12話 決戦に到るまでⅢ/隙間から覗く貌

 扇奈につれられて辿り着いたのは、食堂だった。


 食堂、は来た事がなかった。食事は運ばれてくるもので、俺としても、ヒトとして、そこに踏み込まないのが理性的かつ合理的だと思っていた。


 が、入ってみれば………そこまで警戒する必要もなかったらしい。


 板間の広間に、長いテーブルがいくつか、パイプ椅子がいくつか。奥には厨房。オニやドワーフがそこらで食事を取っている。厨房に立っているのも、オニかドワーフだけ。

 エルフはいないらしい。偶然か、あるいはヒト以外に対しても閉鎖的なのだろうか?


 とにかく、俺が食堂に踏み込んだからって、ただそれだけでやっかまれることはなかった。

 案外、桜が一生懸命働いているからだろうか?……今は姿が見えない。スケジュール的には救護施設にいる頃だろうし、応急処置のやり方を仕込まれているのだろう。


 桜が真面目に働いたから、この場所でのヒトへのイメージが良くなった。だから、特に敵意の視線を浴びたりしないのか?

 もしくは、やっかまれないのは、俺の連れ……というか、俺を連れてきた奴の顔の広さのおかげか。


 *


 メニューにコーヒーはないらしい。湯飲みが二つ。俺の前に一つと、隣に座るオニの前に一つ。


 扇奈は頬杖をついて湯飲みを眺めていた。

 常時喋るか他人を見守って笑うか……少なくとも俺の印象ではそうだった扇奈にしては珍しく、黙り、あからさまに考え込み続けている。


 心なし縮んでいる気がする、黙り込んだ扇奈を横目に、口火を切ったのは珍しく俺の方だ。


「…………で?」

「ああ?」


 心ここにあらず、と言った様子で曖昧に相槌を打つ扇奈に、俺は言う。


「用事があったんじゃないのか?」

「……なきゃ声かけちゃいけないのかい、坊や?」


 その無駄に挑発的な態度はいつも通りに見える。が、いつもよりどこか不自然さが残っている……気がする。


「いや。……用事がない時は桜に声を掛けるだろう?」


 とりあえず観察事実を告げると、扇奈は驚いた様に、かなり眉根を寄せた。

 何を考えているのか、暫くその表情のまま固まった末に、扇奈はどこか溜め息のように呟いた。


「………そういやそうだな」


 そのまま、扇奈は暫くまた考え込み、やがて口を開く。


「リチャードに顎で使われるんだってな?」

「ああ」

「背中に気をつけた方が良いぜ?」

「わかってる」

「………なら、良い」


 それっきり、扇奈は黙った。

 ………妙に歯切れが悪い。どうなってる?

 ……………。


「どうしたんだ?」


 とにかく、シンプルに問いかけた俺に流し目を送りつつ、扇奈は肩を竦めて答える。


「……さあな」


 ………混ぜっ返しやがった。なんだ?何を考えている?俺には何もわからないぞ?


 そもそも、俺は何をしているんだ?他にもっとやるべき、考えるべき事があるんじゃないのか?目前に大規模戦で、それを無事潜り抜けた先に謀略の嵐だぞ?そのタイミングでなぜ俺は顔色を覗う事に神経を使っているんだ?


 かといって、このまま放置しようと言う気にもならない。結果的に、扇奈には散々親切にしてもらってもいる。全て敵だと思え、という忠告にしても、だ。ただ俺を扱うだけなら、それは言わなくても良い話だったはずだ。


 それに、今現状で確実に味方、と言い切れそうなのは扇奈だけだろう。竜にやられるにしろエルフに討たれるにしろ、俺が死ぬ可能性を考慮に入れた時、その桜が頼れるのは扇奈だけだ。この女の腹一つで桜の命運が決まる、そんな状況も考えられる。


 なんにせよ、だ。ごちゃごちゃ言ったが、…………俺としては、こう無愛想だが、一応こいつに恩義は感じている。


 器用な振る舞い、か。

 ………真似するモデルは、なんとなく悪い気はするが、扇奈のほかにいない。


「男みたいな口調の時が素、か?」


 とにかく、どこかの角の生えたお姉さんを真似して、見透かしたような事を言ってみた俺を、扇奈はかなり驚いた様に見た末………言った。


「そんなことないよぉ?」

「不自然すぎるぞ」

「………………チッ」


 舌打ちするなよ。どうしろって言うんだ。………正解がわからない。

 ……駄目だ。これ以上はどう駆け引きされたところで俺からは出ない。

 

 悪いな扇奈。何を期待していたかは知らないが、ミスキャストだ。

 もうこちらから口を開く気もなく、俺は湯吞みを口に運ぶ。


 暫く沈黙が下り、やがて口を開いたのは扇奈だ。


「……あんた、家族は?」

「もういない」

「血の繋がってる方だよ」

「………答えは同じだ」


 答えながら、俺は内心舌を巻いた。良く、俺が仲間の事を先に答えたと気付いたものだ。

 読心術が使える……ならこう面倒な感じにはならないだろう。結局、扇奈は読みが鋭すぎる……と言うだけの話なのか。


「そうかい」

「………お前は?」


 俺がそう問いかけた途端、扇奈は肩を竦め、顔に笑みを浮かべた。


「あたしの家族構成に興味があるのかい?」

「いや」

「……嘘でもあるって言っとけよ」


 呆れたのか落胆したのか。扇奈はつまらなそうに唇を尖らせる。

 …………はあ。


 俺は生まれて初めて知った。

 ええい、ままよ。その下らない言葉はこういう時に言うらしい。


「……ある」


 明らかに無愛想に言っただろう俺に、扇奈はあからさまに目を見開く。

 その末に、扇奈は口元に僅かな笑みを浮かべた。


「………珍しく可愛げが見えたな?」

 普段、愛想がなくて悪かったな………。

「用件はなんだ?」


 苛立った俺を、扇奈はどこか満足そうに、からかう調子で笑った。

「なくても、話しかけて良いんだろ?」


 言うのは、そんな事だ。

 ………結局、こいつはいつも通り、俺をからかいたいだけなのか?

 あるいは、いつも通りになる為に、からかいに来た?

 まあ、別にどっちでも良い。それで気が楽になるんならな。可愛げのない奴を好きにからかうと良いさ。


 そのどこか拗ねたような俺の内心までも見透かしているのか、扇奈はこっちを眺めて暫く笑い………やがて、どこか躊躇いがちにこう呟いた。


「………下に二人いたよ」


 家族、の話だろう。弟か妹が二人。………過去形か。

 扇奈は、続ける。


「いなくなっちまった順番は生まれの逆だ。妹が逝って、弟が追いかけちまって………お姉さんは死にそびれた」

「まだ、やるべき事があるって事だろ?」


 いつか聞いた言葉を繰り返した俺を、扇奈は嗤った。

 いや、嗤ったのは………。


「偉そうなこと言う奴がいたもんだね」

「顔自慢の女なら鏡の一つくらい持ってるだろ?今すぐ見てみたらどうだ?」

「幾ら自慢でも、見たくない顔ってもんはあるのさ」

 …………。

「……同感だな」

「今、あたしにけんか売ったか?」

「俺の話をした」

「なんだよ………案外顔自慢だったのかい?」

「……用事がないなら帰るぞ」

「んな寂しい事言うなよ。………先に立ち去んのはあたしだ。ああ。……それが良い」


 含みばかりありそうな台詞を、見えない何かに凝らすような目で呟いて、それから不意に、扇奈は立ち上がった。


 どういう意味だ……と俺が問おうとしたところで、扇奈はいつも通り……それこそ周囲に常そうと見せているようなはつらつさで、諸手を広げて、声を上げる。


「さっくら~!元気か?」

「あ、扇奈さん。駿河さんも………」


 食堂に丁度入って来たのは、桜だ。ついさっきまで仕事をしていたのだろう。両方の袖を捲り上げた格好で、俺と扇奈を見て、不思議そうに首を傾げる。

 一体、どういう勘をしているのか、急に扇奈が普段通りを演じだしたのは、桜が来たと気付いたからだろう。


 状況の変化に対応できず、とりあえず桜と扇奈を眺めるしかない俺に、不意に扇奈が顔を寄せた。

 一瞬前のはつらつとした笑顔を消し、桜に見えないように、その瞳に真剣さを浮かべ、扇奈は囁いてくる。


「……全部敵だよ。わかってるね?」

「ああ」

「自分が嫌いでも自棄は駄目だ」

「……ああ」

「…………死ぬのはなしだよ?」


 その最後の言葉に俺が返事をする間はなかった。「さっくら~」と言いながら扇奈は入り口で首を傾げ続ける桜の元へとかけていき、抱きつき、スキンシップを取り始める。


 ひとしきりあからさまに行き過ぎなスキンシップをした末に、扇奈は桜に手を振って、去って行った。


 俺としては、呆気に取られるほかにない。

 やがて、自由になった桜が、俺の元へと歩み寄って、首を傾げる。


「なんの話をしてたんですか?」

「………世間話だ」


 俺からは、他にどう言えば良いのかわからない。

 ………いや。そうだな。何の話、とは言えないが、どうしてやってくれ、とは頼めるか。


「桜」

「はい?」

「………俺に上手く気を遣うのは無理だ。お前の方が得意だろう?」

「ええっと……」


 しばし考え込む様に、桜はそう首を傾げ、去って行った扇奈の方へ視線を向け………それから、すぐさま頷いた。


「……はい!」


 そして、桜は扇奈を追って、食堂から消えていく。


 ………結局、俺にしてやれるのは、それを見送る事くらいだった。


 *


 表面浮ついているように見せて、根は磐石……と、思っていた奴も案外揺らぐらしい。


 思い返すのは最後の言葉。酷く寂しそうな目で囁いたそれ。

 死ぬんじゃないよ、と、大人ぶっているわけでも無い。

 死ぬなよ、と気を張っているわけでも無い。


 死ぬのはなしだよ、か。……子供がそのまま大人になった、みたいな言葉だ。

 最後の一言ほど、扇奈の言葉で心が篭っていたように見えたそれはない。


 ………自分で思っている以上に、俺は心配されているらしい。話からして、もういない弟にでも被せられているのか。

 で、妹の方は桜と似ていた?……背格好、顔ではなく、きっと雰囲気の話だろう。

 

 結局、勘に過ぎない。何か根拠がある話でも無い。ただ、親切心の裏側に、漸く扇奈の本音が見えた気がする。


 死ぬのは無し、か。

 …………無様にあがく理由が、また一つ増えたな。


 →12話裏 桜/決戦に到るまでⅣ

https://kakuyomu.jp/works/1177354054890150957/episodes/1177354054890528253

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る