの時の俺はそんなことを考えていたんだ。つまるところ、大半の時間は退屈だった。
オープニングやエンディングに用いられている楽曲は知っていたけど、他の曲とかはCDを購入したりしていないため知るはずもない。楽しみようがなかった。
唯一、その場所で出来た俺らしい事は、あんまり好きではないアイドルアニメであるところの『-ness』のキャラクターたちを懸命に頭の中で思い出して、それぞれのキャラクター達がソロで歌うキャラソンの歌詞と、そのキャラクターの属性とを照らし合わせることくらい。
キャラクターと歌は割りかしマッチしている。
明るい子が明るい曲を。冷静沈着な子はカッコいい曲を。キャピキャピした子はクセになりそうな可愛い歌を。病弱な栞を演じた声優さんは、しんみりするバラードを歌っていた。隣で一詩が少し泣きそうになってるのがちょっと気持ち悪かった。
キャラクター至上主義者な俺からすれば良質なキャラソンというのは栄養源だ。だから、俺としては、それぞれのキャラクター達のソロパートの部分は唯一、意義がある時間にできた。それなりに満足もできた。……途中までは。
事件が起きたんだ。
……あくまで俺の中で、だけど。
声優達が、手を振ってステージから去っていった。すると会場には「アンコール」の声がこだまする。
一頻りアンコールが鳴り響き、2分か3分経った後、一人分の影がステージにポツンと見えた。スポットライトはまだ彼女を照らさない。
代わりに会場の視線を集めるのは、ステージの上にある、大きなモニター。
アニメーションが流れ始めた。
栞にまつわるシーンを集めたみたいだ。栞が笑っている姿。病気に苦しんでいる姿。泣いている姿。みんなを鼓舞している姿。ライブで成功を収めた姿。
このアイドルアニメの最期のシーンをよく覚えていた。
6人組アイドルユニット『
その土曜日の公演、すなわち初日のライブで、センターを務めていた栞がステージ上で倒れてしまう。抱えていた病気のせい。すぐに病院に運ばれる栞。医者から、これからアイドルは厳しいだろうと告げられる。それ以前に、長く生きることすら出来ないのかも知れないなんて不穏な言葉と一緒に。
それから、栞は決断した。
アイドルを辞めることを。……一曲だけ、2日目の公演で歌わせてほしいと交換条件をつけて。渋々医者は了承する。
そして物語は、栞の最高のラストライブで幕を閉じた。彼女は全力で歌って、そして笑顔を浮かべた。それが『-ness』というアニメのラストシーン。
……まぁ、どう解釈しようがバッドエンド。暗い雰囲気に沿ったバッドエンドだ。
最後のライブを感動的に、そして全力で描いてはいたけど、病気で弱って引退して終わりという、アイドルアニメには珍しいバッドエンドだった。
モニターを見ているとそんな記憶と、その時の俺の気持ちが蘇ってくる。
モニターは、最終話で、最後の一曲を終えた栞が笑うシーンを映してから、黒い画面に戻った。
光を失った、会場に力強い声が駆け抜けた。
「──ねぇ、みんな。私の声聞こえてる?」
それはアニメで聞いた栞の声と全く同じもの。
喋ってる人が同じなのだから当然ではあるけれど、だけど、この暗闇の中だと、本当にアニメーションの中の栞が喋っているような感覚がした。
「私は栞。“元”アイドルの
春の風がそよいだような優しい声。
そして、彼女は「“元”アイドル」と言った。
モニターのアニメーションの演出を考慮しても、アニメ最終話の延長線上にいる設定なのだろう。
原作ファンなら歓喜しそうなところだ。
「……久しぶりだね。えっとね、ごめんね。言葉がうまく出てこないんだけど……。私の物語は──風宮栞の物語は続いてるから。それだけ知っていて欲しくて。だから、今日だけ特別に。一曲だけ、私の新曲を聞いて欲しいんだ」
突然の新曲発表に会場がオーーーっと湧く。
「──パステルカラーの腕時計」
曲名が声優の口からコールされ、モニターにも曲のタイトルが文字となって大きく表示された。
ただそれだけ。それだけのことなのに、会場はさらに歓声に塗れた。
『パステルカラーの腕時計 作詞:久遠すずか』
きっと、一番大きい文字サイズで出力された、曲名よりも、その下に少し小さい文字で書かれた、作詞した人の名前にザワついたのだろう。
奇しくも、一人でステージに立って歌い始めた声優と同じ名前。
新曲ということもあり、モニターはカラオケ映像のように歌詞を流しはじめる。
オタクたちはそれに集中するためにざわめくのをやめた。
一分もいらなかった。
この歌が、栞に「相応しくない」と判断するまでに。
53万円とちょっとの時間停止系魔法 和泉ハルカゼ @cureyukko
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