5章 多種族同盟連合軍基地防衛戦  血と弾薬と咆哮と

14話 開戦/狂気の手綱を握り

 白銀の狭路。両脇の急斜面にはその自重に宥められた雪の絨毯。迷子のようで、同時に老人のような木々は、風を知らす葉も花もつけず、代わりに純白のコートをその身に纏う。

 陽光に照るその光景は、確かな寂寥、冷たさを秘めながらどこか神秘的な暖かさをも幻視させる、そう、だから、月並みに言えば、とても綺麗な景色……


 つい、1時間ほど前の話だ。

 では、今、その静謐さは?あらわす言葉は一つ。


 ―――踏み散らされている。


「うわああああああ―――――――」

 断末魔の悲鳴は、自棄になって引き続けられた発砲音は、一瞬にして途切れる。

 頭を噛み千切られ、倒れる前に蹴られ踏まれ数秒後にただの赤いへと変わり。


 トカゲの足は血みどろに、雪原を踏み散らす。


 ―――見渡す限り、そこら中。


 よだれ。牙。爪。尾。流体の様に一丸と意思なく蠢く竜の大群が、狭路に流れ込み雪を人間を木を竜をその死骸を悉く吞み込んで行く――。


 堰き止めるのは、弾丸と刀。角の生えた人間。

 オニは奮戦していた。


「後100秒だ!100秒生き延びろ!」


 オニの部隊長は、そう味方を鼓舞し、迫り来る竜の一団へと刀を手に踊りかかる。

 一刀、一閃―――切り伏せた直後に竜の死骸はに踏み千切られる。

 弾丸が背後から飛来し、迫る竜の動きを固め―――固められた竜はまたその背後の竜に押され潰され―――。


 見渡す限り全てそれだ。

 竜が狭路に詰まっている。

 普通の戦争なら、その地形は防衛側が有利なはずだ。待ち構えて、狭い通路に入ってきた敵を、一匹ずつ仕留め続ければ良いだけなのだから。


 だが―――それは理性がある相手同士の話。

 竜は躊躇わない。死んでいる奴も、も、全て無視して踏み越えてくる。

 あるいは、急斜面を力尽く、勢い任せに昇り、側面からよだれを撒き散らして転がり落ちつつも牙を、尾を奔らせる―――


「………ッ、……退け!」


 予定よりずいぶん早い―――それでももう保たないと判断したオニの部隊長は、味方へと号令を飛ばす。

 だが、……その判断はあまりに


 周囲で絶叫が上がっている。途切れる時には血飛沫しか残らない。

 部下が何人殺られたのか、把握できるはずも無い。

 竜を何匹殺ったのか。……それを数えたところで何の意味があるのか。


 退却を始めながら――その合間にも周囲で絶叫が途切れていく――汚らしくよだれを撒き散らす生きた雪崩トカゲ共は尚勢いを増し殺到してくる。


 切る。切る。切る――――切っても切っても終わりは見えず、屍はすぐさま踏み越えられる。

 限界が見えた―――あるいは、諦めたのか。

 緩んだ剣閃は、迫る何十匹目の、に間に合わず――。


 彼はただ見ていた。

 迫る竜。トカゲの死骸を前脚で踏み潰し、焦点の合わない単眼をこちらに向け、よだれを撒き散らしながら、牙を、大口を開ける竜。


 走馬灯を見る余裕すらもなかった。

 その、竜の大口が、閉ざされる―――酷く暴力的に、突然頭上から降って来たによって。


 回転を続ける砲門が悲鳴のような音を鳴らす。発砲音は断続的に、放たれる弾丸は的確に竜の単眼弱点を撃ち抜き、次々と竜が倒れ、それを竜が踏み越え、その瞬間にまた倒れ―――。


 黒いFPA“夜汰鴉”。

 この戦場に突如介入してきたそれは、それこそ機械のような正確さでトカゲを的撃ちし続けながら―――酷く感情的な怒声を上げた。


「止まるな!退け!俺が受け持つ!」


 *


「……ッ。恩に切る、」


 オニはそんな声を投げて、背後へと掛けていく。

 それを横目に見る―――そんな余裕があるはずもなく、俺はクソトカゲ共をただ汚いだけの肉塊に変え続けた。


 63、62、61………。

 フェイスモニタに透過したカウントダウン。

 その透かした先にあるのは雪原。渓谷の底、両側に雪の斜面。


 そこを、クソトカゲ共が踏みつけ、汚らしいよだれと雪を散らし散らし―――。


「ああああああああああああああ!」


 踊れ踊れ踊れ踊れ死ね死ね死ね死ね―――

 咆哮と共に俺の右手から弾丸が撒き散らされる。回転する砲門から放たれる弾丸の口径は小さい。竜の皮膚を貫ける、と言う訳でも無い。回転式小銃ガトリングガンでも、それこそただばら撒くだけでは足止めが精々だろう。


 だが、ならば弱点を狙えば良いだけの話だ。

 銃身は空転させ続け。

 FPA――“夜汰鴉”の巨腕は力強く繊細に狙いを定め。

 トリガーの反動は、人工筋繊維が問題なく吸収する。


 ダダダ、ダダダ、ダダダ………回転式小銃ガトリングガンとは思えない断続的な射出音の果てに、単眼をぶち抜かれ汚らしい脳漿を撒き散らしせっかくの景色を汚しやがるクソトカゲ共が倒れ―――倒れる間もなく次のトカゲにその死体を踏み潰され、一秒後に俺の手によって死体となり上に重なる。


 竜の数は?300くらいか。地形のおかげで同時に相手をするのは最大10匹程度。

 だが、狭路を突破されつつもある。数匹撃ち漏らす程度なら問題はないだろうが、まとめて通せば今逃がして体勢を整えさせた味方オニの生き残りが死ぬ。


「―――クソが!」


 悠長に悩んでいる場合じゃない。俺は、躊躇いなく前へと、それこそ趣味の悪い絨毯のような竜の大群へと、


 足元の奴は踏み殺す。

 近くの奴は機械式射出杭バンカーランチャーで首を飛ばし。

 抜けそうな遠くのトカゲに対しては、指切りの回転式小銃ガトリングガンで頭を吹っ飛ばす。


 ―――しょっぱなから例の自殺だ。馬鹿の群れに突っ込み、馬鹿を踏み台に、馬鹿を釣り続ける馬鹿の戦術。


 出し惜しめば全て失う。俺には、鼻から余裕がない―――。


 30、29、28…………。

「死ねぇえええええ!」


 咆哮を上げ。空転管理しつつガトリングガンを指切りで点射し。

 横に跳ね、背後に跳ね、竜を踏み竜を踏み竜を踏み―――。


 ――――味方の支援があったのは、そのタイミングだ。


 杭の雨。一本一本が人間大の長さを持つ、ただ太く重いだけの物体。

 何十本ものそれが、全て正確な狙いを持ったままに、の上に降り注いだ。


「クソ女が!」


 隠す気も無い悪態をつきながら、俺は、その杭を跳ねて

 周囲で何匹もの杭が地面に打ち付けられて息絶えている。俺の足元―――俺が一瞬前に居た場所にも。


 アイリスだ。俺の味方のエルフの女。

 エルフの念動力―――その中でもアイリスは制御、威力共に異常チートらしい。

 今の一瞬で数十匹。向こう安全圏エルフの兵士達お友達に守られ、コートのポケットに手を突っ込み、ニヤニヤ俺を見て笑いながら、アイリスクソ女はそれでもこの場の誰よりも多くの竜を殺している。


「死ねぇ!」


 誰に言ったか……そう咆哮を上げながらも、俺はその、竜をひきつける機動をし続ける。


 周囲で杭がまた浮き上がり、ある程度の高さからまた、降ってくる。

 制圧力はたいしたものだ。文句のない味方の大戦力だ。……ついでに俺を狙わなければ。


「ああああああああああああッ!」


 竜を踏み、尾をかわし牙をかわし爪をかわしをかわし、ガトリングを転射しバンカーを放ち―――。


 その上で、カウントダウンに留意する。

 カウントダウンは10を切る。7から退避―――。


 越えた直後に俺は動いた。

 竜を踏み、斜面を蹴り、ガトリングを狙わずただ撒き散らしながら背後へと退いていく。



 黒い巨体は軽々と宙を跳ね、着地と同時に、足元で雪が舞う。


 ――全て同時だ。

 俺が、エルフ達、退いたオニ達のいる地点の少し手前、安全圏に退避するタイミング。

 フェイスモニタのカウントが0になるタイミング。

 そして、目の前の雪原―――夥しい竜の足元から、巨大な爆煙が上がるタイミング。


 FPAの聴覚保護耳栓が作動し、爆音は遠く、ただ煙と炎と焼けた鉄が雪原を焼く。

 地雷だ。竜の進撃系路上、狭路となり足止めに向いた地形と、その手前で竜が場所、その地面に埋め込まれた有線地雷が、カウントダウンと同時に起爆したのだ。


 焼け焦げた竜――元々か今死んだのかは知らないが、とにかく死骸が雪景色の上を吹き飛んでいく。

 刀なんざ握ってる集団にしては、想像以上に合理的な作戦だ。数だけ多いトカゲバカをとりあえず大雑把に減らす。

 序盤はその戦術で行くらしい。歩兵はそのためのおとりと足止め。俺の役目もそれだ。もう、何度かこれをやらされてる。


 不可能ではない。味方の支援―――アイリスの制圧力もある。

 問題は…………。


 俺の耳に、拍手の音が届いた。嘲るようなその声も。


「楽しいサーカスだったわ。良く、言いつけを覚えてました~。頭でも撫でてあげましょうか、ワンちゃん?」


 苛立ちの視線を向けた俺――FPA越しでもエルフの女はそれを感じ取ったのだろう。

 ご丁寧に挑発を重ねてきやがる。


「ごめんなさい。そう、怒らないでよ。あんまりうるさいから、ヒトはやっぱりバカなんだと思って」


 ………問題はこの女だ。

 この戦場のついでに、俺を始末しろ―――そんな勅命を受けているだろうエルフの女は、さっきからずっと、物のついでに俺を殺そうとしてきやがる。


 それが出来る位の異常チートだからこそ、扇奈の代わりに俺の首輪になったんだろう。

 しかも、本気で殺そうとはしていない。本気で殺す気なら、それこそこの“夜汰鴉”ごと俺をねじ切れるはずだ。


 そうしていない以上、わざわざ毎回俺を狙うのは、それこそ遊びのつもりなんだろう。ヒトをいたぶって遊んでいるのだ。

 まったく。俺が関わるのはの女だけなのか?


 それに、問題は他にもある。武装の問題だ。

 急ごしらえのせいでFPAのインターフェースと火器が連動していないのだ。

 要するに、残弾数がわからない。元々数が少ないバンカーランチャーはまだしも、ガトリングは、把握し切れない。

 

 急に弾切れする危険。味方に背中から撃たれる危険。それを常時気にしながら、竜の尾と牙を警戒する―――。


 ……命が幾つあっても足りやしない。間違いなく、自分の命を大事に思ったらその瞬間に死ぬ。

 ああ。幾つでも死線を越えてやろう。結果的に、俺は生き残る。生き残って見せる。


「工兵に連絡。確保。再設置の余裕あり。来なさいって。皆はドワーフおじさん達の警護。ライン確保………。さて、じゃあワンちゃん?」


 部下達に指示を飛ばした末、歩く面制圧女アイリスがこっちに視線を向けた。


戦域マップぐらい頭に入ってるでしょ?地点ポイント4‐4。強襲支援。先に行って踊ってなさい。私達も後で行くわ。飼い主が来るまで頑張ってね?」


 嘲りと指令を同時に投げてくるアイリスへと、俺は歩んだ。

 この女、どれだけヒトを舐めれば気が済むんだ………。


 アイリスは特に顔色を変えない。

「そうそう。死ぬ時はちゃんと自爆して貢献なさい。あなたの貢献遺憾で、もしかしたらお姫様が温情をもらえるかもよ?ほらほら。本当の飼い主の為に、がんばらないとね、犬?」


 やたら挑発してるのは、素でこういう女なのか?

 ………クソが。


 俺は挑発に乗らず、アイリスの周囲にまだ残っていた杭―――それを、機械式射出杭バンカーランチャーで苛立ち半分殴りつけた。


 再使用リユース再装填リロードだ。すぐ傍に落ちていれば、杭を横から殴るだけでバンカーランチャーの方は補充できる。戦ってる最中にそんな隙があるとは思えないが……いよいよになったらやるしかないだろう。素手よりマシだ。


「知ってるのよ?その鎧自爆機能ついてるでしょ?どうせなら派手に、役に立った上で散りなさい。私もね、やっぱり使い潰したって胸を張って言うからには、そこまでやらないとほら、もったいないし?あら、私も大和に馴染んできたわ。もったいないって。やっぱり、物は余さず遣い潰さないとね?……めんどくさいけど。ねえ、犬?」


 ……やかましい。鬱陶しい。クソエルフが。


「そんなに心細いなら例の兄さんにでも慰めてもらえよ。………お嬢さん?」


 それだけ言って、俺はアイリスに背を向け、指定された次の戦域へと歩みだした。

 どれだけ挑発されようと、どの状況であろうと、俺は仲間に銃を向ける気はない。


 この戦闘で、多種族同盟連合軍を勝たせるのが最優先だ。

 桜の為にも、………そもそも後方とはいえこの戦場に居る以上、負けたらそこで桜も死ぬんだ。

 ………死なせるわけには行かない。


 命を、賭けてでも。


→14話裏 アイリス/本陣最奥/白銀の竜

https://kakuyomu.jp/works/1177354054890150957/episodes/1177354054890586868

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