12話裏 桜花/決戦に到るまでⅣ
いつになく丸まった扇奈さんの背中。
困りつつも気遣おうとしている鋼也。
なんだか、珍しいものを私は覗いていました。
あ、いえ、覗こうと思ったわけではなく………これ、入って良い奴なのかな~って。
そんな風に戸口に立っているうちに、扇奈さんが私に気付き、途端に丸まった背中を隠した。私には弱さを見せたくないのだろう、お姉さんは。
と、言う訳で、私は見なかった事にしておこうと思ったんですけど、でも、かなり困った感じの鋼也に頼まれてしまった。
気遣ってやってくれ。鋼也の頼みは、そう言う事だろう。
難しい事言うな~と思いつつも、私としてもどうにかしてあげたかったのは確かだったので。
「扇奈さん!あの………」
食堂の傍。声を上げた私へと、扇奈さんはゆっくり振り返った。
「なんだい、桜?」
口調、雰囲気はいつも通り……に見せようとしている。本当にいつも通り、私に見せている感じなら、もうちょっと口数が多いだろうし。やっぱり、扇奈さんは私には頼りたくないのかもしれない。
どう言ってあげるのが良いのだろうか?私に頼る感じにならない、かつ気遣える言い方は?
「ええっと………。うん。駿河さんが心配してましたよ?」
私がそう告げた途端、扇奈さんの顔に、複雑で色々な表情が流れた。ものすごい勢いで頭の中が回転してるんだろう。
そうやって表情を動かした末に、扇奈さんはそれを全部隠そうとでもするように額に手をやって、言った。
「桜。あたしの今の感情は?」
「……恥ずかしい?」
なんとなくそう言ったら、扇奈さんは結構露骨に肩を落とした。
「あんたも意外と底が知れないよ………」
撫で肩。くたびれた、そんな雰囲気で、同時に肩の力が抜けた感じに、何処となく悪戯っぽく、扇奈さんは笑う。
「なんでもない。……事にしといてくんない?」
「はい」
頷いた私に扇奈さんは微笑みかけ、軽く手を振りながら、私に背中を向ける。
今の言い方で良かったんだろうか?気楽にして上げられただろうか?
私には、わからない。なんで扇奈さんが気落ちしてたのか。
*
その後、鋼也と少し話した。
これ、と上げる事も無いような他愛のない話だ。扇奈さんがどんな様子だったか。あの人も弱る事あるんだね~とか。
食堂でどんな仕事をしてるんだ、とか。いらっしゃいませって言ってみたり?
あと、角がいらないとか。スクラップがどうのとか。だいしつりょうのきかいしきしゃしゅつきこうである以上しゃていが短い上に見た限り
………兵器の話が一番口数多いのはどうかと思います。
とにかく、鋼也は、妙にのんびりしているような、そんな気がした。片手に湯飲みがあったから、普段以上にそう見えただけかもしれない。
私にはわからない。なんで鋼也が少しのんびりしているのか。
ただ、この方が良いな~とは思った。のんびりしてて欲しいな~と。
私には、わからな、……かった。過去形。
*
噂話が私の耳に入ったのは、鋼也が食堂を去った後。
私が皿洗いをしているその時。アンナさんが世間話のような風情で言い出したのだ。
「そういや、あんた聞いたかい?」
続く言葉は…………戦争の話だった。
それが、ここでは世間話になるのだと、突きつけられたような気がした。
旦那さんへの愚痴。誰と誰の関係が怪しい。空き小屋に連れ込んでたよ……とかと同列で、戦争の話が出る。
竜が1万。この基地に向かっているらしい。
私には、想像の付かない話だ。受け取り方が未だにわからない。
わからないまま、私はその話を聞いて、質問した。
アンナさんがかなり詳細にいろいろ知っているのは、この基地の女性ネットワークの力だろうか?とにかく、聞けば聞くだけ答えが来た。
戦うんですか?……当然。
鋼也や、扇奈さんも?……当たり前。
鋼也が大分危ない橋を渡っているらしい、と言う話も出た。
扇奈さんの手元を離れ、エルフの部隊に配置、されるとか。出所はアイリスさんらしいから、確かな情報だろうとも。
扇奈さんが気落ちしていた理由はそれだろうと思った。
でも、それがどう危ない橋なのか、私にはピンと来なかった。………私にはわからないことが多すぎる。聞いて答えてもらった話は、エルフがどう人を恨んでいるか、とか。エルフのお兄さんはヒトを容赦なく遣い潰すだろう、とか。
聞いてもわからない、わかっても実感が伴わないのは………私が、ぬるま湯の中にいるからだろうか。
鋼也はその事を知らないのか?知らないからのんびりしてた?
………そんなわけも無い。知っているからのんびりしていたのだろう。
覚悟を決めた結果、だ。……多分だけど。腹が据わったから、のんびりしていられた。
試験前日にもう赤点が確実だから開き直って遊んじゃう気分?……あまりに次元が違いすぎるけど、その例えの方が実感が伴うくらい、そう、だから私は、状況の割りにずっと………平和なところにいる。
平和なところにいさせてもらっているのだ。他の皆、鋼也や扇奈さんのおかげで。
私の日々は平和だった。内容は軍事だけど、やっている事はお勉強。
部活動みたいに、たまにお菓子をつまませてもらいながら、応急処置とかを教わって。
食堂で家事。
合間合間に、浮いたような世間話。
ずっと、そうだったら良いと思う。どうでも良い日常の中に皆いられれば、それが一番だと私は思う。
でも………だから私だけがそこにいても良い、と言うわけじゃないと思う。
竜1万。漠然としかわからない。漠然と、本当に危険だって事しか。
そこに、扇奈さんは行く。気落ちしたまま。
そこに、鋼也は行く。……背中に気をつける覚悟なんて、酷く物騒で悲痛なものを背負って。
………私だけが、かりそめの平穏の中に居て良いのだろうか?
その時の私は、わかっていなかった。何を目にする事になるか。わかっていなくても、私は、一端でも、見なければいけないような気がした。
……本当は、ただ待っているだけの不安に耐えられなかったって言う、それだけの話。
いや、それだけじゃない。
何かをしたい………何かに熱中したいと、そう思ったのは、今を見ていたいから。
今を見ていれば。今に集中していれば、明日を見ないで済む。
継承権争い。
ただの言葉だろう。鋼也にとっても、それはただの言葉のはずだ。実感のない言葉だろう。
けれど、私にとって、それは対岸の火事じゃない。
………私の兄弟が、殺しあってるのかもしれないんだって。
そんなモノ、見たくない。聞きたくない。考えたくない。
だから、私は……今に熱中したかった。
その結果、もっと酷い光景を見るとしても。
*
食堂でのお仕事が終わった後、私が向かったのは、ここ数日ですっかり見慣れた医局。
その中に一人で佇んでいた、白衣を背負った和服のオニの元。
季蓮さんに、私は言う。
「私にも、手伝わせてください。戦争の………医局の、仕事を」
季蓮さんの返答は、そっけなかった。
「悪いけど……そのつもりで仕込んでるわ」
多分、立場として、医局を預かる人間として、人手の足りなさを考慮に入れて、だと思う。
そっけなさの後に、季蓮さんは一人の人間として、心配そうに声を投げてくれる。
「良い?……綺麗なもんじゃないよ?踏み入れたら、多分戻れないよ?」
私は頷いた。
………振り返ると、だけど、その時頷いた私には、多分、本当に……何の覚悟もなかったんだろう。
使命感と義務感、焦燥、みたいな、そんな感情だけで頷いていた。
本当に、理解できていなかったのだ。
戦場の病院。それは、多分、鋼也達にとっては現実で、そして、私にとっては……ただの言葉に過ぎなかった。
でも。それでも。私が居る場所は。私の、大切な人達がいる場所は、そういう場所だから。
だから………私は、多分、見なくてはいけなかったのだ。
*
季蓮さんにお願いして、その日の“お仕事”を全部終えて。
プレハブ小屋の手前で、鋼也と偶然、顔を合わせた。
鋼也も丁度帰るところだったのかもしれない。さっきまで、ドワーフさん達のところにいたのかな?
どっちを言おうか。珍しく晴れていた冬の月夜の道端で、“家”の隣で、私はちょっと考えて、それから鋼也に笑いかけた。
「おかえりなさい」
「ああ。……お前もな」
そっけなく、……だが、いつもより少し気が抜けている風に、鋼也は答えた。
鋼也がのんびりしているのは、完全に覚悟を決めきっているから。
私が、こんな感じなのは……やっぱり、まだ、覚悟も実感も無いからだろう。
また、相談せずに私が勝手に決めてしまった。医療テントとはいえ、戦場に行く、と。
………怒るかな?
それを心配してしまうくらいに、私は…………お花畑だった。
→13話 決戦に到るまでV/割れ往く今
https://kakuyomu.jp/works/1177354054889537417/episodes/1177354054890557840
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