16話 戦域4-4/狂気者―クルウケモノ―

 白銀の竜スカしたトカゲは不思議だった。

 戦争ゲームの話だ。たった今小高い山の上から見下ろす、命のやり取り陣取りゲームの話。


 弱点と見て取った場所がある。相手人類側からして戦域4-4と名づけられたその地点。

 その地点は、容易に突破できるはずだった。突破できるように、戦力の半分ほどをそこにぶつけてみたし、飛べる駒も、その戦域に投入した。

 もう既に今頃は、もっと奥深くまで相手の陣地を奪えてしかるべきだと、白銀の竜は思う。


 けれど、現実はそうなっていない。

 なぜだろう?

 白銀の竜は首を傾げ、傾げた直後にその所以を、


 戦域4-4にあるの単眼。それを引き付けて止まない、黒い鎧。

 人間の陣地から大分こちら側に寄った位置、竜の大群のただ中に、それこそくさびのように、小集団が打ち込まれている。そして、ど真ん中にあるその集団に、達の興味がひきつけられているらしい。だから、全体の進行が予想より遅くなっている。真ん中が詰まっているのだ。


 は、馬鹿だ。ある程度なら、白銀の竜はその行動を制御できるが、流石に8千全て完全に意のままに出来るはずもなく、末端の一匹一匹は、何の思考もなくただ、近くの派手なモノに興味を持って壊そうじゃれようとする。


 近くて派手な、跳ね回る黒い鎧。相当な数の駒が、それに興味を引かれ、知能もなくただ追いかけている。じゃあ、あの黒い鎧がいなければ良いのだろうか?


 違う。あの黒い鎧に壊されている駒の数は少ない。ただ、夢中で黒い鎧を追いかけていると、その内にいつの間にか駒は死んでいるのだ。黒い鎧おとりに釣られたあほを、が猛烈に減らしている。


 白銀の竜は、また首を傾げる。頭の中で思考が巡り、戦場にある全ての単眼を介し―――そのを、白銀の竜は見つけた。


 あれが邪魔だ。おとりより排除の優先順位が高い。近場の駒を消しかける?いや、直援がいるらしい。じゃあ―――


 思考がまとまった直後、―――白銀の竜の姿は、もう小高い山の上にはなかった。



 白銀の竜は戦場のただ中にいる。戦域4-4の一角。そこに打ち込まれた楔、そのに。


 白銀の竜のすぐ目の前に、背中がある。返り血に染まったコート。金色の短髪。とがった耳。女。面制圧女アイリス


 面制圧女アイリスは振り返る――けれど、その時にはもう、白銀の竜の尾は伸び切っていた。


「あ…………」


 良くわからない面制圧女アイリスは鳴らした。

 尾を引き抜くとは倒れる。散らされた雪の地面に、コートが広がり、崩れ落ち、血が零れていく。


 動かない。処理できたらしい。じゃあ、もう、これに興味はない。白銀の竜はそう思った。

 そして、次を思う。

 折角、ここまで踏み込んだ。ついでだから、あのおとり黒い鎧も消そうか――。


 白銀の竜は嗤った。

 曲芸と自殺サーカスを続ける、黒い鎧スルガコウヤを眺めて。



 *



 俺の背後で起こったその変化は、唐突で、そして致命的だった。


 突如、最効率の面制圧アイリスからの支援が途絶え、杭が一斉に近場に突き刺さる―――。それが意味するところを俺は即座には理解できなかった。

 だが、理解できなかったからこそ、確認しようと考えたからこそ………俺は、生き延びる事が出来た。


 仲間の方を見る―――


 ―――その視界の端に白銀の竜スカしたトカゲがいた。

 俺のすぐ傍、俺のすぐ後ろ。知性体は嗤い、尾を俺に向けている―――。

 知性体……瞬間移動?


「………ッ!?」

 

 回避と反撃は反射で同時だ。

 身体をよじった俺、“夜汰鴉”の肩の部分の装甲を白銀の竜クソ野朗の尾が抉り、浅く貫通したか痛みを覚えながらも俺はクソ野郎へと杭を向け―――。


 けれど、放つ前に白銀の竜クソ野朗の姿が消える。


「クソッ!」


 毒づくと同時に俺は大きく跳ねる―――足の下を尾が走り牙が走り爪が走り僅かに装甲を掠め―――。



 上から、俺は戦域を見下ろす。

 竜は、相当数削ったが、まだまだ根絶やしには程遠い。

 白銀の竜スカしたトカゲの姿はない。俺を打ち漏らしたが追撃する気はないのか。

 上から眺めて、俺は気付いた。仲間達も気付き始めている。



                         ――なぜだ。



 着地。手近を殺す。装甲を掠める。再び跳びあがる―――。


 味方は動揺していた。それでも何とか堪えているのは既に覚悟を決めきった精鋭だからだろう。

 仲間達の、中心。そこで、アイリスが倒れている。そこに、血の沼が出来ている。

 アイリスはピクリとも動かない。生死を確認する余裕は、俺にも味方にも無い。最低限5体は満足にくっ付いているように見えるとしか、言い様がない。



                      なぜ俺が先じゃない?



 着地。竜を踏み、近くに落ちている杭最後のプレゼントを回収し、跳ねる。


 状況は理解できている。俺は冷静だ。

 この集団は、だから、派手すぎたのだろう。全体に影響を及ぼしすぎた。知性体クソ野郎はそれを処理するべきと考えた。その上で合理的にどれが邪魔かを考えた。

 アイリスを処理する優先順位が高かった。だから先に始末された。アイリス制圧力さえ居なければ俺は放置しても構わないと竜は考えた。

 だから俺は見逃されている。



                     なぜ俺が生き残っている?



 先に味方が――アイリスが倒れたから俺に猶予が与えられた。その猶予、偶然に見える必然の結果俺の反射が対応した。対応してしまった。対応できてしまった。


 味方が押されている。折角拾った、折角生き延びた味方が、牙に爪に尾に……。アイリスがいなくなった結果雑魚の処理が間に合わなくなってきた。



                        なぜ俺は死ねない。



 退くのが正解だろう。俺は生き延びられる。俺だけならまだ退ける。それが、合理的な思想だ。

 桜はどうする?ここで俺が死んだら桜はどうなる?生き延びるべきだ。

 味方を見捨てて。生死不明のアイリスを置いて。


 縋りつくならそうなる。合理性に忠実なら。ここの希望の根拠は今、死んだ。いや、アイリスの死体を見捨てなければエルフからの温情を得られるか?その為に死ぬか?合理的に物事を見るのならばそこを秤にかけて決断するのが、それこそ賢い話だろう。



                  どうして、なぜ俺じゃなかったんだ。

                 俺のミスだ。知性体を逃したのは俺だ。

                俺が甘えたせいでアイリスが死んだのか?

             ……だとしたら、だとしても、他の奴だけでも。



 あそこで生死不明になっているのはただのカードに過ぎない。謀略のカード。エルフからの信頼を得る為に、誠意をこれ以上ないほどの形で示すためのカード。

 生死は関係ない。を守り抜いたら“兄さんリチャード”は俺に感謝するだろう。

 ―――クソみたいな考え方だ。俺は…………。



                       クソがクソがクソが!

                     あいつアイリスは元々安全圏にいた。

                踏み込まず後ろにいても構わなかった。

           死にたがりの馬鹿に付き合う必要はなかったんだ!

       それが、なんで…………なぜ。なぜ、俺はまだ生きている?

 俺が殺したようなものだ。俺は他人の寿命を吸い取って生きているのか?



 着地、跳ね上がる。直後だ。

「………ッ、」


 爪が俺の身体を貫いた。

 飛ぶ奴だ。味方に、足元の竜に、自戒に意識を向けすぎたせいで、接近する竜に気付けなかった。

 空中で竜に絡まれ――深く、深く胴体を裂かれ――竜ともつれ合うように、バランスを崩した俺が落下していく先には竜の絨毯安息の死が雁首をそろえて待ち受けている。



                           楽になるか?



 落下しながら―――アイリスを見る。ピクリとも動かない。いけ好かない女だ。もう死んだのか?まだ生きているかもしれない。俺を殺そうとした奴だぞ?だがわざわざ自殺に付き合った馬鹿だ。あいつはあいつの立場に沿って行動していただけだ。今、カードとしてみようとした俺となんら変わりない。

 それを、見捨てるのか―――。

              

                          楽になるか?


 仲間達の顔に嫌な覚悟が見える。アイリスが倒れた事を理解した。俺がやられたとも、そう考えたのだろう。アイリスは能力として特別だった。俺は………そう大層なもんじゃない。ただ、あいつらを拾ったのは俺だ。道連れにしたのは俺だ。行先を決めるのは俺なんじゃないのか?

 半端に希望だけ与えて、それで見捨てるのか―――。


                        楽になるか?



 地面に落ちる。衝撃で纏わり付いていた竜、飛ぶ奴は外れて行き――その爪が赤いアーチを描くのは俺のか。深手らしい。痛覚はアドレナリンで飛んでいるからそれで見るしか他に知る方法がない。


 アーチはゆっくりと、赤い雫に変わっていく。

 周囲には竜が居る。

 竜と竜と竜と竜と竜と竜と竜と竜と竜と竜と竜と竜と―――。

 嗤ってやがる。



                      楽になるか?



 他にないだろう。あがいてどうにかなるのか?もう対応できる体勢でも状況でもない。

 もう、十分だろう?そもそも帝国の基地で仲間家族と死ぬべきだった命だ。



                   見捨てるのか?



 アイリスを?味方を?………桜を。


 あの子は、今、どうしている?

 地獄を見て耐えているのか?傷を負った兵士を見て、泣いてはいないだろうか?

 前、俺は、支えてもらった。今度は俺が支えなくてはいけないんじゃないのか?

 それを、俺は………見捨てるのか?


 牙が迫る。爪が迫る。尾が迫る。永遠の刹那がコマ切れの様に―――。

 何処を向いても、竜共が嗤っている。

 俺は………。

 

 


 大層な人間じゃない。 

 勲章に見合う人間じゃない。

 無茶に根拠を作れるような英雄じゃない。

 誰かに依存して、誰かに支えられて、心配かけた上で自殺するクズだ。

 俺が投げ出せば、アイリスは確実に死ぬ。

 俺の行先に仲間が付いて来る。

 桜は泣くだろう。

 俺は………。

 俺には。



 ―――捨てる諦めるという選択肢甘えは許されない。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 牙が装甲を貫く―――構わない。変わりにクソ野郎トカゲの眼球を殴り潰してやる。

 爪が装甲を貫く―――構わない。力付くでその爪をへし折ってやる。

 尾が装甲を貫く―――構わない。俺はその程度ではまだ死なない。


 右手のナイフを単眼に。放して真っ赤な馬鹿の血の色の尾を掴み振り回し何匹も叩き潰し。

 左手の杭を打たず、ただ突き刺し突き上げ振り回しその脆い機構バンカーランチャーが付加に耐えかね砕ける。



 荒れた雪原に血が舞う。破片が舞う。竜が、狂気が踊る――。



「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 “夜汰鴉”のそこら中に穴が開き血が流れ周囲全てが色だが、腕も足も頭もまだ付いている。俺はまだ死んでいない。死ぬ気はない。見捨てる気はない――。


 鮮血をそこら中に、酷く暴力的に、ただ暴れるに任せ周囲を制圧し。

 一瞬の間。一瞬の空間。ボロボロの鎧に残った武器はただ、一つだけ。

 馬鹿でかい刀野太刀。それを、俺は引き抜いた。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 ザン―――その音は重く硬質な金属カネイロ悲鳴ヒビキ

 手近な竜を殺す。切る。いや、叩き潰す―――。


 宙を舞っているのが俺の血か竜の血かわからない。構わない。俺はまだ動いている。


 見渡す限り竜竜竜竜竜竜竜竜竜エモノエモノエモノエモノエモノエモノ―――。


 そんな中、怒号に似た咆哮が聞こえてくる。仲間の声か。そうだ、付き合え死に損ない共。

 ……死ぬまでだ。

 ………死ぬまであがいてやる。


 楽になる気も、見捨てる気もない。覚悟はある。

 俺はまた生き延びて死に損なって見せる―――。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 


→16話裏 扇奈/単眼、鏡、面相は塗り変わり

https://kakuyomu.jp/works/1177354054890150957/episodes/1177354054890678332


→16話裏 桜花/糸の切れたお人形

https://kakuyomu.jp/works/1177354054890150957/episodes/1177354054890699343

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