11話 決戦に到るまでⅠ/静かなヒビ
あの、将羅の演説からは少し遡る。
疑念、パーツ、問題、情報、……覚悟。
結果的に様々なものを拾う羽目になったあの吹雪の後の数日は、少なくとも俺の目の届く範囲に限って言えば、平穏以外のなにものでもなかった。
扇奈の命令を守って、オニ達は上に報告しなかったのか、もしくは上の奴らが、知った上で目をつぶっているのか。
桜の扱いに特別変化はない。………いや、変化はしているが、それは要人扱いとは真逆、どう見ても“皇女”、ではなく“二等兵”の扱われ方に終始している。
いつの間にか、仕事を見つけていたようだ。
朝早く元気良く「行って来ます!」と小屋を出て行き、夕方には「……ただいま」と心なしぐったり戻ってくる。
基地の女達から、雑用係のような扱いを受けているらしい。医局、食堂、その他もろもろ………あれほど下っ端が板に付いたお姫様もそうはいないだろう。
溜め息の一つでもつきたいところだが、かといってアレはアレで気分転換にもなっているはずだ。止めてしまう必要もない、か。
とにかく、変化、出来事と言えばその程度だ。
他に言う事がない………それ以上に平穏をあらわす言葉はない。
だが、その平穏が、永遠に続くはずもなかった。
*
「竜が、動いた?」
「そうだ。……保護した分、存分に武勇を発揮してもらいたい」
前にも訪れた、将羅の執務室。雑多なそこに呼び出された俺を待っていたのは、平穏の終わりの話だった。
帝国軍第3基地………俺の居た基地に居座っていた竜1万が、この多種族同盟連合軍の基地へと進軍を開始したらしい。
それを聞いた瞬間、俺が思ったのは二つ。
仲間の、家族の敵討ちが出来る。そんな復讐心。
そして、同時に………桜の身の安全。
死ぬ理由と生きる理由。その両方を考えた後に、俺の頭の中で打算と状況分析が動き出す。
ダミー、公衛部隊、継承権争いについて、桜からも聞いてある。
何も知らない。それが答だった。あの録画データにしても、「撮った、ような、気がします……」だそうだ。
自分が何をしているのかわからないままに、周りに言われて行動しているだけ。お飾り以外の何者でもなかったのだろう。それは生まれの問題で、桜自身の問題じゃない。
とにかく、継承権争い、もしくはそれに近い事態が帝国に起こっていると考えた場合、1万の竜を撃退したからと言ってやすやす帝国に戻るのは危険だ。この基地に留まったままの方が安全、そんな可能性もある。
桜の正体を知っているにしろいないにしろ、少なくとも現状桜は無事に済んでいる。
この基地を守る為に戦え、という将羅からの提案、あるいは命令に、俺が頷かない理由はなかった。
………打算、などと言ってみたものの、結局、俺もまだ他人に言われるまま動いているだけなのかもしれないが。
頷いた俺に、将羅は簡単な作戦全体のあらましと、その上での俺の配属を伝えた。
戦術自体は手堅い。地の利を逆手に取った上での引き込みと地雷原での一掃。ヒトのように航空支援を使う、ことはないらしい以上、ゲリラ的な色合いの強い戦術になるのは頷ける。
予想を外れたのは、……少なくとも俺がそう思ったのは、その配属。
あるいは、そのブリーフィングの場に、扇奈ではなく、エルフの責任者……リチャードとか言うらしい、少なくとも見た目は若く見えるエルフの男が居た時点で、俺は気付くべきだったのかもしれない。
「君には、リチャードの隊に入り、遊撃部隊として戦域全体に対する強襲支援を務めてもらいたい」
将羅の言葉に、リチャードの視線が俺へと向く。
仕官、を思い出す視線だ。帝国の基地にいた頃たまにやってきた、士官学校を真っ当に出た方の参謀付仕官。
兵士を数字でしか見ないタイプだろう。……少なくとも、ヒト、俺に対する
*
扇奈の隊に入るのだろう、と、俺はそう思っていた。別段根拠がある訳ではなかったが、俺が戦いぶりを見た他種族の部隊はそこだけで、逆もまた扇奈の隊だけ。連携を構築する必要がある以上、俺を扇奈の隊に入れるのが最も効率が良いはずであり、将羅もその辺りは理解しているだろう。
パーツ取りに同行したのも扇奈の隊だった以上、将羅もつい先日まではその方針で動いていたはずだ。
それが、このタイミングで変わったと言う事は?
桜の身分について知った結果、将羅は方針を変えた、と言う事だろう。
「………良いか、坊主。こいつは俺らドワーフが寝る間を惜しんで没頭した結果完成したお前専用のスーパーな兵器だ。なに?どの辺がスーパーか聞きたいって?」
わざわざエルフの隊に俺を入れた……連携の不備を差し置いて。
結局、まともに兵士として運用する気はさらさらない、という事だ。……俺を使い潰す気か。
「一見盾に見える?それはその通りだが、そいつは内部機構がなかなか複雑で小型化する時間もねえし装甲で誤魔化しコホン。……
桜を皇女と知った結果、カードとして使う上で俺の存在が邪魔になった。
かといって、基地内で俺が不審な死でも遂げれば、桜が怪しむだろう。少なくとも将羅たちは言い訳の説明を強いられる。
だが、大規模な戦場の一角で俺が死ねば?
「………後、左手にはガトリングガンつけといてやった。こいつは近接防衛だ。口径はその辺にあるライフルと同じだから、まあ足止めに位しか使えねえが、サブとして使うには問題ねえだろ。弾切れして邪魔になったら容赦なく捨てろ」
将羅たちは、桜を慰める立場を得る。無論、竜に勝った上で、の話だが………あるいは、背中から撃たれる可能性を考慮に入れた方が良いか。
扇奈ではなくエルフの方に入れられたのは………桜の身分を秘匿した件で、扇奈が俺や桜に肩入れしすぎている、と将羅が疑ったから。扇奈と将羅で完全に思惑が一致しているのなら、俺を消す役割は扇奈に回るはずだ。………それだけの信用を、扇奈は俺から得ている。
「あと、野太刀もつけた。こいつは趣味だ。ああ、趣味だぜ?ただの馬鹿でかい刀だよ。せっかく作ってやったのにオニ共やれ邪魔だの重いだの使いにくいだので誰ももってかねえから特別にお前さんにくれてやるよ。案外ロマンがわかんねえ奴らだよな、まったく」
忠告どおり全部敵だと思って考えた結果、やはりその忠告を投げた奴は状況的にもあまりに敵に見えないというのは皮肉な話だ。そこまで見越して、扇奈の冗談か?………良い趣味をしている。
「………で、こいつの機体名だが、……もとはなんだっけか?ヤタガラス?大陸だと“レイブン”だな。あ~“レイブン:スクラップカスタム”とかで良いんじゃねえか?ぶっちゃけ寄せ集めだしよ。その辺に落ちてたアイリスの杭のあまり撃てるようにして、その辺に置いてあった設置式の
まだ、俺も、全体の思惑を読みきれていないだろうが…………。
と、そうやって思考に沈んでいた俺の耳に、不意にノックの音が響いた。
視線を向けた先に居たのは、扇奈だ。工房の戸口に腕を組んで寄りかかり、ツラ貸しな、と声を出さず口を動かす。
………扇奈の雰囲気が妙だ。ふざけた調子でも、からかう調子でも無い。
くたびれた感じか?
とにかく、用件を済ませてから、扇奈の呼び出しに応じるか。
俺は“夜汰鴉”の横に立っているドワーフ、イワンへと視線を向け、言った。
「わかりやすい武器を利き手に置きたい。ガトリングを右手、バンカーランチャーは左手だ」
「………俺の話聞いてたのかよ」
「それから、その剣はでかすぎる。邪魔だ。ナイフにしろ」
「ナイフも、つけといてやるよ」
「あと、」
「まだあんのかよ………」
「その何の為に付いてるのかわからない角も外しておけ」
イワンは惚けたような顔で“夜汰鴉”を見上げる。ついてるだろ、角。“夜汰鴉”の額に。
こないだはトリコロールで、今回は角。前コスプレさせられた件といい……このドワーフは流石にふざけすぎだ。
「お前、頭突きとかするタイプだろ?」
真顔で何を言ってるイワン。幾らなんでも、頭突きなんて………。
…………。
……………仮に必要な状況が訪れたらやらないとは言わない。が、
「……するとしても邪魔だ。顔面に竜の死骸を垂らす趣味はない。………頼むぞ。後で動作を確認する。その“スクラップカスタム”」
そう言って背を向けた俺を、イワンの呆れたような声が追いかけてくる。
「…………その名前気にいってんのかよ」
………製作者の意向を反映してやっただけだ。お前が名づけたんだろう?正式名称じゃなかったのか?
とにかく、振り返る気もさらさらなく、イワンと“スクラップカスタム”を背に、俺はふざけた調子のない……いつになく余裕の見えない扇奈の元へ歩んでいった。
………本当に沈んだ様子だな。俺が手元を離れた件?あるいは別か。
どうあれ、珍しく……いや、それこそ初めて、か。俺は扇奈の顔に弱さを見た気がした。
→11話裏 扇奈/決戦に到るまでⅡ
https://kakuyomu.jp/works/1177354054890150957/episodes/1177354054890492692
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