13話 決戦に到るまでV/割れ往く今
見慣れたプレハブ小屋の中。ストーブを傍に、下らない話と食事が進む。
まだ包丁握らせてもらえなくて……。そう、唇を尖らせ。
必要な薬品の名前はばっちり覚えました!そう、妙に誇らしげに鼻を鳴らし。
結局取れてなかった“夜汰鴉”の角を自分でへし折った話に、くすりと笑みを零す。
扇奈やこの子と比べたら、それは俺は無愛想なことだろう。表情の色彩が豊か過ぎて、俺には、何処までが強がりで何処までが本当なのか見抜けない。
藤宮桜………大和帝国第6皇女、桜花。
恵まれた生まれ。恵まれた人生。普通、ではなくとも平穏な世界で生きてきた少女。それが、何かが歪んで、ここまで戦争に近い場所に来てしまった。
そして、出来ればずっとそのままでいて欲しいと、無愛想な死に損ないにまで思わせる少女は、けれどまた知らないところで、勝手に、腹を決めてしまっていたらしい。
*
「私も、戦おうと思います」
食事を終えた後。空の食器が並んだテーブルの向こうで、桜はそんな事を言った。
「……なに?」
耳を疑った俺を前に、桜はジェスチャーを交えどうにかとりなそうとする。
「あ、いえ。あの……私に出来る戦いをですね………」
ジェスチャーも。声も。だんだんと小さくなって行き、やがて桜は覗うような視線を向けてきた。
「……竜が、くるんですよね?たくさん。その時に、医療テントのお手伝いをさせてもらおうと思うんです」
戦う、と言っても、実際に武器を取る、と言う話ではなかったようだ。
ならそれで一安心……と行く訳がない。
戦場の医療テント?それがどんな場所かわかっているのか?
いまだ覗うような桜の目を見ながら、俺は……それこそどこか言い含めるように告げた。
「……死ぬ確率が低いだけで、下手をすると戦場より酷いぞ」
「わかってます。……いえ。わかっては、いないのかもしれないけど………」
迷うように桜の視線は揺れ、俺を離れさ迷い………けれど再び俺を向いた時には、桜の目には頑固さが宿っていた。
「……私は、見るべきだと思うんです。政治も軍事も、……何も知らなかったのは、私が見ようとしなかったからだと思います。……嫌だったんです。勉強したら、普通が終わっちゃう気がして。でも………私は、」
そこで、躊躇うように桜は言葉を切り、やがて小さく息を吐くと、口元に笑みを浮かべ、突然問いを投げてくる。
「……駿河さんは、兵器が好きですか?」
「いや。必要だったから覚えただけだ」
「趣味、とかは?何をしてる時が楽しいんですか?」
「………何の話だ?」
「何の話なんだろう………」
自分でも良くわからない、そんな雰囲気で桜は小首を傾げ、言葉を継ぐ。
「……こういう話だけ出来るようなら、会う事はなかったのかな~って」
確信があるようでない、どこか寂しげな呟きを桜は漏らす。
「私が、駿河さんの世界に足を踏み入れたんだと思います。でも、私はそれを見ないようにしてたんです。それは、もう、駄目かな~って」
「わざわざ後ろ暗さを抱える必要はないぞ。帝国に戻れれば、お前は――」
「継承権争いに巻き込まれるんですよね?」
少し怒ったような眼つきで、桜は俺の言葉を遮る。
それから、桜は泣く手前のような笑みを浮かべた。
「私の兄弟が殺しあってるって事ですよね?」
何かを言うべきだろう。無愛想な男にはそれしかわからない。けれど何を言うべきかがわからず、そして桜は、俺が声を投げる前に、泣く手前の笑みを隠した。
「私も覚悟しないと!って。私も頑張らないと!って。すぐやられちゃうぞ~って……」
桜の空元気は長く持たなかった。一瞬だけはつらつを演じ、けれど桜はすぐに肩を落とす。
「……駿河さんも。扇奈さんも。戦うんですよね?私も、何かしてないと……保たないんです」
「桜……」
「決定事項です!私はこれでもお姫様なんですよ、少尉さん?……私は医療テントの手伝いをします」
止めておけ、と説得して聞くとは思えない。桜は、そんな頑固な目をしていた。
………そもそも、応急処置を習っていると聞いた時点で、こうなる予感はしていた。
あるいは、俺が適当に言った看護兵のせいか?継承権争いの事は桜に伏せておくべきだったか?知らず、追い詰めてしまったのか?
「……桜。継承権争いだと決まったわけじゃない。確定事項じゃないんだ。何かしら企んでいる奴が帝国に――」
「同じことです。………同じことなんですよ?どっちにしろ、戻ったら私は、もう、“藤宮桜”じゃありません。お人形の“桜花”です。でも、お人形のままではいたくないんです。そのために、ちゃんと見ないといけないんです」
俺のミスか?俺は知らずに、この子に余計なものを背負わせすぎていたのか?
どれがミスだったのかわからない。どうしようもなかったのか?
………戦場の、医療テントだぞ。桜はわかっていない。死に掛けの兵士が血だらけで泣く場所だぞ?それを見て、この優しい子が耐え切れるのか?
「私は、決めたんです。駿河さん。………お願い」
また、泣きそうな声だ。……桜はいつからそれを隠していた?
あるいは、初めからずっと、それこそ会った時にはもう既に?
受け入れるしかないのか?俺のミスの結果だと。
そもそも、言い含めたところで聞いてくれるとは思えない。桜はもう、決意を固めてしまっている。
ある意味、自分を捨てようとしている。そんな人間を止める言葉がない事は、俺が誰より良く知っている。
「……わかった」
そう呟いた俺は、あるいは、逃げたのかもしれない。
ミスに、嫌な予想に自分から背を向けようとしてしまった。
「ありがとう」
寂しそうな笑みに僅かに安堵を浮べて、桜はそう呟いた。
………感謝される謂れはない。俺の、ミスだ。
*
ひび割れていく。仮面も、平穏も。
磐石さが僅かに揺らぎ、気休めは陰りを見せる。
俺はどうすれば良い?俺はどうすれば良かった?
扇奈に対しても、桜に対しても、俺は何を言えば良かった?どう答えてやれば良かった?
ただ、壊れ始めるのを眺めていただけの気がする。
そして、食い止める為に俺に出来る事は、全て未来にしかない。過去は変えようがない。起きた出来事も、俺に変えられるわけじゃない。
扇奈が弱った原因を取り除けるわけでもなければ、桜が決意するまで追い詰められた原因を、どうにかできるわけでも無い。
割り切れていないのは俺も同じだ。
本当に、ただ桜の生存だけを考えるなら、今この瞬間にでも桜を連れてこの基地を後にするのが正解だろう。竜の大群からも、謀略からも背を向けて、逃げ出せば良い。
そうしない理由は?
継承権争い、謀略がある時点で、そうやって逃げた所で桜にまた平穏をくれてやれる宛がないという、未来のせいか。
死ぬのはなしだよ。そう弱っていた女に、あるいは常にふざける整備士に、この基地に、プレハブ小屋に、今、愛着を持っているからか。
あるいは、結局、話は俺の過去か。
竜1万。帝国軍第3基地を落としたトカゲ共だ。……俺の家族を食い散らかしやがったクソ共がわざわざ雁首揃えて的になりに来てくれるのになぜ俺が逃げる必要がある?
……結局、俺の本質は合理性からは遠い。
思いやり、愛着、復讐。全て感情だ。感情的に、俺は行動している。
………桜を思いとどまらせる言葉が浮かばないわけだ。俺自身も自分の感情を優先してわがままに動いているのだから。
けれど、その上で。
*
灯の落ちたプレハブ小屋。ストーブと窓からの月明かりだけの、静かなその場所。
布団を被り、寝転んだ桜は………俺に背を向けながら、不意に声を投げてきた。
「……起きてますか?」
「ああ」
「………怖いんです。怖いものを見るのかなって」
「…………」
「でも、私も戦います。だから……」
「…………」
「……死なないで下さいね?」
「大丈夫だ」
いつの間にか定位置になっていた桜と対角の位置の壁際。
そこに座り込み、何の根拠も無い台詞を俺は吐く。
だが、その言葉はまだ嘘にはなっていない。
勝てば良い。
生き延びれば良い。
感情を優先したとしても、結果的に全てを拾えば良い。
俺の命も。周囲の全ても。
だから、俺はその為に…………覚悟を決めよう。命を、俺自身を捨てる覚悟を。
桜が、そうしようと決めたように。
その上で、俺は………。
→10(13.5)話 目前の砲歌/老兵の言葉
https://kakuyomu.jp/works/1177354054889537417/episodes/1177354054890468638
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