15話 戦域4-4/地獄の激情、希望の烈火

 一兵卒に出来ることには限界がある。前線にいながら、戦場全域の状況がわかる訳じゃない。

 データリンクすらないこの戦場では尚の事だ。全域の状態も、他の戦域の事もわかる訳がない。

 暴れて来いと言われた先が戦略上どの程度重要な箇所ポイントかすらも、わかりはしない。


 けれど、それでも、何度も生き延び死にそびれててきた経験から、戦場の空気で、様相で、感覚的にわかる事がある。


 戦域ポイント4‐4。趣味も縁起も悪すぎる呼ばれ方のそこは、間違いない。



 ―――地獄だ。


 *


「うおおおおおおお―――」


 雄たけびの途切れたオニの死体が、噛みつかれたまま運ばれ、絵筆の様に、雪原に紅い線を引く。

 組み付かれた固定銃座の隙間からトカゲの尾がそれを貫通し、赤い華は茎だけを残しすぐに散る。

 曇天に刀が吹っ飛んでいる。腕がついたままの。その下で、トカゲの群れに悲鳴が途切れ潰れる。


 ………そこら中で、だ。見渡す限りそこら中が、俺が辿り着いた時には既に、地獄そうだった。

 大多数の竜。そこら中の赤い染み。個人の力でぎりぎり耐えている人間がぽつりぽつり、……踏み潰される。


 乱戦になっている。竜が接近しすぎて連携を取る余裕がもうなく、分断され、数に吞まれて各個撃破―――人間仲間トカゲに食いちぎられている。

 

 ある意味、俺にとっては、見慣れた光景のはずではある。

 だと言うのに、目を背けたいような想いに駆られるのは―――

 ―――幻視したせいだ。


 俺の居ない、戦場。俺の居ない第三基地もこうだったのか。

 俺の家族仲間はこうなったのか。救援がないと知った上で最後までこうあがきそして最後には………。


 実際に目にしたはずも無い仲間たち家族の最後が見えた気がした。

 なぜ、俺はその場にいなかったんだ?なぜ、俺は………―――。


「――――ああああああああああああああ!」


 怨嗟、悔恨、憤怒―――どれをとっても激情だ。

 

 状況を正確に理解する事は出来ている。戦域4-4はもう。司令部からも見捨てられたはずだ。一つ後ろで構える方が利口で、利に適っている。まだついてきていないアイリス達はそっちに向かうかもしれない。俺だって、用兵上で考えれば、あるいは俺自身の生存率どうでも良い事を考えれば、そちらの防備に当たるべきではあるはずだ。


 けれど………。


「あああああああああ!死ねぇぇぇぇぇ!」


 鼻から、俺は死んでいるようなものだ。未練が動いているだけ………目の前でまだ生きている奴を見捨てる気にはなれない。


 回転式小銃ガトリングガンが唸りを上げる―――躊躇う事なく竜の中へと俺は突っ込んでいく。

 どんな手段でも良い。撃ち殺すでも踏み殺すでも殴り殺すでも切り殺すでも構わない。


 竜を殺せるならなんだって良い―――。

 ああ。捨ててやろう。俺の命も。


 足元で竜が潰れる―――周囲の単眼はこちらを向いた瞬間に汚らしい血の華に変わり、尾と牙が迫る頃には俺はその場所にはいない。


 激情に駆られ。躊躇いなく竜の合間を潜り抜け。

 向かう先は、竜の大群地獄に吞まれながらも、まだ生きている味方の元―――。


 刀を握るオニ、返り血で真っ赤なそいつの元へ―――竜の大群に絡まれつつも生き抜いているそいつの横に、俺はトカゲを踏み潰しながら辿り着く。


「来い!」


 それ以上の言葉を口にしている暇はない。そのオニが理解したかどうかを確かめる余裕も無い。

 その一瞬で竜の尾が俺を掠め、装甲を掠め、だが無視して俺は跳ねる。

 味方の元へ―――。


 竜を道に。進路に現れる竜を。付いて来るの奴の道を塞ぐ可能性のある竜を優先的に撃ち殺す。

 俺にしてやれるのはその位だ。竜の最中に突っ込む。弾薬は居るの後続の為に使う。

 尾が、牙が、爪が装甲を掠める―――直撃しなければ何の問題も無い。


 背後を確認することなく、乱戦、夥しい竜の趣味の悪い絨毯に自分から飛び込みながら、別の生き残り、まだ生きている奴の下へ―――クソが!だが、まだ、近くにもう一人いる。そいつだけでも―――拾ってみせる。


 俺に拾える命を拾う。俺の命を賭けて、竜の大群へと突っ込み、乱戦の中で群を作る。

 後ろの奴はついて来てるか?止まってやれる余裕はない。足を止めたら俺が死ぬ。俺に出来るのは、を作ってやることだけだ。

 可能な限り突っ切り、突っ込み、俺が竜をひきつけ、道を作る―――。


 ………付いて来る奴がいるはずだ。


「あああああああああああ!」


 激情に駆られながら、けれど、叩き込まれたとおりに、俺は戦略的に最悪で、戦術的に最善の行動自殺を続ける―――。


 俺は死なない。仲間も死なせない。謀略なんざ生き延びた後に考えれば良い。


 間に合わなかった奴がいる。

 手が届かなかった奴がいる。

 だが、死に損ないでも、誰も救えない訳ではないはずだ――。



 ―――カン。

 空虚な音が響く。トリガーは軽く、回転式小銃ガトリングガンの砲門は、ただ回るだけ。弾切れだ。


 着地の瞬間だ。足の下の一匹は踏み殺した。

 だが、伸ばせば手が届く距離に、何匹もよだれが、単眼が、尾が牙が爪が――。


 目の前に尾が迫る跳ねるのも杭も間に合わない―――。


 血が吹き出る。

 ―――単眼を抉られた竜の血が。


 血の色の刀が、今俺を殺そうとしていた竜から、引き抜かれる。

 紅色の刃は、俺の真横を引き戻っていく。

 俺を殺すトカゲを仲間が殺す。

 仲間を殺すトカゲを俺が殺す――。


 俺を助けた奴の名前は知らない。最初に俺が、返り血に染まったオニだ。そいつはこっちを見ることなく、ただこれだけを口にする。


「行くぞ。次だ」

「………ああ!」


 もう邪魔なだけデッドウェイト回転式小銃ガトリングガンを投げ捨て、代わりにナイフ―――普通の剣くらいのサイズのあるアーミーナイフを引き抜き、俺はまた、竜の群れへと突っ込んで行った。



 俺の前で死ぬ奴もいる。

 俺の後ろで死ぬ奴もいる。

 だが、生きている奴もいる。俺が生かした奴も、俺を生かす奴も。


 いつの間にか、背中に銃声が響いている。

 いつの間にか、背中で咆哮が上がっている。

 それも、一人切りじゃない。何人か、に過ぎない事は確かだ。この乱戦の中で全員助けるなんて一人の兵士に出来るはずがない。

 けれど、俺は、俺に出来る事を、可能な限り―――。


 部隊長はいない。命令もなければ指揮系統なんてあるはずもない。

 けれど確かに背後には連携カバーがあった。地獄の中で支えあう連帯が。


 ………結果論だ。

 地獄の振るいに掛けられて、単独で堪えていた奴らが、精鋭異常でないわけがない―――。

 ………ちゃんと、付いて来る、生き延びていてくれる奴らがいた――。


「あああああああああああ!」


 ナイフを単眼に突き立てる。

 杭が竜の首を吹き飛ばす―――。


 その周囲で小銃は単眼を撃ち抜き、刀は竜の首を跳ねる―――。


 一人ずつ、一人ずつ、けれど確かに、俺は拾い上げていく―――。


 機械式射出杭バンカーランチャーも撃ち切った。後はこのナイフと馬鹿でかい剣野太刀だけ。

 それでも、俺は、俺達は地獄竜の海を進む―――。


 この戦場で、生き延びる為に。生き延びさせる為に。


「上だ!」


 誰かが警告の声を上げた。

 見上げる空が、ような色をしていた。

 夥しい数の竜が、夕陽の暗雲の様に、空を覆っている――。

 飛ぶ奴だ。立体的に接近してくる奴らトカゲの、集団。

 温存されていたらしいのが、ここに投入されたのか。


 セオリーは集中砲火で近付いてくる前に叩き落とすこと。

 だが、竜に囲まれている現状で、火力を上に集中するなんて出来るはずも無い。

 近場の敵を無視したらその瞬間にそいつらに殺される――。


 かといって放置すれば、この小集団は空からの敵に内側から食いつぶされるだろう。


 もう、どうしようもない。

 ―――そして、対処どうにかする必要は、その脅威が生まれた瞬間に霧散した。


 落ちる落ちる落ちる―――。涎と血の雨を降らしながら、竜が落ちる。

 恐ろしい精度、恐ろしい威力、恐ろしい効率で、空を飛ぶ竜が殺されていく。


 いや、その暴力は、空を飛ぶ奴だけに向けられたものじゃない。


 周囲に鈍い輝きが降り、よだれと血を撒き散らしながら、俺の、俺達の周囲に殺到していたトカゲ共が、地面に縫い付けられていく―――。

 

 ……アイリス、か。


 幾つものが一瞬で周囲を制圧し、………その末に、思い出したように、俺の方へと降り注いだ。


 ガガガガガガガガ―――。


 避けなかった俺の頭上、わざわざすれすれを、杭は通り抜ける――。

 何本もの杭が突き刺さったのは、俺のすぐ背後の地面。

 振り返れ―――そう、高飛車に命令されたかのような気分だ。


 綺麗に整列するかのように、一列に並んで俺の背後に刺さっている杭。

 戦場に、暴力的に作られた一瞬の静寂に、俺が拾った奴ら――いつの間にか小隊規模くらいにまでなっていたそいつら――も振り返る。

 衆目を浴び、死骸ばかり転がる真っ赤な雪のランウェイを颯爽と歩んでくるのは、無茶でもしたのか、返り血を浴びたエルフの勝気な女。


「デリバリーよ?……女神様が、女神様を」


 返り血を身体に。かすり傷を頬に。けれどそれまでも化粧の様に映えさせながら、アイリスは笑う。


「守ってあげるわ。……だから私を守りなさい馬鹿共」


 その傲慢で高飛車な悪態に、俺以外の奴らが上げたのは、雄たけびだ。

 更に士気が上がったらしい。……それだけでぎりぎり保ってる様な集団だったが、この面制圧女が来たなら、それこそ生存が現実的な話になる。


 目の前に並べられたデリバリー、それへと左腕を振るい、残弾を補充しながら、俺は声を投げる。


「……命令無視か?俺を殺せって言われてるだろ?」

「だって、予想の100倍馬鹿だったし。……安心なさい。生き残ったら殺してあげるわ」

「………楽しみな話だ」

 少なくとも、ここでは死なせないでくれるらしい。これ以上の朗報はないだろう。


 ガチャン、と機械音。機械式射出杭バンカーランチャーの補充を終え―――俺は、死地をついてきた死にぞこない精鋭達に、アイリス味方に背を預け、を睨み付けた。



 *



 絶望の中、咆哮を上げる黒い鎧がの波を突っ切る。

 初めはただの馬鹿だ。自殺している馬鹿にしか見えない。


 一人、救う。その一人が馬鹿についてくる。

 また一人、救う。その一人も馬鹿についてくる。

 一人、一人、一人………馬鹿が増えていく。

 気付くと、小隊規模だ。乱戦模様の地獄の最中に、ただ強烈な意思と士気を持った部隊が生まれる。


 戦場全体で見れば、ほんの小さな変化に過ぎない。

 だが、戦域4‐4に居る全ての兵士にとって、それは希望になり得た。

 単一個人が地獄の中で、唯一生き延びる可能性のある希望。


 戦域4-4に居る全てのが、その光へと這い進み出す。

 光の方も、を救う為に動き続ける。


 ―――やがて、そこに火力が加わった。

 数の上では些細だ。個人個人をとっても、些細な力しか持たない。対面に居る竜の百分の一にすら満たないだろう。


 けれど、士気は高い。結果論として練度も高い。制圧力も高い。

 乱戦の最中に一つの部隊、一つの陣が生まれ、やがてそれは膨らんでいく――。


 竜の進軍を脅かすほどまでに、その小部隊はなった。

 大多数のオニ。少数のドワーフ。一人のエルフ。一人のヒト。

 地獄の淘汰を生き抜いた精鋭部隊。


 階級も種族も投げ捨てて一つの目的の元生き延びる為に集った希望。


 その光は、眩かった。


 …………遠くから眺める変異種アルビノの単眼が、細められるほどに。


 

 →15話裏 アイリス/女神様は移り気に、燐光は儚く

https://kakuyomu.jp/works/1177354054890150957/episodes/1177354054890615597

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