契約彼女
伊崎夢玖
第1話
「もうすぐ待ち合わせ場所に着くはずなんですが…すみません」
俺には現在彼女はいない。
というか、『彼女いない歴=年齢』という悲しいレッテルが付いている。
学生時代に好きな子はいた。
告白もした。
だけど、軒並み振られた。
答えはいつも一緒。
「村瀬君、つまんないもん」
確かに俺が女の子だったとしても、俺と付き合おうとはしないだろう。
どこにでもいるような平々凡々としたモブのような男だ。
スポーツが特別できるわけでもなければ、勉強ができるわけでもない。
先生達からの信頼が厚いわけでもない。
極めつけは、友達がいない。
そんな奴に告白されて了承なんてしたら、とんだ笑い者だ。
社会人になった今でもそれは変わらない。
しかし、もうすぐ三十路。
親からの『結婚しないのかアプローチ』がいい加減面倒くさくなってきた。
何とか打開策を検索していると、契約彼女のページに行き着いた。
ただデートするだけでもよし、家族ごっこするでもよし。
唯一の条件が肉体関係は持ってはいけないこと。
それだけだった。
指名した人は昔からのタイプの女性。
セミロングの黒髪で、目がぱっちり二重、唇がぽってり厚い人。
まるで自分の頭の中で描いていた人が現実に現れたのかと写真を見た瞬間驚いた。
彼女のことを一目で気に入り、そのまま契約した。
契約は次の日曜。
料金は結構いい金額がしたが、理想の女性と一日一緒にいられると思うだけでそんなことは気にならなくなった。
彼女との連絡のやりとりは基本メールだった。
契約当日の朝。
実家に行くための支度をしていると携帯が鳴った。
契約彼女からのメールだった。
【駅に着いたらこの番号に連絡してください】
下の方へスライドさせると携帯番号が書かれていた。
了承した旨を返信し、急いで支度を済ませ、待ち合わせ場所に向かった。
そして冒頭に戻る。
こんな大事な日に限って、慣れない場所で待ち合わせをすることになり道に迷ってしまった。
さっきから同じ場所をぐるぐると回っている気がする。
待ち合わせ時間が迫っている。
遅れるかもしれないので、朝のメールに書かれていた番号に電話を掛けてみる。
三コール目で繋がった。
「もしもし?」
「もしもし、木下さんですか?」
「はい。ということは、村瀬さんですか?」
「はい。大変お恥ずかしい話なのですが、待ち合わせ場所がよく分からなくて…。地図アプリでも道を検索したんですが…」
「マップ見たんですね。分かりました。迎えに行きます。今何が見えますか?」
「電気量販店が…」
「その他は?」
「バスのロータリーですね」
「大体の場所は分かりました。その場で動かずに待機していてください」
プツッと電話が切れ、動くなと指示されたためその場で多くの人が行き交う横断歩道を眺めていた。
「やっと見つけたっ!」
はぁはぁと肩で息をした女性に肩を掴まれた。
「えっと…木下さん?」
「そうです…村瀬さんで合っていますか?」
「はい。
「
彼女は木下沙耶香さん。
きっと契約彼女をする際の偽名だろう。
そうだと分かっているはずなのに、彼女にすごく似合っているように感じた。
服も、白のブラウスに花柄のフレアスカート、紺のパンプス。
前もって実家に行って彼女だという紹介をしたいと告げていたためにこの落ち着いた服を選んでくれたのだろうが、それすらも彼女にはよく似合っていた。
結果的に言えば、彼女が何を言っても、何をしても、何を着ても俺は許容してしまうくらい彼女に一目惚れしてしまったということだった。
彼女に向かえに来てもらった甲斐あって、実家には遅れることなく無事終了した。
「今日はありがとうございました。朝から助けてもらってばかりで…」
「こちらこそありがとうございました。楽しかったです」
「それじゃこれで…」
「待ってっ!」
突然木下さんに手首を掴まれた。
あまりに突然すぎて手を振り払ってしまった。
「す、すみません…驚いてしまって…」
これは言い訳。
本音は『そのまま手首を掴まれていたら、勘違いしてしまいそう』だったから。
自己防衛本能が働いてしまった。
彼女に悪いことをしてしまった。
罪悪感で胸が押しつぶされそうだった。
「私も突然手首を掴んですみません。でも、言いたいことがあったから…」
何か粗相でもしただろうか?
あっ、朝迎えに来てもらったは別料金だったり…?
一人でネガティブ思考でぐるぐるしていると、彼女が一歩近づいてきた。
「私のこと、忘れましたか?」
「えっ!?」
忘れた?
彼女のことを?
こんなかわいい人、一目見れば記憶しているはずだ。
どこかで知り合った人?
誰かの友人?
少ない脳みそをフル動員させてみたけど、思いつくことはなかった。
「高校の時、写真部で一年後輩だった木下です」
思い出した。
あの頃は同じクラスの子が好きで、その子ばかり追っていたから、あまり後輩とか覚えていなかった。
部活にもほとんど出てなかったし、部活に出てたのは文化祭が近い時くらいだったか。
そんな俺にやたら懐いてくる後輩がいた。
小さくて、かわいらしい女の子。
でも、当時の俺は年下には興味がなかったから、全然相手にしてなかった。
だから今の今まで忘れていた。
「ごめん、今思い出した。やたら俺に懐いてた子だよね?」
「やっと思い出してくれたんですね」
「申し訳ない」
「いいんです。きっと先輩なら受けてくれるはずだから」
顔を真っ赤にした彼女が更に一歩近づいてきた。
「村瀬先輩、うぅん、敦さん。私と付き合ってもらえませんか?」
青天の霹靂だった。
あの頃の後輩が俺好みの女性になって目の前に現れ、最後に告白。
もう俺死んじゃうのかな…?
何も言わない俺を彼女が心配し始めた。
「ごめんなさい。本当は言うつもりなかったんです。だけど、先輩のお母さんやお父さんがすごく嬉しそうな顔なさっていたし、先輩もあの頃みたいに優しいし、本当の家族になりたいなって思ってしまって…。忘れてください。もう先輩の前には現れないので安心してください。それじゃっ!」
矢継ぎ早に言うと、体を反転させ、走り去ろうとした彼女。
今度は俺が彼女を捕まえる番だった。
何を思ったのか体が勝手に動いて、彼女を後ろから抱き締める形で引き留めていた。
「待って、まだ返事してない」
「さっき無言という名の返事したじゃないですか…」
「それは言葉にしてないから返事とは言わないよ」
「分かりましたから」
逃げないのを確認して、腕の力を弱め、彼女を解放した。
再び正面に向き直る彼女。
そんな彼女の目には薄っすら涙の膜が見える。
返事を聞く恐怖は俺が一番よく知っている。
「俺も君が好きだ。ホームページの写真で君を見た時から一目惚れだった。俺の家族になってくれませんか?」
「はい」
一筋の涙が彼女の頬を伝った。
それはこれから始まる幸せの芽を育てるための
契約彼女 伊崎夢玖 @mkmk_69
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