14話裏 視点群/アイリス/本陣最奥/白銀の竜

「そんなに心細いなら例の兄さんにでも慰めてもらえよ。………お嬢さん?」


 黒いFPA――“夜汰鴉”。駿河鋼也は、口調に確かに苛立ちを滲ませながら、けれど振舞い自体は冷静に――それこそ玩具バンカーランチャーの残弾を十分把握するくらいに理性的に、散々投げた挑発に対してただそれだけを返し、アイリスに背を向けた。


 その背を観察し眺めながら、アイリスは何とはなしに呟く。


「………あれで、案外冷静なのね。わかっててネジ外してるの?怖……」


 さっきまで散々馬鹿みたいに吼え散らかして、わざわざ自殺しに行っていたと言うのに、駿河鋼也は案外挑発に乗ってこない。

 てっきりアドレナリンで狂ってるのかと思ったのだが、地雷カウントも覚えていたし。冷静に自分含めた全体を見れているようだ。


 何より――アイリスが視線を向けるのは、地雷によって捲れた地面。

 単機で良く、竜を足止めしたものだ。仮にアイリスが介入せずとも、一匹も通さなかっただろう。

 いや、そもそも竜の大群に飛び込んで生きている時点で、あからさまに異常でもある。


 地の利があるとはいえ、同じ事を出来る“人間”は、この基地にもそう多くはないだろう。それこそ、アイリスか扇奈か……もしくは別の仕事指揮参謀で前線に出ないおじいさん将羅おじさん輪洞兄さんリチャード、辺りか。


 使えなかったら即刻切り捨てるつもりだった。味方を狙い続ける、と言うのはアイリスにとっても負担になる。その負担に見合わない戦力、理性なら、アイリスは早めに駿河鋼也を捨てようと考えていたのだが………。


「……ええ。そうね。扇奈も、あながち嘘言ったってわけでも無いかも。役割もよく理解してるみたいだし………」


 独り言の様に――ここにいない誰かと会話を交わすアイリス。

 その横を、えっほ、よいしょとやけに親父臭い掛け声を上げながら、ドワーフ達が何かを運び込んできた。

 円形の箱―――に成型された、地雷、爆薬。


「ようし、お前ら、そっとだぞ?地雷だからな、これ」


 ドワーフのうちの一人、イワンは部下達にそう声を投げながら、そっと地雷を置く。それから、固定用の器具を手に取り、また言う。


「良いか、そっとだぞ?そっとだからな?わかってるだろうが、地雷だからな?吹っ飛びたくなかったら――」


 ………鬱陶しい。横目でそれを眺めて、アイリスはそう思った。

 直後、何本かの杭が、たった今イワンたちの運んできた地雷へと飛来し、その固定箇所へと、思い切り突き刺さる。


「うおおお!?」


 力任せに地面に縫い付けられた地雷を前に、素っ頓狂な悲鳴を上げたイワンは、抗議の視線をアイリスに向ける。


「アイリス………お前、わかってんのか?だからこれ地雷………」

「これで死ぬ奴はどうせ死ぬわ」


 涼しい顔でそう言った挙句、アイリスは不意に片眉を釣り上げた。


「え?……そうね。私も正気まともじゃないわ。今更、何言ってるの?兄さん。……あ、そう?わかったわ。………私は預かった犬を追いかけるわ!工兵の作業終了、及び後続の合流後について来なさい!無理な位置なら別途兄さんの指示を待ちなさい!……よく働いた子は可愛がってあげる、かも?」


 部下達にそう声をあげ、エルフ達もその冗談を混ぜたような言葉に答え――アイリスもまた、歩みだした。

 周囲に、手遊びの様に何本もの杭――つい今しがた赤く竜の血に塗られたままのそれを舞わせながら。


「……だから、怖ぇんだよ、どいつもこいつも……」


 髭面を引き攣らせ、そう呟いた末に、イワンはまた、工兵としての作業に戻って行った。



 戦争は、まだ、始まったばかりだ――。


 *



「首尾は?」


 本陣最奥。司令本部、参謀本部―――幕に覆われケーブルの張り巡らされたその場所で、将羅は静かに問いかけた。


「……2割ほど削りました」


 答えるのはリチャードだ。


「まだ2割か………いや。急ごしらえならば、それでも満足すべきだろうが」


 初動の地雷での戦果が竜の2割。普通に考えれば十分以上に大戦果だが、竜が普通の思考、などもっているはずもない。まして竜の数は鼻からこちらの倍。2割減らしたところでまだまだ終わりが見えるはずも無く、むしろ首に牙を掛けられているのは将羅達の方でもある。


 軍義台マップを見る―――各所の報告を受け、その台の上の駒を現状に沿うように動かしているのは、輪洞だ。駒を動かしつつも、輪洞は指示を飛ばしている。


 単純に用兵だけなら、輪洞と将羅の間に差はない。むしろ、輪洞の方が堅実な分現実に即している。任せきって問題にはならない。


 将羅は、ただ動き続けるその軍義台戦場を眺めた。


 将羅達が戦場として選んだのは、竜の進軍経路上にあった山岳地帯だ。数での力押しをしてくるだろう竜に対して、狭路を通らせ一度に相手をする数を限定した。

 その上で、地雷で大雑把に減らす。その策を弄した上で、まだ2割。


 まだ地雷は残ってはいるが、初動ほどの集中運用に足る配置ではない。残りの地雷を全て使ったとして、減らせるのは更に1割が限度だろう。その後は、歩兵力でどうにか凌ぐほかない。徐々に後退しながらならある程度はもつだろうが、背水の陣、まで行けばまず間違いなく将羅達は踏み潰される。

 その背後、基地に居る非戦闘員も、あるいはその先の祖国までも。


「……なに?もう、なのか………」

 不意に、輪洞が呟く。嫌な知らせを受け取ったらしい。


「……いや。後続は上げるな。現在位置で防衛させろ。上げても犠牲が増えるだけだ」


 言いながら、輪洞は駒に手を伸ばす。

 軍義台上で、駒が大きく動く。とある地点、その場所に置いた味方の駒が盤外へ取り去られ、竜が一歩、こちらへと迫る。


 ここにいる限り、遊びの様にしか見えない。今、部下が100人単位で死んだのだと、仮に生き残りがいたとしても救援を諦めたのだと、知らなければわからないだろう。


 そして、将羅には、その事に心を痛める権利自体が、この場所に座っている間は存在しない。

「やはり4‐4か……」


 呟きに答えるのはリチャードだ。

「ええ。唯一平野になっている分、他以上の被害は避けられないかと。手厚く配置してはありますが、」

「……縁起が悪いな」

「は?……ああ。どうせどこかに割り振られる数です」

「わかっている。駿河鋼也は?使えるか?」

「アイリスが言う分には。おとりとしてそれなりに評価しているようです」

「よし。アイリスの隊を4‐4へ……いや、4-5か。一つ後ろへ……」

「もう向かわせています」


 涼しい顔で、リチャードは言い放つ。遊撃部隊の用兵も、参謀に任せれば済むらしい。

 輪洞は指示を出し続けている―――。


 戦場自体の指揮は、輪洞とリチャードに任せておけば良いだろう。

 ならば今、将羅が気を回すべきは?……その盤の外側だ。カード(お姫様)で作った援軍だ。


 といっても、今更気を揉んだところで、もはやそれも、将羅にどうこうできる問題でも無い。


 選択するのは、だ。皇族の首を確実に手に入れたいと考えるかどうか。

 乱戦で食い荒らされた中、消息不明で済ますか否か。


 無論、頼らずとも勝てるのが最良だが………これでは厳しいだろう。

 対面にあった帝国軍第3基地はここより上の戦力だったはずだ。それが、落とされたと言うのが事実。2割削ったところでまだまだ数の上で竜の方が多い事も事実。

 知性体ワイルドカードが敵方にいる事も事実。


 このまま行けば負けるだろう。かといって、将羅が今更慌てたところで現実は何一つ変わりはしない。


 老兵は静かに、に奔走する副官と参謀を横目に、へと思考を巡らせた。



 *



 を俯瞰する目は、もうあった。


 雪に近い色合い。ついこの間まで4本腕――だったその白銀の竜は、戦場の後方、小高い山の上から戦場のある方向を眺めていた。


 後ろ足2本。翼のような腕一本―――それらで身体を支え、空いた二本の細腕は、特に意味もなく、いも虫が蠢いているように怖気を誘いながら、組み解け組み解け――。

 手遊びなのか、神経異常なのか―――変異種アルビノは思考を巡らせている。


 戦況は見えている。目はここに一つあるし、同時に、戦域中にまだまだ八千以上ある。


 この竜に知識も知恵も無い。好奇心と分析能力があるだけだ。

 ただそれだけで―――そして馬鹿ではない。

 0からスタートだとは思えないほどに、この竜は賢い。



 この戦場で何処が脆いか。何処に全力を挙げれば良いか。敵のどの駒が邪魔か。敵のどの装置が邪魔か。竜は見ながら考え、見つけるたびに躊躇い無く味方を浪費してとりあえず


 いわば、遊びゲームだ。知的好奇心と幼心を血で満たしているにすぎない。


 白銀の竜の手が止まる。組み解けていた顔は纏わり付くように自身の頭を撫で回し………やがて、竜が嗤った。



 戦域4-4。

 鋼也達の向かう先。

 将羅達が布陣の弱点と見ているその場所。



 …………白銀の竜スカしたトカゲが見つけたのは、そこだ。


 →15話 戦域4-4/地獄の激情、希望の烈火

https://kakuyomu.jp/works/1177354054889537417/episodes/1177354054890603706

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